第3話 伯爵家で
伯爵様、正確には伯爵夫人と有能な伯爵家の使用人達の配慮と働きで、清潔だが、質素なドレスを身に纏ったベスが馬車から降りた後、私の婚約者であり、明日、夫となるアーサー様と何を話したのか?私は知らない。
没落寸前の我が家の薄い布団にすっかり慣れきっていた私は、伯爵家のふかふかのベッドではあまり眠れず、睡眠不足だった。
それはベスも同じだったらしく、
「お姉さま、そろそろ……」
伯爵家が用意したデザインこそシンプルだが、フォルムが美しいドレスを身につけ、部屋に現れた彼女は、どこか気怠げだった。
まるで、それが合図であったかのように、伯爵家の有能な使用人達が私の前に洗面台を置き、朝の支度を調えていく。
あっという間に着替えさせられ、ベスと共に食堂へと案内された。
伯爵ご一家は既に朝食を終えられていて、私はベスと共に、使用人達に案内されるまま、席についた。
茹でたジャガイモしか用意できないこともあった没落寸前の我が家とは違って、簡素ながら、伯爵家の朝食は豪華だった。
パンもスープもサラダも、味や彩りが違う!おまけに、パンには種類があって、私が感動に目を潤ませていると、ベスが、
「お姉さま、食べ過ぎないようにね」
と静かに釘を刺した。
何度考えてみても、不思議な縁談だった。没落寸前の我が家と違って、伯爵家には何のメリットもない。家柄もあちらが上だし、家同士の繋がりがあるわけでもない。 持参金もない。優秀なベスを ご子息の結婚相手に望まれたのならまだ分からないわけでもないが、見てくれ以外、何の取り柄もない私を結婚相手に選ぶなんて……。
自己評価が低いのは、私も同じで、ベスのことを言えないな……。
けれど、アーサー様も、結局は、私のガワだけが目当ての人間なのかしら?
そう思うと、目の前に並んだ朝食も、途端に色褪せて見えた。
見てくれなんて、そのうち失われるのに……。
「お姉さま。確かに食べ過ぎはよくないですが、今しっかり食べておかないと、後がもちませんよ?」
この後、結婚式は、礼拝堂で行われ、主に花嫁、私のお披露目を兼ねたガーデンパーティが開かれることになっている。
ベスは私のことを心配して言ってくれているだけなのに……。
急に、私はベスのことが羨ましくってたまらなくなった。
「分かっているわよ……」
このまま、ベスと入れ替われなくても、アーサー様が私に飽きるのは、時間の問題か……。
そうしたら、私は没落寸前の我が家に送り返されるか、夫が愛人を作って、家に寄りつかなくなるのを見ることになるのだろう。
「ベス」
ただっぴろい食卓の向かい側に座る妹に、他に尋ねる術を持たない私は、
「昨夜、アーサー様と何か話したの?」
単刀直入に尋ねた。
「特に何も」
「そう……」
「あの方は、私に何をお望みなのかしら?」
「さあ、私はあの方ではございませんので」
「……あなたは、それでいいの?」
私の問いに、ベスが目を丸くした。
「……お姉さまではなく、私が?」
「あの方は、本当は、あなたをご希望なんじゃないの?」
「……あの方が、お姉さまではなく、私を?」
妹は完全に固まってしまったらしく、しばらく口を開かなかった。
「……どこから、そのような誤解が?」
「あの方は、何度か、うちへ来られた時も、楽しそうに、あなたとばかり会話していたじゃない」
今度は、妹は額を押さえて、うつむいてしまった。
「それは、私が、お父様お母様に代わって、あの方との縁談の話をしていたからであって、決して、お姉さまが誤解していらっしゃるような感情ではございませんわ、私とあの方は……」
ともかく、何故、急に、自分が引き留められたか合点がいったとでも言うように、ベスは大きなため息をついて、
「お姉さまこそ、今までに、あの方とこのお話を?」
「いいえ、まだしてないわ」
「今すぐにするべきです」
と言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます