第3話 ジャダの滝3/4
「うおぉ……凄いな」
クレアが森を駆け抜け、高台から見えてきた滝に足を止めれば、イミトがあまりに
足下に見える小さな滝にでは無い。その遥か向こう、いや、或いは遠くに見えるだけなのかと思える程に巨大な滝壺に、である。
大きな湖一つ、いや海すら連想してしまう程に圧巻な流れの群衆が雲にまで届きそうな巨大な岩壁から流れてきていた。
「メデュア・オーツ・グラテーレ」
「? どういう意味だ、それ」
ふと傍らのクレアが漏らす呟き。日常的な会話言語を覚えたとはいえ、言葉の意味を理解できなかったイミトが
「貴様らの言語で表現するならば【蛇が堕ちた滝】と言った所であろうか。
「この近隣は、かつて多くのメデューサ族が住んでおってな、幾つものメデューサ族に関する伝説がある。そして魔界大乱の果て、滝の上から滝の数以上のメデューサが身を投げた事からも、そう呼ばれておるのよ」
すると端的な表現を探したクレアは、その後に観光案内をするように遠くの巨大な滝にまつわる歴史的な背景の一端を語った。
「……そうか。凄いんだな」
「ふふ、凄いしか感想が言えんのか」
しかしこの時のイミトには言葉は不粋であった。ただひたすらに壮大な自然の力に圧倒されて、その偉大さに敬意を表するようなそんな気持ちで。
「ああ。凄いからな」
「ほれ、そこの滝に下りるぞ、舌を噛むなよ」
そんな未だ滝の流れに目を奪われるイミトに、クレアが素朴に伝える。イミトは滝の音と共にそれを聞き流そうとしたのだが、
「あ? ああ……は? ああああああああ——⁉」
突如感じた浮遊感に聞き流せるわけも無い。流線になった世界を眼前にイミト達は足下の小さな滝へ通じる崖を落ちていったのだった。
そして、
「——ふむ。着陸は無事に終えたな。周囲に敵の気配も無い」
滝壺の近くにある砂場に着陸したクレアは、イミトの左腕を駆使して頭を動かし周囲の様子を確認する。
一方、
「……あのな、普通は死ぬからな」
バクバクとなる心臓を右手で抑えながら息荒く、それでも必死に平静を保とうとするイミトが泣き言の如く告げる。
「何を今さら。貴様の言う普通では
「これでも怪我をせぬように着陸前に、風魔法で小石などを吹き飛ばしたりと気遣いもしておるのだぞ」
「終いには、寸前に【デス・ゾーン】も使い、軟着陸したでは無いか」
そんなイミトにクレアはとても優しく非情であった。
「ありがとう。次からは先に言ってくれると助かる」
「うむ」
クレアの気遣いに感謝してもしきれないと
「にしても、ここも相当デカイ滝だよな。さっきのと比べたらアレなだけで」
それでもクレアと不毛な言い合いをするような気分でも無く、ジャダの達から流れてきているのだろう近くの滝に顔を向け感想を語る。
が——、
「……」
返事は無い。それどころか、体を動かそうとしても滝の方向には体をピクリとも動かすことが出来ずにいて。
「ん。なぁ、動けないんだが」
「うむ。ああ、そうだな。スマン」
イミトが肉体の支配権を返すように遠回しに言うや、ようやくクレアは反応を示し黒い鎧姿の状態を解いて、イミトは軽装状態に戻る。
しかし、
「……お前、水が苦手なのか」
まだ体に抵抗感を感じたイミトが何となく状況を察し、意味深くクレアに問う。
「は、はあ⁉ 何を言うておる、馬鹿馬鹿しい事をほざくな」
答えは明白だった。鎧のままの左腕の中でガシャガシャと音を鳴らす兜が言葉とは裏腹に真実を語っていたからだ。
「別に隠すなよ、お前の立場になったら俺だって怖いだろうし」
出来るだけ滝から遠くなるよう近場の岩に岸壁側に腰掛けて、息を漏らすイミト。膨大な魔力や卓越した体捌きで体を操れるとはいえ、頭だけの存在という部分だけを
すると、そんなイミトの同情に勘づいたのか、
「……水が怖いのでは無い。水流が嫌いなのだ、そこは勘違いするでないぞ‼」
言い逃れ出来ないと悟りつつも、あからさまに不機嫌なクレアは強がって申し付ける。
「はいはい。じゃあ俺も言っとくか」
それを軽くいなし、ここぞとばかりにイミトは話の流れを変えた。
「なんだ?」
「俺はジェットコースターとか高いところから落ちるのが嫌いなんだ。二度とするなよ」
「……、スマン」
イミトの右掌は、しっかりとクレアの兜を掴んでいた。
——。
「だがまぁ、俺は水が飲みたいから、せめて水を汲みに行きたいんだが」
「う、うむ。サッサと汲むが良い」
揉め事が終息した矢先、イミトは早速クレアに譲歩を求めて遠回しに許可を申請する。クレアは渋々といった様子が声に滲んでいた。
「ああ。すぐに汲んでくるから、お前は待っとけよ」
「そ、そうか。早くするのだぞ、いいか。真っすぐ行って真っすぐ帰ってくるのだぞ?」
それも踏まえ、滝壺に近づきつつクレアの入っている兜が転がらないような岩を選び、埃が付かないように右手で岩の上を軽く払い、兜をクレアの【左腕】との共同作業で置く。
すると、何を思ったか、クレアは自らの魔力の結晶である髪で出来ている兜を髪の毛に戻しイミトを心配そうに見上げた。
「はいはい、分かっているっての」
対するイミトは素っ気なく生返事でクレアの眼差しを背に水場へと近づいて。
「綺麗な水だな……沸かさなくてもたぶん大丈夫だよな。よし」
一度、
そして、澄み切った水の流れと色を遠くから近くへ確認しながら腰を落とし、水筒の口を水に
——その時である、
「ん?」
水底に沈む裸体の女。口に片手を当て、もう片方の手と足で水上に浮かないように岩にしがみ付いている様と、時々気泡を口から漏らしている事から、まだ息があって生きているらしい。
そんな女と——、目が合った。
「……」
「……」
「なあ、クレア」
突然の女の裸に目を逸らすことが出来ないまま、背後の何も知らぬクレアに話しかけるイミト。
「なんだ、寄り道はするでないぞ‼」
どうやら視覚の共有を今はしていないらしい。水流に浸した水筒からゴポゴポと気泡が溢れ、水の重さを感じられたが、それも感じたくは無いようで。
「そういえばさっき、この辺りにはメデューサ族が住んでいたとか言ってたよな」
ふと、滝の流れを
「あ、ああ……だが今は殆んどが死に絶え、ここではないどこかに小さな集落を築いていると風の噂で流れておった」
「そうか……見た目ってどんななんだ? 俺の世界の伝承だと、髪が蛇になっていて目の合った奴を石に変えるとか聞いたことがあるんだが」
そう思い至ったのは、水に未だ沈む彼女の裸体に
改めて水底の彼女の顔に目を向けると、まだ彼女はそこでイミトを見ていて。クレアからの答えを待つ時間が途方も無く長く感じるイミトである。
「そんな化け物じみた容姿はしておらんが、石に変える力は確かに持っておるよ」
「へえ……人間とあんまり見た目は変わらないのか?」
しかし、返ってきた答えは
水筒から最後の気泡が飛び出した。
「うむ。体に蛇が巻き付いたような跡がある事以外は人間と大差はない。そんな事より早くせんか、そろそろ汲み終わったのではないのか⁉」
「ああ……汲み終わった。たぶん気のせいだな、うん。石に成ってないし」
急かすクレアを尻目に、右手で寝耳の水を取り出すように頭を叩き、その場を後にするイミト。
水底の彼女も、どうやらそろそろ息継ぎがしたいようだった。
そしてクレアの下に戻る道すがら、水筒の飲み口を口に運び、イミトが一気飲みのように水を飲んだその時、
「ぷはぁ‼ 良いダシが出てるぜ‼」
「アプファ⁉」
彼女は勢いよく水から飛び出す。胸下まである髪と水飛沫が踊っているようだった。
「——な、何事だ⁉」
クレアからしてみれば突然の事、頭を置いていた岩から落ちんばかりの驚き。
「因みにクレア、コイツは人間か?」
イミトからしてみれば発生する必然、それに対した淡白な感想。
「なんでアナタサマは、石に成らないのですますか⁉」
「——……馬鹿な⁉ メデューサだと⁉」
メデューサ族の少女からしてみれば、自分の呪いが効かない存在への衝撃。重ねてクレアがメデューサ族の少女をメデューサ族の少女と認識して自らの目を疑う。
「——……いやぁぁぁぁ⁉ 首だけのオバケ⁉」
そしてメデューサ族の少女もまた、頭だけの女の声に驚き、気絶したように水の中へと戻ってゆく。状況が
——。
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