第16話
白百合ちゃんに背中を押されて教会の2階へ。
2階は木製の机が規則ただしく並べられたオフィスのような空間だった。
中では、数人の女性がパソコンをカタカタと……とは言ってもそんなに忙しそうな様子ではなさそうに仕事をしていた。
おそらく受付であろう背の高い机が彼女らの仕事のスペースとこちら側を区切っていた。
女性の1人は私の顔……というか白百合ちゃんの顔を見て、面倒そうに立ち上がった。
彼女に合わせて私も受付の机へと歩いて行った。受付に着いたところで、丸メガネの女性は、白百合ちゃんに視線を合わせて口を開いた。
「お疲れ様です、白百合さん。後はこちらで手続きをしますので」
「よろしく頼むよ。やはは、それじゃあ私はここら辺で」
白百合ちゃんはそうしてその場を立ち去ろうとする。
「えっ、白百合ちゃんどこか行っちゃうの?」
「私の仕事はとりあえずひと段落したからね。少し休ませてもらうよ」
「そ、そっか……」
「彼女に従って、手続きを済ませれば大丈夫さ。何か問題があったら、また私に聞いてよ。私はお父さんをとりあえず別部署に連れていくね」
そう言って、白百合ちゃんはあくびをすると、お父さんを連れて眠そうに階段を降って行った。
いつも飄々としている彼女だけど、意外としっかり仕事をこなしているんだなぁと感心した。私と友達になってくれたことが仕事の一環でなかったことを信じたい。
白百合ちゃんがお父さんを連れてどこかに行ったところで、金髪丸メガネの受付の女性がクイっとメガネを上げた。
「もういいですか?貴方が、白百合さんが連れてきた新しい聖女で間違い無いですね? 名前は……立花理子さんね」
「あっ、はい。なんだか……聖女というものになってしまったみたいなんです」
「とりあえず、聖女の登録をします。持っている聖書を出してください」
「わかりました」
ひとまず彼女に従おう。
変身を解いていなかった状態なので、ベレシートとゼカリヤをそれぞれ杖とロザリオの状態から本に戻し、彼女に渡した。
私がそうするのを見て、彼女はひどく驚いていた。
「2冊持ってるの!? 通常、聖女は一冊の本を授けられるものなんだけど……」
「あっ、ええっと……私が授かったのは一冊です。でも、もう一冊は私の目の前で寿命が来ちゃった子がいて……」
「……そういうこと。魔女を狩れずにそういう間抜けなことになってしまう聖女も……」
「ま、間抜けなんかじゃありません!」
反射的に、私は大きな声を出してしまった。
受付の向こうでパソコンを売っている数人の女性が私の方に驚いた様子でこちらに顔を向けた。
恥ずかしくなって、私は顔を伏せた。
「か、彼女は……間抜けなんかじゃありません。運が……悪かっただけ……だと思います」
「そう。では登録に入るんだけど……所持している聖書は…………『ベレシート』……ベレシート!?」
無関心そうに返した受付の女性だったけど、私の聖書を見ると声を大きくした。
彼女の言葉を聞き、先ほどまでパソコンを打っていた女性たちの表情が一変した。彼女たちは一斉に席を立つと受付の女性の元へ集合した。
すぐに女性4人がかりで、私の聖書をくまなく調べ出す。
1人、また1人とチェックが進んでいき、全員が頷いたところで、丸メガネの女性が深々と頭を下げた。
「し、失礼しました! 先ほどからの失礼な態度をどうかお許しください!」
彼女に合わせて、他の3人の女性たちも謝罪する。
私はなんのことかよくわからない。何を慌てているんだろうか。
「い、いえ。気にしていないのでそんな畏まらなくても……」
「そういうわけには……」
「ちょっと待って、もしかすると本当に力の弱い聖女なのかもしれないわ」
「確かに、見た目は弱そうだものね」
「そんな失礼なこと! ……一応調べておきましょうか」
「そうね……前例があるもの」
私を置いてけぼりにして、受付の女性たちは何やら勝手に話を進めていた。
途中からヒソヒソと話しているようだったけど、まる聞こえだった。
どうやら、私の聖女としての力を疑っているらしい。
確かにこれまで白百合ちゃんと葉山さんしか聖女に会ってきてないから、自分が強いのかどうか気になると言えば気になるかもしれない。
金髪丸メガネの受付が一度その場を立ち去ると、自分の席から一冊の本を持って戻ってきた。
本を真ん中らへんで開く。ページには何も書かれていなかった。
随分丁重な自由帳だ。
「立花さん。この本に手を置いてください。それで、貴方の力を測ります」
「それだけでいいんですか」
力を調べるって話だったから、てっきり試験のようなものを想像していたのだけど、違うみたい。
これはもしや異世界転生とか異世界転移ものでありがちな「ギルドで魔力量を測って大慌て」な展開なんじゃないか!?
……って、そんな都合のいい話あるかなぁ。
私は淡い期待を持ちつつ、白紙の本に手を置いた。
手を乗せると、白紙だった本に一瞬にして赤字の文字が刻まれた。
まるで私の持っている聖書みたいだ。あの本も書かれている文字が全部真っ赤だった。
文字はその後、何回か点滅するように消えては浮かび消えては浮かびを繰り返す。
しばらく経ったところで、その点滅は終わり本から文字がスーッと引いていった。
一体なんの検査だったんだろうと顔をあげてみると、受付の女性の1人がストップウォッチを持っていた。
聖女の力をはかる方法はこの本をどれだけ早く赤く染められるかということなのかもしれない。CPUの性能をはかるテストみたいだ。
ストップウォッチを持った女性は驚いた表情で、それを丸メガネの女性に見せる。その後、他の受付の人たちにもそれを見せたが、皆唖然としていた。
あれ、私何かやっちゃいました?
「書き込み時間35秒……」
「そ、それはすごいんですか?」
「歴代の聖女でも……これは2番目の記録です」
金髪丸メガネは声を震わせながら行った。
これはもしかすると来てしまったのではないだろうか。
私の時代というやつが……!
心の中でもう1人の私が踊り騒ぐ。完全になろう系の主人公になった気持ちだった。
「先ほどまでのご無礼、本当に失礼しました、立花様。このお詫びは私の命に変えても……」
「ちょっと! そんなことしないでください! 私、見た目がこう……弱そうというか……いじめやすそうな感じだと思いますから」
「そ、そんなこと……」
受付の4人は反応に困っていた。
我ながら返しにくい話題を振ってしまったと反省した。
このままでは埒があかないと思ったので、私の方から話を進めることにした。
「無礼だなんて思っていませんから、とにかく私の登録? を進めてください」
「寛大なお心に感謝いたします、ベレシート。登録自体はもうほとんど済んでおります。最後にこの書類を書いていただけますか?」
金髪の女性は一枚の紙を私に差し出した。
名前と生年月日住所学校など……書いたことはないけどこれは履歴書というものではなかろうか。
聖女という不可思議な存在を登録するというのに、その手続きは随分と現代的だった。
卓上にあったボールペンを使って書類を埋めていると、別の女性が5センチくらいの十字架のストラップを机の上に置いた。
「これは?」
「聖女であることを示すためのアクセサリーです。中にICチップが入っていまして、図書館や対策課、もちろん私たち支援課の利用をスムーズに行えるようになっています」
「ず、随分と機械化が進んでいるんですね」
苦笑いを浮かべながら私はそう言った。
魔法使いのアイテムだというのに、中身は魔法とはかけ離れたものだったことに私は少しがっかりした。
一旦ストラップは置いておいて、手を早めて書類を全て書き切った。最後に間違いがないことを一通り確認して、受付の女性にそれを渡す。
十字架のストラップを台からとって、私は着てきた制服の胸元につけた。
私がそうしている間、受付の人は書類をスキャナーでスキャンする。
パンチで穴を開けて、最終的に書類は私に返却された。
金髪丸メガネの女性は受付からでると、右手を出して握手を求めてきた。
それに応じると、彼女は口を開く。
「先ほどは失礼しました。私は聖女管理局、聖女支援課のアイラと申します。今後何かお困りのことがありましたら、お気軽に支援課に足を運んでください」
「よ、よろしくお願いします。立花理子です」
「手続きは終わりましたが、立花様には一つしていただかなければならないことがあります。一度、図書館へ行きましょう。私が案内いたしします」
アイラさんはそう言って、階段の方へと向かう。
なんだか聖女管理局だとか聖女支援課とか色々と新しいワードに圧倒されながらも、私は彼女の背中を追うのだった。
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