第12話

白百合ちゃんに手を引かれ、命かながら魔女の工房から逃げ帰った。

魔女は追いかけてくる様子はないようで来るもの拒まず去るもの追わずといったスタンスのようだった。


自宅の前に飛び出された私は肩で息をしながら彼女に問いかけた。


「白百合ちゃん! どうして……もう少しで倒せたかもしれないのに!」

「やはは……当然そう思うよね。でも、大事に越したことはないのさ。魔女は狡猾だからね」

「……くっ」


私は口籠る。

魔女はズル賢いのはちょっと戦っただけだけと理解した。

私が本気で戦っていたあのお菓子の身体は、本当は魔女の作り物だった。

まんまと騙された私はああやって死にかけたわけで……確かにこれ以上相手が奥の手を隠していたら勝てないかもしれない。


「だ、だけど! 私は1人じゃない! ベテランの白百合ちゃんもいるんだし、2人で協力すれば少しは可能性が……」

「やはは……そのことなんだけどさ」

「……ん?」

「私のことは戦力に数えない方がいいよ。特に今回みたいな強い魔女が相手のときはね」


白百合ちゃんはそっぽを向きながらそう言った。


「そ、そんなことないよ! 白百合ちゃんの攻撃は確かに魔女に効いてた! 戦力にならないだなんて……」

「そうだね、攻撃は確かに効いていたとも。そうでなくちゃあ困る。でも私があいつの攻撃をまともに食らったら一撃でお陀仏さ。だから私がいたら足手まといになる」

「そ、そんな……」


私は力なく俯く。

確かにお菓子の魔女の攻撃は強烈だった。

だけど、一撃で死ぬような攻撃ではなかったと、私は思う。


「あっ……外套」


ふと思い出した。

そういえば白百合ちゃんは私が着ていた様なローブを着ていなかった。

それが防御力に大きく関係しているとすれば、彼女の言っていることが理解できる。

白百合ちゃんは頷いて続けた。


「そう。私は聖女のローブが出せない。正確には……五書のみが扱えるはずのローブが出せないのさ。聖女としては欠陥品の異端児だね。理由に心当たりはあるけど、それはどうしようもない理由さ」

「そういうことだったんだ……ごめんね。言いづらかっただろうに」


私は落ち込み加減にそう言った。

白百合ちゃんの方が先輩なのだから、私のできることは白百合ちゃんにもできると思っていた。

聖女は能力に個人差があるようで、配慮に欠けたことを言ってしまったと私は反省した。


「やはは……いいのさ。仲間になるのだったら、いずれ知ってもらわないといけないことだからね。私がいかに出来損ないか知るためにも……理子、一度教会に来て欲しい。そこにいけば聖女に関する情報を好きなだけ教えてもらえるから」

「……白百合ちゃんは出来損ないじゃないよ」

「あはは……お世辞はいいよ。事実なんだから。その分、理子が活躍してくれたまえよ。理子は正真正銘、この戦いの主人公になる聖女だからね」


白百合ちゃんはそういうと、玄関を指さした。


「教会に行く前に、ひとまず家族と話をしなよ。君のお父さんも規則に則って教会に連れて行かないといけない。家族との再会を少しは喜んだほうがいいさ」


彼女に背中を押されるようにして、玄関の扉を開ける。

私の目に飛び込んできたのはお母さんとお父さんが抱き合う姿だった。

お母さんは目から涙を流してお父さんに抱きついていた。

お父さんが死んでからというもの、お母さんはいつもイライラしているというかトゲトゲとしていた。

きっと、お母さんなりに私たちをどうにかよく育てようと気張っていたのかもしれない。

緊張の糸が切れたお母さんは私に気がついた様子もないくらいに号泣していた。


2人の後ろには弟の陸が同じく鼻を赤くして泣いていた。ティッシュで何度も鼻を噛んでいる。陸もお父さんがいなくなって悲しんでいたんだ……そんなことないと思っていたのに。


思えば私の心だけ1人取り残されてしまった様に感じる。

父に再会したときには込み上げてくるものがあったけど、今となってはそこまでのものがない。


父がいなくなってからの数年間で、私の心はもう変わってしまったのかもしれない。もしかすると、この気持ちの変化も聖書によるものかもしれないと思うと、少し悲しさを覚えた。


私は泣き崩れる母の肩を叩いた。

母はびしゃびしゃになった顔を拭いて、顔を上げた。


「お母さん。私学校辞める」

「……どうして? お父さんがせっかく帰ってきたんだから今はそんなこと」

「お父さんと一緒に行かないといけない場所があるの。だから、お願い」


私はお父さんに目配せする。

お父さんはそれに合わせて白百合ちゃんをちらりとみると頷いた。


「理子の言う通りにしよう。上手く説明はできないが、どうやら僕たちはとんでもないことに巻き込まれてしまったらしい」

「そんな、あなた……」

「なあに、きっと悪い様にはならないさ。それに少なくとも僕が日本で発見されてしまっては色々都合が悪いだろうしね」


お父さんが説得をしていると、私は後ろから肩を叩かれた。


「君のお父さん、随分と物分かりがいいね。普通、魔女なんて異形の存在を知ればまともな思考できないと思うんだけど」

「あはは……お父さんちょっと変わってるから。そう言うところがお父さんの良いところ」

「やはは、確かにそうかもね。感情的になるよりよっぽどいいや」


彼女はくるりと身を翻す。


「明日の朝、またここにくるよ。旅の準備をしておいてね」

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