没落寸前の男爵令嬢は、婚約者とハッピーエンドを迎えるために蘇る。
狩野すみか
第1話 出発
私の名前は、メアリー・テューダー。
馬車で、婚約者の元へと嫁ぐ途中に、事故死した没落寸前の男爵家の令嬢。
私には、双子のエリザベスという、やり繰り上手の、働き者の妹がおり、嫁がされる前から、私は知っていた。
お母様が異国の出であり、他に男子が生まれなかったために、跡継ぎへと選ばれた私の婚約者、アーサー・リロイ様は、ガワだけが綺麗な私ではなく、頭が良く、知識豊富な妹のエリザベスを伴侶として望んでいたことを……。私への劣等感に苛まれていた妹は全く気づいていなかったみたいだけれど、私達の両親も、没落寸前の我が家を上手に切り盛りする妹を、決して手放す気はなかったことを。
そう、私に求められていたのは、お人形のように綺麗に生んで貰った外見をいかして、財力も、地位も、自分達よりも上の伯爵家へと嫁ぎ、没落寸前の我が家を建て直すことだけだった。その途中で、私は、馬車の横転事故にあい、命を落としたはずだった。私の物語は、ここで終わったはずだったのに……。目覚めると、私は、時々、 雨漏りがする没落寸前の我が家のベッドにいた。
コンコン!と軽快に、ドアをノックする音がする。
建て付けの悪いドアを器用に開いて、そこから顔を出したのは、私の自慢の妹だった。
「お姉さま、そろそろ……」
金髪に碧い目の私とは姉妹とは思えない妹は、赤毛で、長身のスラリとしたスタイルをしており、所作までスマートだった。
「伯爵家の馬車がお迎えに来られるから」
状況が分からず、薄い布団の端をぎゅっと握っている私を見て、妹は、まるで、庭に迷い込んできた猫を落ち着かせるように、ふわりと柔らかく微笑んだ。
ーーどうやら、私は、嫁ぐ日の朝に戻ってしまったらしい。
「お支度を」
ガワしか取り柄のない私と違って、妹は、テキパキ動くと、この日のために、伯爵家から用意されたドレスを薄汚いベッドの上へと広げた。
「……ベス」
「なあに、お姉さま?」
「白は、私ではなく、あなたの方が似合うと思うわ」
お世辞ではなく、本心からそう言ったのだが、妹は、クスクスと笑うと、
「なあに、お姉さま、本気で言ってるの?白は、姉さんより、私に似合うなんて……」
全く取り合ってくれなかった。
「アーサー様も……」
「お姉さま」
諭すような目で見つめられて、私は黙るしかなかった。
その後は、この屋敷に残った数少ない使用人であるメイドのアンナに手伝われて、洗面と身支度を終えた。
薄いパンとスープとサラダの朝食は、家族と食堂で取ることになっている。
「ねえ、ベス、今からでも考え直して。アーサー様は、私ではなく、あなたをお望みなのよ」
「……アーサー様がお姉さまではなく、私を?」
妹は、今回も、小馬鹿にしたように笑い、私の言葉を真に受けなかった。
妹の自己肯定が低いのは、私のせいでもあるにしても、あまりにも低すぎる……。
アーサー様、つまり私の婚約者が何度かうちへ来られて、妹と楽しそうに会話に興じる様を、この場で見せてやりたいが、そんな便利な道具がこの世にあったとしても、今、ここにはない。
私たち姉妹と年の近い使用人アンナも、妹の鈍感さに声を殺して笑っている。
「ねえ、ベス……」
「姉さん、もうその話はいいから、朝食にしましょう」
容姿に関しては恐ろしいほど自信がない妹は、アンナが自分の容姿のことを笑っていると思ったのか、取り付く島もなく、会話を打ち切ってしまった。
渋々、私も、妹の後を追うように、部屋を出た。
妹と同様、私も、自分の使命は理解している。
没落寸前とはいえ、生まれた家が男爵家である以上、「愛がない結婚は嫌だ」とか、子どもじみたことをいうつもりもない。
それでも、私は……。
こんな時、アーサー様に、すぐ連絡がつく道具があればいいのに……。
妹と違って、あまり頭の良くない私は、空想にふけるのが得意だった。
ため息を頭の中からこぼさないように用心しながら、私はいつもよりは豪華な朝食を、妹と弟と両親と済ませ、迎えの馬車が来るのを待っていた。
妹が以前読んでいた小説のように、私を邪魔に思う誰かが、馬車の事故を仕組んだとは思わない。けど、このままいくとまた、私は事故にあって、死ぬような気がするのだ。何とか、この死亡フラグを折る手はないものか……。考え込んでいる間に、伯爵家から迎えの馬車が来て、私、メアリー・テューダーは、またしても、馬車の横転事故で、18歳の生涯を終えた。
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