第11話


魔女の腕に捕まった私はギシギシと身体を締め付けられる。

まるで万力で挟まれているかのような圧迫感と無力感。

一才の身動きが封じられた私は唯一動く口を使って叫んだ。


「さ……白百合ちゃん……逃げて……!」


肺が潰されかけているため、途切れ途切れだったけど私はなんとか言葉を発した。

私は聖書の力を使って身体を治療できる。

だけど力を使いすぎた今、その治療は満足に行うことができなかった。

少しずつ回復を試みてはいるけど、それを上回る速さで魔女の腕は私の身体を壊していた。


「……ぐっ……かっ!」


不意に私は吐血する。

そしてそれと同時に声が出なくなっていることに気がついた。

完全に肺を潰されてしまった。息ができない。

激痛で流れる涙で視界が揺らいだ。


白百合ちゃんの手が震えている。

だめだよ白百合ちゃん。きっとあなたでもこの魔女には勝てない。

さっき言ってた強い聖女の応援を呼ぶのが1番だよ。

私は元々あの橋の上で死ぬ予定だった。それが少し遅れただけ。

でも白百合ちゃんは……もしかしたら普通に生きれていたはずなんだから。

生きて……欲しい。私に初めてできかけた友達に……私は生きていて欲しかった。


薄れゆく意識の中、白百合ちゃんが弓を構えるのが視界に写っていた。



私は半年より前の記憶をほとんど失っている。

残っているのは、学校に通っていた記憶、野山を駆けた記憶、照りつける太陽の元で友達と遊んだ記憶、そして冬には雪遊びもした気がする。だけど、そのほとんどは本当にぼやけた記憶だ。

思い出そうとしても特定の人物の顔が浮かんでくるわけでもないし、私は確かにそこにいたはずなのに、いなかったような気すらしてくる。

特に記憶が失われているのは両親との記憶だった。

それはまるで漫画から家庭内のシーンが描かれたページを破り去ったように、ポッカリと記憶に穴が空いていた。

私が聖女になってしまった理由なんて今となってはどうでもいい。

当の私が忘れているんだ。考えたところで何かが変わるわけでもない。


「だけど……さ。だったらせめて今のことぐらいはさ……! 私だって少しは取り返したいって思ったりするわけさ!」


目の前でお菓子の魔女で1人の女の子が握りつぶされそうとしていた。

魔女の表情は見えない。

だが、私の目の前に彼女を──理子を見せびらかしいて馬鹿にしているように感じる。

きっと魔女はこう言っている「お前に攻撃できるか?」と。


そんなの決まってる。

できる。私には、この聖書になら……できる!


「やはは……私も舐められたもんだ」


『ベミドバル』の攻撃は必中必殺。

前任のヴィクトリアならばこんな魔女瞬殺だったはずだ。

私は資料にあった通り『何処へ』と小さく告げる。


「……やっぱりダメか」


私は俯いた。

モノマネで強くなれるなら世話ないか……

だけど……だけどさ……諦められるわけない。


「私は『ベミドバル』の聖女。史上最強の聖女の後玉にして……彼女の友達だ」


私はありったけの魔力を使って光の矢を生成する。

弓は便利だ。

遠くの敵に攻撃することもできるし、それに遠くの友達に力を届けられる。


私の放った光の矢は魔女に差し出された理子の身体を貫いた。


「ぐっ……かはっ……」

「理子! 魔法を使って! 回復と……ゼカリヤの書を!」


そう叫んでワンテンポ置くと、彼女の身体が青い水龍に包まれる。

魔女の手ごと水の龍に食べらた理子だったけど、彼女の身体はそれでダメージを負っていない。

初めてだというのに、ゼカリアを使いこなしている。

だけど、身体の回復自体は間に合っていない。満身創痍だ。

私は弓を再び構えて、お菓子の足を射る。

魔女は自分の姿を誤魔化すつもりはなくらしく、痛みを感じている様子ではなかった。


土壇場で私の魔力を使って理子は回復した。

五書聖女が2人でもこの魔女は手に余る。


「一時撤退だよ! 今の私たちじゃ無理だ!」

「で、でも! 私がこの魔女を倒さないと……!」

「その前に君が死んだら意味がないだろう! 早く!」


理子はゼカリヤの水龍に包まれた状態で、葛藤していたようだけど、ついに私のいうことを聞いて魔女と反対方向に飛び上がった。

彼女の気持ちはわかる。自分の人生を壊した相手が目の前にいるのだから、倒したくなるのも普通の感情だ。

でも、あれを倒すのは今じゃない。

少なくとも……私の実力を知ってからじゃないと、彼女が判断を誤ってしまうだろう。


理子の手を取ると、私は一目散に工房の出口へと走っていった。

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