第20話

アイラさんの後を追って教会を出る。

そういえば魔女の工房を通ってこの教会にやってきたけど、外の景色をまだ拝んでいない。

一体どんな場所に教会があるんだろうか……という疑問は教会の扉を開けたところで解決した。


面前に広がるのは圧倒的に緑。雑木林というよりは、森と言っていいくらい先の見えないほどの緑が広がっていた。

上には青空が広がっていて、おそらくここは森の一部分に秘匿して作られた場所になっているんだと直感で思った。


周囲を見てみると、教会の他に白い建物と黄色い建物が一つずつある。

屋根は両方とも茶色で、黄色い建物の方が大きい。窓が多く開放感のある作りだった。

黄色い建物のサイズは、私が通っていた1学年2クラスある小学校が2階までになった程度の大きさだった。こちらからだと建物の形がコの字に見える。


教会の隣はグランドになっているようで、200メートルトラックが一つ入るくらいの広さがある。

そこを横切って黄色い建物に一直線で向かった。

私は黄色い建物を指さして言う。


「あれが学校……ですか?」

「ええ。普通、教会学校というと教会が学び舎になりますが、机と椅子がないと不便ですから」

「そ、そうなんですか」


よく分からないけど、教会で勉強する人もいるらしい。

私としては勉強といえば学校や自分の部屋でするものだと思っていたから、なんとも分からない感覚だった。

そうこうしている内に、学校の入り口まで到着した。


「それでは立花様、学校の方に連絡は済んでいますのでまずは職員室に向かってください。職員室は廊下を右手に進んで突き当たりを左です」


アイラさんは一礼する。そして、教会へと帰って行ってしまった。

1人残された私は学校の門を眺めた。

透明なガラスから、学校の内装がわかる。

玄関には大きな下駄箱が6つも用意されている。

聖書の数がどれくらいなのか私は知らないけど、多分下駄箱の数と合わないなと直感的には思った。


「あれこれ考えていても仕方ない。とりあえず……職員室に行かないといけないんだよね」


そうして、私はガラスのドアを開く。

一歩足を踏み入れると、私の目の前にヒュンと何かが飛んできたので頭を引いてかわした。


「なっ、なに!?」


見ると、飛んできた何かが壁に刺さっていた。

あれは……ナイフ?食事用のナイフだ。


「なにこれ危ない……もしかしてトラップ?」


私はナイフを壁から引っこ抜きながら言う。

なんでトラップがあるんだ……聖女ならこれくらいくらっても問題ないから、きっと聖女以外を寄せ付けないようにするためのものかもしれない。

でも当たったら痛いかもしれないので、一応聖書を変形させて外套を羽織ると私はアイラさんに言われた通り廊下を右手に進んだ。


廊下には掲示物などは一切なくすごく寂しい学校という印象だった。

薄暗い灯りの廊下を進んでいき、突き当たりで左に曲がる。

すると職員室というプレートの掛けられた部屋が見つかった。


「し、失礼します……」


こそこそとしながら中に入ると、中には1人の女性が椅子に腰掛けているのを見つけた。

綺麗なブロンドカラーの長い髪をした若い女性だ。

彼女は私に気がつくと立ち上がり微笑んだ


「こんにちは。アイラから聞いているわ。あなたが立花理子さんね」


良く通る声で彼女はそう言った。

立ち上がった彼女はすごく背が高かった。目測だけど、身長は170センチはありそうだ。年齢は……二十歳は超えていそう。

モデルのようなキラキラとしたお姉さんに話しかけられ私はしどろもどろになりながら首を縦に振った。


「私はオリヴィア。ここで先生のようなことをしているわ。よろしく」

「た、立花理子です。よ、よろしくお願いします」


ぎこちない挨拶を気にする様子なくオリヴィアさんは右手を差し出してくる。

指が凄く細い。なんだか同じ人間とは思えないなという、嫉妬を軽く通り越して諦めを感じたところで手を握り返した。


「そんなに緊張をしなくてもいいわ。ここはあなたを脅かす人はいないわ」

「お、脅かす……?」

「持っている聖書についてもアイラから聞いたのよ。ベレシート……あなたは私たちの希望だもの」

「そ、それはどういう……」


聞き返したところで、彼女のデスクの後ろからぴょいと何かが飛び出してくる。

そしてその何か──三つ編み赤髪の少女は私の胸へ飛び込んできた。

少女は顔を上げてニッコリと笑う。

そばかすが特徴の快活そうな少女だった。


「リコ! あなたがあたしのパートナーなのね! とっても優しそうで嬉しいわ!」

「あっ、えっ……先生この子は……」


小学生くらいの女の子に突然抱きつかれることは未だかつてなかったので、あたふたしながらオリヴィアさんに助けを求めた。

オリヴィアさんは少女の脇を掴んで私から引き剥がす。

三つ編みの赤髪を整えると、少女はお辞儀をした。


「この子は……」

「あたしはアニー! この学校の生徒なの! ちょっとだけだけど、お姉さんの先輩よっ」

「見ての通り元気な子だよ。半月ほど前に聖女になったおてんば新米聖女なんだ。時期も近いし、立花さんにはアニーと一緒にペアで授業を受けてもらうよ」

「じゅ、授業……! わかりまし……」

「リコ、リコ! あなたペンタチュークなのよねっ! すごい! あたしはマラキの聖女なの。よろしくね!」


アニーちゃん元気すぎる! 小学生の時私はこんな元気じゃなかったけど!?

彼女の圧に押されながらも、私はロザリアにしたぜカリアを元に戻しながら言う。


「え、ええっと。よ、よろしくね……。あっ、そうだ。一応だけどね、私ベレシートだけじゃなくて……」

「これは驚いたわね。立花さんはこれをどこで?」

「……たまたま寿命で死んじゃった子がいて、私が引き継いだんです」

「それは災難だったわね。死んでしまったこのためにもちゃんと使ってあげるのよ」

「……」


先ほどまで騒がしかったアニーちゃんが急に静かに俯いた。

いくら元気といってもすっごく小さいし、暗い話は嫌だったかな……

少し失敗したと自責をしながら、彼女にフォローをしようとしたところで彼女はパッと面を上げた。


「リコ! やっぱりあなたすっごくいい人ねっ! もしあたしが同じになったら、あたしの聖書はあなたにあげるわ! それに、ゼカリヤってことはあたしとお隣さん! なんだか運命を感じるわねっ」

「えっ、落ち込んでたんじゃないの!? そ、それにお隣さんって」

「えー!? リコは分からないのっ?」

「アニーが言っているのは聖書の並び順についてよ。立花さんはキリスト教ではないのよね?」

「す、すいません……」

「いいのよ。信者以外も聖女になってしまうもの。その手の話はまた後でするわね。とにかく、アニーとあなたは聖女の部屋もお隣ということ」

「あっ」


聖女の部屋が隣と聞いて思い出した。

確かゼカリヤの部屋を探していた時に、その隣の部屋がマラキだった気がする。

お隣さんってそういう……

1人で納得していると、先生──オリヴィアさんは思い出したかのように口を開いた。


「そういえば、あなた達は宿舎も同室よ。そういう意味でも、ちゃんと仲良くするのよ」

「えっ、えええええ!?」


ま、まさかこんないきなり寮生活がスタートしてしまうなんて!

お父さんたちにどう説明しようとか考えながら私は目を回してしまう。

私の驚いた様子を眺めて、アニーは弾けるような笑顔を浮かべていた。

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