第3話 ジャダの滝1/4


 旅立ちの早々——イミトとクレアの二人は、早速と危機にさらされていた。


「どうするよ、これ」


 洞穴から出て、食料と情報を求め白骨兵がおびただしく蔓延はびこる森に戻ったイミトたちは昨晩戦ったおおかみの魔物の群れと遭遇し、取り囲まれてしまっていたのである。


「どうもこうも無い、ただの獣が数匹おるだけではないか」


 けれどもクレアは至極平静に、諦め交じりで面倒そうな表情を作るイミトに言い放つ。


「よし、貴様の体を操らせよ。久方ぶりに血が騒ぐ、男の体を操る訓練にもなるのでな」


 そしてクレアは一つの提案をした。自分ならば容易たやすくこの状況を打開できると、言葉だけでなく顔を隠す兜の中からの声には満ち満ちていて。


 一方、そんなクレアに獣の動きに警戒しつつも目線を落とし、イミトはクレアの言葉について考える。


「……体目当てで俺を誘い、襲って、男の体を自由に操る訓練」

「……」


「文字だけ見れば只の痴女だよな」

「だだだだ誰が痴女か⁉ 恥を知れ‼」


 緊張感は消え去り、獣たちの威嚇を尻目に喧嘩を始めそうなやり取り。しかし獣たちにそんなやり取りをいつまでも見守る義務など無い。


「……来たぞ」


 先駆けのように一匹の獣がイミト達に向かって走り出し、それを認識したイミトが呟く。それが了承であった。


「ちっ‼」


 イミトの暴言を歯に残しながらクレアがイミトの右腕を操り、どういう理屈か黒い渦をてのひらに生み出す。それはすぐさま形を変え、黒い剣となりて飛び出した獣を一刀の下に斬り伏せた。


「おお、スゲー」

「その剣どうやって出したんだ?」


 黒い鎧に覆われ始めていたイミトの体を駆使するクレアが、剣を改めて構えたのを尻目に、首から上の見物人けんぶつにんが他人事のように呑気のんきに尋ねて。



「戦いに集中させんか‼ この馬鹿者‼」


 しかし、上映中は静かにするのがマナーだといさめたクレア達の下に、次々と獣の群れは遠慮なく牙を露に続々と行動を開始。


「おお⁉」


 次々と的確に狼の群れを処理するクレアの剣捌けんさばき、そして鎧姿と成り果てた自らの体捌たいさばきは実に見事で、首を揺らされながらイミトは自分の体の激しい動きに感嘆たる声を上げる。


「ふふ……楽しくなってきたわ。久方ぶりにやるか」


 すると視聴者の反応の良さもあり、獣の一頭を処理して少し暇が出来たクレア。彼女の感情は高揚していた。その時——、獣の群れが選択しようとしていたのは三百六十度くまなく一斉に飛びかかる飽和攻撃であって。


 彼らはそれを実行する。



「【デス・ゾーン‼】」



 が、待ちかねたように剣を持つ右腕を突き出し、クレアがを唱えるとクレアの頭部を中心に世界は赤みがかった色に一瞬にして塗り潰される。



「おわ、なんだこれ⁉」


 そこはまるで制止した世界。空中には飛び掛かろうとしていた獣たちが浮かび——、堕ちゆくも、舞い上がった砂塵さじんも、その動きを止めていた。


 動くものは、クレアとイミトの体だけである。


「くく、雑魚ざこが我の魔力の奔流ほんりゅうに飲まれておるのよ」


「正確に言えば、我の魔力によって敵の肉体に時間と空間を付加しておるのだ」


 「ほぉ……敵からすれば一瞬で距離が遠くなった感じだと。いや全く分からんが」


 クレアの戦いにたかぶっていく様子に如何にもなデュラハンという魔物らしさを感じつつ、厨二病全開だなと思うイミト。そんなイミトにクレアは得意げに言葉を続け、


 そして——

「魔力の差が大きいほどに効果がある。逆もまたしかりだが」



「それにしても、ふは……ふはははは」


 体の感覚を確かめる様に剣をふるい、感極まったがごとく高らかに天をあおいで笑い出すクレア。


「ん? どうした?」


 流石に異変を感じたイミトが素朴に問うと、



「体が自由に動くこの感覚、久しい、久しいぞ‼」


 彼女は感動を口にしてイミトの体で歩き出した。それから感情を引きずったまま空中に停止する獣たちをその剣で斬り捨て始めていく。イミトの首から上がぐるんぐるん揺れた。


「……あんまり暴れんな、首が痛くなりそうだ」


「歓喜せよ世界、震えあがれい、俗物ども‼」



 最早、イミトの忠告はクレアの耳には届かないといった様子。次々に剣で獣の群れを切り捨て一方的に暴れ回る。


 そして、



「このクレア・デュラニウスが今——、帰還した‼」


 最後の一体を斬り上げると同時に空間は赤い光の柱を生み、爆発が起きたかの如く森中をざわめかせるのだった——。



 やがて、戦いのその後へ。鎧姿から軽装姿に戻ったイミトが首の骨を鳴らす。


「いやぁ、ハシャいだなぁ。オイ、ずいぶんと」


 体に残された疲労感と躍動感の余が韻に対して、あまりに対照的に頭が冷静なままであるの気持ちが悪い。そんな気怠さの中で、嫌味のように辺りに散らばる魔物の残骸【】を眺めいて。



「ふん……他愛も無い」


 クレアも言葉こそ冷静に戻ってはいたが、兜越しの声は実に充実しているようだった。たぶんドヤ顔をしているのだと確信めいてイミトは思う。


 そして——、クレアより先に体の本来の持ち主のイミトがに気付いたのである。


「あんまり人の体でして欲しくはなかったよ」



 彼は嘆くように言った。遠回しに、言った。


「別に良いでは無いか。何の問題が……あ——る?」


 戦闘に置いて傷は負っていない。しかし結果に不満ありげなイミトを論破すべくクレアはイミトの体に異常が無い事を感覚の共有をして確認する。そして遅ればせながら気付いたのだ。



 ——下腹部の下に感じるたけき熱情を。



「きききき、貴様⁉ ここここ、これ、これは何だ⁉」


 クレアの声があまりの衝撃に裏返る。彼女はが、おおかた何が起きているのかは察して居る様子で。


「……生理現象」


 バツが悪そうにイミトが声を漏らすや、



「この変態がぁぁぁぁあ‼」


「興奮したのはお前ですけど⁉」



 彼女は叫び、彼も叫び返して。責任転嫁合戦の始まりである。



「って……おい、待て、俺の右腕でナニに何をする、ヤメロ?」


「ヤメロオぉぉぉぉぉぉ、お」



 号砲は、かかげられた右腕が叩く場所から放たれるのだろう。その音は、敢えて描写は避けさせて頂く事にする。



「「~~~‼」」

「おま、おまえ……ちょっとは考えろよ」

「だまれ……ゲスめが……くう~‼」


 イミトの体は地にうずくまり、地に転がるクレアの兜も痙攣けいれんした。そんな二人で一人であり、一人で二人であった。



 ——。

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