第14話

 畳が不意に消え、私の身体は自由落下する。

 3メートルほど落ちたところで、畳に打ち付けられた。


「いてて……ここは……さっきと同じ部屋?」


 周囲を見渡してみると、私が落ちた部屋は先ほどと同じく畳がびっしりと敷き詰められた広い部屋だった。

 ただ、先ほどより幾分広くなった気がする。

 まるで戦うために用意された場所のような……


「ええ場所やろう? ここなら心置きのう暴れられんで?」

「さ、サナエさん……どうしてこんなこと」

「さっき言ったやんか〜新人いびりどす。聖女になりたての女の子にちょっかいかけんのうちめっちゃ好きなんよ。さっさと聖装出さんと、死んでまうで〜!」


 サナエさんは手を前に出すと、彼女の背後から薄っぺらい弾が何十と射出された。

 あれは……


「おはじきっ!? アーメン!」


 おはじきの銃弾から身を守るために、私は即座に神に祈りを捧げた。

 私の聖書──ベレシートは光に包まれ、外套と杖へと変化した。


「……っ! 数が多い……! けど……大丈夫!」


 杖を滅茶苦茶に振り回して、水色や黄色に輝く綺麗な銃弾を防いだ。

 私は戦闘技術なんてない。だけど、適当にブンブン振るだけでも聖女の杖は強かった。


「すごいわぁ〜白百合はんはかわせへんかったんやで〜? それにお洋服つきやんかぁ〜それならうちも本気だしてもええどすか?」


 真っ黒な着物のこけし少女は、どこからともなく大きな赤い玉──それこそ私の身体より大きいけん玉を召喚して振り下ろした。

 大きい分、速度はさっきのより遅い!

 サイドステップで軽くかわそうとしたところで、背後から私は突き飛ばされる。


「畳返し……こんなのもできるんどす」


 ここはサナエさんの工房。ここの全ては彼女の管理下にある。

 だから地形そのものも彼女の味方なんだ。

 勢いよく跳ね上がった畳に背中を押され、真正面から赤い球体に直撃しかけたギリギリのところで私は叫ぶ。


「ゼカリヤ! 威力全開!」


 杖を真横へ向けて水の聖書を放つ。

 水圧で私の身体は空中で逆側へと押され、それでもけん玉をかわしきれないと察した私は杖を使って玉を逸らした。

 よしっ! なんとかノーダメージ!


 着地した後そのまま全速力で走り出し、サナエさんの懐へ入り込んだ。


「うりゃあああああああ!!!!」


 そのまま杖を突き出して攻撃する。

 渾身の突きだったと自負していたが、彼女はけん玉の持ち手部分をまるでハンマーのように使い私の攻撃を真っ向から受け止めた。


 ぐっ……受け止めるだけじゃない……! 押し返される!

 会心のスイングに耐えきれなかった私はそのまま弾き飛ばされ元の位置へと戻される。

 振り出しに戻ったけど、なんとかサナエさんの攻撃に対応できている自分に自信が出てきた。


 よし、このまま連撃だ! と意気込み一歩踏み出したところで、私の身体は再びくるりと宙を舞った。


「えっ……」


 逆さまになる世界の片隅に、黒い鉄の玩具が映る。

 いつ放たれたのか全く気づけなかった。

 刹那の間に、地を這うベーゴマが私の足を掬ったことを私は理解し、そして同時に戦いは終わりであることを理解した。


「しまいどす」


 彼女の優しい声と共に、引き戻されたけん玉に直撃し、私の意識はそこで途絶えた。


 *



「おーい、理子。大丈夫かい。サナエまさか殺してないだろうね」

「いややわ〜うちがそんなことすると本気で思ってるん? うちはこれでもプロなんどす」

「やはは、なんのプロなのかな」

「峰打ちのプロどす」

「新人いびりのプロじゃなくて?」

「白百合はんは、うちのこと極悪非道の姑やと思うてへん? うちはそんな悪い女じゃあらへんのに」

「やはは……教会的には君は極悪非道の魔女様だよ」


 会話が遠くで聞こえる。

 ぼわぼわと靄のかかった音は次第にクリアになっていき、優しい光で私はゆっくりと目を覚ました。

 先ほどまで戦っていた私は、気づけばまたあの和室に戻されていた。

 サナエさんは、来た時と同じくちゃぶ台の前で正座をしてアニメを見ていた。


「いててっ……私はどうなって……」


 頭が痛い。幸い体の痛みはなかったけど、頭がズキズキと痛んでいた。

 私を見て白百合ちゃんはホッと一息つく。

 心配してくれているみたいだ。


「理子、大丈夫? 数分意識失ってたけど」

「う、うん。頭がちょっと痛いくらい。これくらいなら聖書の力ですぐ治せるから……」


 私はベレシートに力を込める。すると私の全身を光が包み込み、すぐに頭の痛みは無くなった。

 感心したようにサナエさんは笑顔で言う。


「なるほどなぁ。理子はんの聖書はそれなんやね。うちも初めて見たわ。すごい力どすなぁ」

「そ、そうですか? サナエさんの方が……すごいですよ」

「嬉しいわぁ! さっきはうちが勝ったわけやし、お世辞じゃああらへんよね?」

「もちろんですよ……! 疑い深いですね」

「だって理子はんは五書聖女やさかい、うちみたいな一般魔女相手にならんのか思うてなぁ?」

「やはは、理子あんまり気にしなくてもいいよ。サナエは本当に強いのさ。もちろん、私よりもね。君や私が特別なように、彼女もまた特別だからさ」


 確かフィコ? 様の教徒だとかなんとか言っていたのを思い出す。

 たぶん強い魔女の弟子みたいな存在なんだろう。私もいつか彼女を倒せるくらい強くなれるのだろうか……?


 いや……強くならないといけない。

 もっと強く。誰にも負けない……までは言えないけど、私は自分の生活を荒らした魔女にケジメをつけることができるくらい、強くなりたい。

 お菓子の魔女は私が倒すべき相手なんだ。


 反省をしていると、テレビの傍に置いてあった時計がゴーンゴーンと鳴った。8時だ。


「まだまだお話したいところやけど、そろそろお開きにしまひょ」

「えっ、あの何か予定があるんですか?」

「そうどす。うちは教徒やんか〜お仕事があるんよ」


 少女は着物の袖から一冊の本を取り出してパラパラとめくった。

 直接もらったことはないけど、あれはサイズ的にポケット聖書だと思う。たまに学校の前で配っているのを何度か見たことがある。

 ただ少し気になったのは、彼女の持っているそれが所々黒塗りになっていることだった。

 それを質問する前に、彼女は颯爽と飛び立った。


「ほな、そろそろうちはお仕事に行くさかい、ここら辺でお別れしまひょ。休まへんことがうちの信条なんどす」

「えっ、お仕事ってこんな時間から!?」

「やはは、聖書配りは登校時間にするからね。今日も大阪かな?」

「今日は奈良に行く予定やな〜。最近やりすぎて大阪府警に目ぇつけられとるんよぉ〜ひどない?」

「やはは……酷いね」


 白百合ちゃんは小さく「サナエが」と付け加えたが、もちろん彼女はそれを聴こえていたので、ベーッと舌を出した。そして彼女はヒョンと工房を去っていってしまった。


「ふ、布教活動とか……あるんだね。白百合ちゃんもしてるの?」

「私? やはは……してないよ。キリスト教じゃないし。理子もする必要ないよ」

「そ、そうなんだ」


 というかどうして魔女のサナエさんがキリスト教の布教を?

 疑問が浮かんだけど、きっとそこらへんの疑問はこの後教会で解決するんだろうということで、特に質問することなくその場を立ち去ることにした。


 和室の襖をバンバン開けていき、迷路のようになっている工房の中を進んでいく。

 白百合ちゃんは道に迷うことはない。ベミドバルの聖書はここでもやっぱり便利だった。

 10枚ほどの襖を抜けた後、私の視界は再び光に包まれるのであった。

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