第3話 ジャダの滝2/4


「なんでそんなものが付いておるのだ、今すぐ切り取ってしまわんか‼」


 激動の展開から暫く、未だ地に転がりながらもようやくクレアの兜が怒声を解き放つ。


「おぞましい事を言うな。それと、これは幸せになる為にあるんだ」


 会心の一撃の余韻に、未だイミトも立ち直れては居ない。くるまぎれにクレアに言い返しながら必死で地に八つ当たりをする始末である。


「下衆が。男とはなんと厄介な生き物か……まぁよい、痛覚は遮断しゃだんした」

「さ、さあ先を急ぐぞ、イミトよ」


「ったく……もう少し待て。気分的にまだ立てねぇ」


 ——。


「ふぅ……散々な目にあった。暫くお前に体は貸さねぇ」


 そしてようやく仕切り直し。イミトはクレアの兜を抱え、よろよろと森を進む。


けがらわしい……誰が好き好んで借りるものか」

「その劣情を抱いたのはお前なんだがな」

「あぁ⁉」


「……なんでもねぇよ」


 後々にまで後を引きそうなシコリを残しつつ、こけむした森の地にかすかな足跡を刻む。



「所で、森の抜け方は分かってるのか?」


「うむ、それについては任せよ。この森には多少の心当たりがある」


「心当たりって……」


 クレア頼りの旅路だが、彼女の言葉を聞くに自分の地理知識と大差ないのではないかと不安になるイミトは、うたがわしげにクレアの兜に視線を落とした。


 すると、

「我が封印されていた時、近くに感じていた気配がある。まずは不本意だがそこに向かうぞ」


 その視線を感じたのか、クレアの領分である左腕を駆使し、イミトを見上げてクレアが語る。


「あ? そりゃまさか、まだこの森に何か封印されてるとかじゃないよな」


 イミトは嫌な予感がして喧嘩腰に足を止めて尋ねたが、


「違う。滝だ、巨大な滝が近くにあるのだ。そこから地下水脈の流れが来ているのよ」


 クレアは直ぐに否定し、目的地の詳細について何やら呆れ気味に返した。


「……なるほど。そこの流れを辿たどれば飲み水と食料を確保しつつ、人里に下りれるってことか」

迂回うかいルートになるかもだが、延々と出口を探すよりは安全確実かもな」


 そこでおおむねの意図を飲み込みつつ、自分を納得させる為に言葉にするイミト。そして彼はクレアがこの森について何も知らない事を何となく理解した。



「お。果物見っけ。よっと」


 当てにしてはならないと、自らをいましめると彼の視界の端に赤い果実が入り込む。けれど、その果実が実る木は手が届かない程に高い位置にあって。


 ——彼は、何の気もなく、さも当たり前のように右の掌にともした。


「⁉ 貴様、なんだそれは⁉」


 その逆方向からの魔力の奔流を肌で感じ、一瞬にして驚きの様相を見せるクレア。


「んあ? 槍だけど。お前も剣を出してたろ?」


 対して黒い渦を白骨兵が持っていたような量産品の槍に変えたイミトは、尚も当たり前の事に何を驚いているのかと生返事をしながら、槍の矛先を果実の生る枝元に伸ばしていた。



「そうではない、何故それが使えるのだ⁉」


「覚えたから、と言うしかないよな。お前が剣を作った時の感覚を思い出して」


 そしてパンと槍の腹で果実をはじき、近くの茂みに落とす。



「……⁉」

「やってみた、的な?」


 ゆるりと近づいて茂みに手を差し込み、決め台詞のように吐いた言葉。イミトの手には果実が確かに納められている。クレアは唖然としていた、イミトの資質に底知れないものを感じて。


「やってみたで出来るような代物では無いと思うのだが」

「……そこはご都合主義的な感じでいいだろ、修行編なんざ、面白くも無い」


 それでも胸の布地で採ったばかりの果実をみがきながら、輝き具合をその都度確かめるイミトに評価しがたいと、複雑な心境になるクレアであった。


「またラノベやら漫画の話か」

「まぁな、ん。この果物は甘いぞクレア」


 そして薄皮の果物にシャリリと齧り付いたイミトが、クレアに味覚の共有をすることを勧める。


「どれ……ふむ。ほう、なるほど、甘い……か。昨日の酸味とやらも少しあるな」


 意味深く兜の中で味の感想を漏らすクレアに、イミトは少し微笑み、もう一口。



「でも甘いモノだけってのもな、滝に着いたら魚探そうぜ。さっき岩塩も手に入れたしよ」

「あの死体の荷を探って手に入れた石か? あんなもの、何に使うのだ?」


「何にって、そうか……まぁ仕方ないよな」


 それから果実だけでは満たされない欲求に不満を漏らしたイミトに、クレアが返した言葉。その発言が意味する所を考え、彼は意味ありげに呟く。


「? なんだ?」


 恐らく首と胴が離れた生命体であるクレアは、人間としての食事を採ったことが無いのだろう。イミトはそう思い、いかつい兜の下にあるクレアの顔を想像する。



「いや……急ごうぜ。どのくらいの距離なんだ?」


 彼は、この世界の事を教えてくれるクレアに自分でも教えられることがあるのではないか。そう思っていたようだった、それは彼が浮かべる不敵な笑みが如実にょじつに表していて。


「我が走れば直ぐに着くが、貴様がこのペースで歩いても昼時までには着くであろう」

「ぜんぜん近くじゃないのな。じゃ、お前が走るか?」


 イミトは、さりげなく急いだ。世界には色々なものがある——彼自身も、いつまでも同じような森ばかり見つめているのは退屈だろうと息を吐く。彼もまた、転生召喚させられた異世界を、デュラハンの体として生きる新たな世界を踏み出し始めたばかりなのだから。


「良いのか?」

「いいさ、また魔物に襲われるよりは疲れなさそうだ」


「そうか、ならば急ぐとしよう」


 そうして二人は走り出す、黒い鎧姿でデュラハンとして駆けていく。



 ——未だ、結末と辿る展開のヒントすら与えられぬままに。


 そうして、辿たどり着くはジャダの滝。


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