第2話 妹と
次に目が覚めたのは、伯爵家からの馬車を待つ間だった。
「お姉さま!」
「……ベス」
これでは先が思いやられるとでも言うように、しっかり者の双子の妹は、大きくため息をついて、
「お姉さま、しっかりして下さい」
と言った。
「私は、伯爵家までご一緒するわけには参りませんので……」
その瞬間、私の中で、何かが閃いた。これだ!と思った。
「ベス、伯爵家まで一緒について来て貰ってもいい?」
父が事業に失敗した没落寸前の我が家では、使用人が少なく、私は一人、伯爵家からの迎えの馬車に乗り、嫁ぐことになっていた。
「……は?」
「お願い!」
なんやかんや言いつつ、ベスは私のお願いに弱い。
ベスは、しばしの沈黙の後、ため息交じりに、
「……分かりました」
と言った。
「うわ~、ありがとう!ベス!」
「ただし、」
喜びにわく私に、
「馬車が伯爵家のお屋敷に着くまでですよ?」
しっかり者の妹は、釘を刺すことも忘れなかった。
二度の事故が嘘のように、馬車は無事、伯爵家へと着いた。
今でも無駄に広い我が家よりも更に広い庭を通って、馬車はお屋敷の方へと近づいていく。
広大な屋敷の前には、清潔な制服に身を包んだ使用人達がずらりと並び、右手を軽く胸にあて、頭を下げて、私達を迎えてくれた。
「お姉さま、私はここまでですよ」
馬車の扉が開く前に、ベスが耳元で囁くように、小声で言った。
「うん。ありがとう、ベス」
御者にエスコートされ、慣れない豪華なドレスで、私は馬車を降りた。
本当は、ベスについて来て欲しかったけれど、そこまでのワガママは言えなかった。
「旦那様がお待ちです」
出迎えた執事と家政婦長に、前後をきっちり挟まれるようにして、私は屋敷の中へと入った。
「お迎えにも上がらず、失礼を」
屋敷に入って早々、エントランスで、私は、伯爵一家に迎えられた。今日から私の夫になるアーサー様、義理の父になる伯爵、そして、義理の母になる伯爵夫人だ。
失敗した父と違って、伯爵様は商才がおありだったらしく、交易で成功し、莫大な富を更に膨らませ、異国から美しい妻まで迎えていた。シルクで有名な東洋の国から来られたこの方は、艶々とした黒髪が美しく、年齢よりもお若く見える方だった。
ベスではなく、何故、私が次期伯爵の嫁に選ばれたのか?
大元の元凶は、この方、アーサー様の実母である伯爵夫人だった。正妻とはいえ、男子を産めたのは、この方だけだったため、色々と苦労されたのだろう。息子の嫁には、中身ではなく、ガワが、彼女が考えるこの国らしい私が選ばれてしまったのだった。
一度でも話をすれば、異国の文化にも詳しいベスの方が、伯爵家の嫁にふさわしいことを分かって頂けただろうに……。
心の中で軽くため息をついて、私はドレスを軽くつまみ、頭を下げた。
「今日から、お世話になります。メアリー・テューダーです」
何度かお会いしたことのあるアーサー様は、異国の言葉にも長けているベスではなく、私が嫁いできたことにがっかりされているだろうか?
お母様譲りの黒髪を後ろで一つに束ね、お父様譲りの碧眼で微笑む彼の本心は、ここでは見えなかった。
馬車は、まだ、屋敷の前に待機していた。
私とて見目麗しい彼に愛されたくなかったわけではないが、ベスを呼ぶなら今しかないと思った。
「大変お恥ずかしいのですが、一人で嫁ぐのは些か寂しく、妹について来て貰いました」
婚礼を前に、両肩思いであるベスとアーサー様を引き合わせるのは、今しかないと思った。
案の定、アーサー様のアーモンド型の目が驚きに見開かれる。
「ご存知の通り、我が家は没落寸前のため、私には私付きのメイドもおらず、妹にも、馬車の外に出て、伯爵様方にご挨拶するドレスがありません。そのため、伯爵様のお許しが得られれば、数日、私がこのお屋敷に慣れるまで、妹を滞在させて頂きたいのですが……。婚礼のためのドレスまで用意して頂いた上、大変厚かましくて申し訳ないのですが……」
ベスならもっと上手に言えるのだろうが、頭の悪い私には、これが精一杯だった。緊張のあまり、ドレスを掴む手まで震えている。
幸い、式までにはまだ時間がある。それまでに、ベスとアーサー様を会わせることが出来れば……。
親が決めた者同士で結婚する時代、結婚後の恋愛も大目に見られていたけれど、好きな人と結婚することが出来るのなら、最初からそうした方がいい。
「そうね」
うつむいたままの私の願いを聞き入れて下さったのは、伯爵夫人だった。
「息子は何度かお屋敷にお邪魔したことがあったようだけど、メアリー、あなたがうちに来られたのは今日が初めてですものね」
彼女は優しく微笑むと、
「妹さんの予定が許すようなら、何日か滞在して頂くといいわ」
背が高く、温和を絵に描いたような伯爵様は、東洋系の美しい妻の横で、ニコニコと微笑むだけで、何も言わず、静かに頷いただけだった。
こうして、ベスの伯爵家滞在が決まり、すっかり貧乏に慣れきった私達姉妹は、何もかもが豪華過ぎ、眩しすぎる伯爵家で、結婚式当日の朝を迎えたのだった。
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