第2話~オニユリ~

 ~オニユリ~


「ユカリさん、お紅茶を入れて下さるかしら」


 窓ぎわのロッキングチェアに座ったままの陽子から声がかかる。


「レモンティーにされますか? 」


 柔らかな笑みを浮かべながら、陽子は答える。


「そうね、今日はミルクティーにしようかしら」


「かしこまりました、お持ちしますね。今日は一日陽射しが強いですね。」


 庭に咲きほこるオニユリを眺めながら優子は呟いた、『晃介さんは明日こそ迎えに来るかしら』


 育った家は裕福で何不自由なく少女時代を過ごした優子には許嫁がいた。

「迎えに来ましたよ」


 白いレースのカーテンの向こうから、初老の男性が被っていた帽子を脱ぎながら陽子とユカリの元へ静かに近付いてきた。


 オレンジ色のオニユリの花びらは太陽の光を浴びてその姿を揺らし誇らしげに輝いている。


「ユカリさん、その方どなたかしら、私存じあげませんけど」


 寂しげに笑う晃介にユカリは切なくなる。


 陽子が幸せだった頃の話は何度も聞かされていた。


 二十歳の頃出会った晃介と陽子は恋に落ちた。


 今より澄んだ川の水が流れる川辺に腰掛けて、二人は静かに時を過ごしていた。

 あの頃と変わらない優しさに包まれていても、陽子にはすでに記憶がない。


「あなたが好きなクッキーを買って参りました、どうぞ昼下がりにでも食べてください」


 手渡された陽子は少女のように笑いながら。


「おじ様、どうして私が好きな物をご存知なのかしら」


 小高い丘の上に建つ施設の談話室、毎回自己紹介をするのは晃介。


「初めまして、片山晃介と申します」


「あら、晃介さんとおっしゃるの? 私の恋人と同じ名前だわ」


 肩まで伸びた白くなったおくれ毛に手をかけながら陽子は微笑んだ。


「初めまして、陽子です」



(了)


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 オニユリ(鬼百合)


 花言葉・陽気・華麗



 一説によると、食用にするために中国から日本に渡来したといわれるオニユリ。日本中の山や河川敷で見かけることができます。また、ユリ根(ムカゴ)として販売されているもののほとんどはオニユリのものだそうです。



 花はオレンジ色で、褐色の斑点が無数にあり、花びらが後ろ向きに反り返っているのが特徴です。花の姿が赤鬼を思わせることから、「鬼百合」と名付けられました。


 ──認知症になってしまいましたが、陽子と晃介は願い通りに恋を叶えて幸せな生活を過ごしました。


 これからもきっと寄り添いながら生きて行くのだと思います。


 ✿四月二十一日の花「オニユリ」花言葉に添えて……

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