第4話 終章

第4話 終章


 ベスに急かされるようにして、朝食を終え、花嫁衣装に着替える時間が来るまでの間、私は、婚約者であるアーサー様と並んで、バルコニーから、式の後、披露宴が行われる予定である広大な庭を眺めていた。

 とはいえ、どのように、話をしていいか分からず、困っていると、

「エリザベス嬢から、話は聞いたよ」

 と彼が言った。

「君が、私が君ではなく、エリザベス嬢と結婚したがっていると、すっかり誤解してしまっていると」

 この3月で、24歳になられたばかりのアーサー様は、苦笑交じりにそう言って、つけ加えた。

「だから、「挙式前に、さっさと姉の元へと行って、誤解を解いて来て下さい。そのような必要最低限のことも出来ないような方に、大切な姉を嫁がせるわけには参りません」って」

 4月の空は、ぼーっと霞んでいて、ますます私のおっとりペースに磨きをかけそうだった。

「このような言い方をすると、誤解を招くかも知れないが、実を言うと私は、母のような女性は、苦手なんだ」

 口調が軽いせいか、彼の話は、どこまでがユーモアで、本気なのかが分からない。

「私も母と同じで、異国の血が混じった身で、この国にいるのが不安だった。最初は、君の外見が目的だったんだ」

「最初は?」

「そう。この国の人間らしい外見をした君と結婚できれば、独身ではなくなるし、そういった不安も少しはなくなるかも知れないと思った。こちらとしては、幸いなことに、君のご両親はお金に困っていらしたし、爵位もうちより下だ」

「……異国の血が交じっているというだけでですか?」

「そう」

 私には、彼の言っていることが分からなかった。確かに、彼のお母様は異国の方で、彼にもその血が色濃く現れているとはいえ、日々、暮らしていくのに、何の違いがあるというのだろう?

「何か不都合でも?」

「金と爵位があっても、職も縁談も後回しにされる」

「……あなたは、こんなにお美しいのに?」

 ここで初めて、彼が、私の方を向いて、真っ直ぐ、私を見つめたような気がした。

 そして、何故か盛大に吹き出されてしまった。

 今までも、何度か会って喋っているのに、こんなことは初めてだった。

「……そういうところだよ」

「は?」

「何度か顔を会わせるたびに、気づけば、君のそういうところに夢中になってた。本気で、縁談を申し込んだ時に、ベス嬢に言われたよ。真剣な顔で、「姉は天然なところがありますから」って」

「……天然って……」

 あまりの言いように、私がしばらく固まっていると、彼が目を細めて、

「姉妹って、いいもんだね」

 と言った。

「……姉妹にも、いろいろありますよ」

 実際、口に出して言わないだけで、今回のことがなければ、自分がベスを羨ましく思っていたことなど、気づかなかったことも沢山あった。単に気づかないふりをしていただけで、ベス以上に、私は劣等感に苛まれていたのかも知れない。

「うん」

 もうすぐ、私の未来の夫になるかも知れない人は、さっきよりも少しだけ、柔らかくなった気がした。

「結婚、どうします?」

「それを君が聞く?」

「私も、ベスも、貧乏には慣れてますので」

 茶目っ気たっぷりに瞳を輝かせると、彼は少しだけ考え込むふりをして、そっと私を抱き寄せた。

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没落寸前の男爵令嬢は、婚約者とハッピーエンドを迎えるために蘇る。 狩野すみか @antenna80-80

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