第10話

「やはは、ぎりぎりセーフかな」


豪弓を携えた彼女は額に汗をかきながらそういった。

聖女になったことで視力が上がったのか、遠く離れた彼女の姿が細部までよく見える。

彼女と背丈ほどある黄金の弓。

一目でそれが強力な武器であることが分かった。

それは魔女も同じだったのか、私への攻撃を中断し白百合ちゃん──いや、その弓への警戒をしているようだった。


「やっぱりわかっちゃうもんだよね。私のこれはお世辞抜きに強いよ。それこそ、聖装の中で1番さ。──それでも使う人が私じゃあ……」


再び彼女は矢を放つ。

魔法の力で作られた一本の光の矢は真っ直ぐにキャンディーの魔女の左手を撃ち抜いた。


「KYAAAAAAA!!!!!!」


強烈な爆発で、魔女は悲鳴をあげる。

白百合ちゃんの攻撃は全長3メートル以上はあろうあの奇人にダメージを与えていた。しかし、彼女はどこか不満そうな表情だった。


「やはは……こんなもんか。必中必殺が聞いて呆れるね」


少女は苦笑いを浮かべると、私に手を振った。


「理子! 君は強い! 君が羽織ってる聖装は、魔女の攻撃もある程度軽減してくれる! だから君が前衛で、私が後衛。ここは役割分担さ!」

「う、うん!」


白百合ちゃんはそうして第2の矢を射る。

光の矢は再び魔女の左手を撃ち抜き、それに合わせて魔女は悲鳴をあげる。


すごい……正確にさっきと同じ左手を狙ってるんだ。


見ると、すでに魔女の左手は赤い液体が滴り落ち、ちぎれかけていた。

これをチャンスと見た私は、白百合ちゃんに合わせて左手を狙った。


攻撃を受けて怯んでいるキャンディーの魔女にだったら、私のへなちょこな攻撃でも当てることができた。

杖についた宝石で魔女を殴ると、魔女は大きく身体を跳ねさせて悶えていた。


「ナイス、理子! 君の攻撃も効いてるみたいだ!」

「うん! 白百合ちゃん先に攻撃お願い! 私が後から合わせる……から!」


私は走り出す。

白百合ちゃんは弓を大きく構えると、射出する。

弓は大きく迂回しながら魔女の左足へ。

それが爆発すると、私は煙に紛れて左足に杖の先端を突き刺した。


「GYAAAAAAAAAA!!!!!!!」


魔女の膝から赤い血が吹き出す。

生暖かい鮮血をもろに浴びた私は真っ赤に染まった顔を制服で拭った。

血であるというのに、そこからは仄かに甘い香りが漂っている。

どうやらこの魔女は工房も含め全身お菓子でできているみたいだ。


私が一旦魔女から距離を置くと、入れ違いに白百合ちゃんの弓が魔女の膝を穿った。

魔女はすでに立ち上がれないほどのダメージを受けており、左膝をついてその場から動けなくなっていた。


「よーし。私の力も捨てたもんじゃあないね。腐っても五書聖女ってところか。理子! もうこの魔女は死にかけさ。でも、それなりにまだ危ない。どうする?」

「え、どうするって?」

「自分で倒すかどうかって話さ。この魔女を君が倒すべきなのは、私でも流石にわかるよ。もし難しそうなら私が倒す。そのときは私の寿命が伸びることになるけどさ、後で他の魔女を君に譲るよ」


白百合ちゃんは優しい声音でそういった。

彼女のいうことはわかる。

この魔女は魔女の中ではかなり上位の存在だ。

足を奪われたと言っても、私みたいに近接から攻撃をしないといけない人からすれば、間違いなく魔女の攻撃範囲に入ってしまう。死にかけだとしても、十分脅威のある相手と言って差し支えないだろう。


だけど、これは私の戦いだ。

私から家族を引き離した魔女は……私が倒さないといけない。


「……私が倒す! 危ないからってなんだ! 私だって……聖女なんだ。それに回復能力があるから……ちょっとくらい大丈夫! ……絶対大丈夫!」

「やはは、そうだったね。なら任せるよ。存分にやっちゃいな!」


大丈夫と口にすると、なんだか本当に大丈夫な気がしてくる。

昔から大丈夫というのが私の中でどこか口癖になっていた。

全然大丈夫じゃない私の現実だったけど、それでもこれまで生きてこれたのはこの些細な自己暗示のおかげかもしれない。

気持ちが楽になった私は杖をギュッと握って神に祈る。

すると、血で染まった私のオーバーコートと髪の毛は徐々にその色を元に戻していく。

怪我だけじゃない。私の回復の能力は汚れまで払ってくれるようだった。


「いやああああああああ!!!!!!」


声を出し、力を振り絞る。

歩幅を小さくし走る私を魔女は残った右腕で追い払おうとするが、ジャンプしてそれをかわす。


いける! 爆撃はかわすのが精一杯だったけど、単純な物理攻撃なら攻撃を挟む余地がある!


攻撃の回避と同時に右腕に杖を叩き込むと私はその勢いで倒れ込んだ魔女の懐に潜り込む。

そして、尖った柄を魔女の額へと突き刺した。


「KIYAAAAAAAAAA!!!!!」


悲痛な叫びをあげるキャンディーの魔女。

私の攻撃は完全に効いていた。

咆哮で耳をやられそうになるけど、外套についていたフードを被りそれを凌いだ。


「一気にたたみかける……! ここで終わりにするんだから!」


おでこに刺した杖を抜き取り、顎を蹴り上げて加速。

その勢いを使って魔女の腹を斜めに引き裂いた。


まだ無事な右足からステック状の爆弾──さっき私を追い詰めたあの爆弾を出してくるが、今度は発射前に杖の宝石でそれを起爆した。

ドカンと大きな音と風で私は吹き飛ばされるが、外套は想像以上に硬く私の傷は致命傷にはならなかった。

みるみるうちに回復していく私の身体とは反対に、魔女の身体はボロボロになっていく。

勝負はもうついたようなものだと、戦いの素人である私にでもわかった。


「はぁ……はぁ……もう終わりだよ魔女さん。あなたにはもう右手しか残ってない。私はまだ……戦える!」


凄んでそういうと、魔女は怯えたように右手を使って逃げようと必死にもがいていた。

もう完全に戦意喪失といったところだろう。

いざとどめ、というところで私の視界が一瞬揺らいだ。

重い足を前に出すのをやめて、私は目を擦る。

それでもまだ視界がぼやける。

逃れようのない虚脱感。

初めての感覚に私は戸惑いを覚えていた。


「(急に身体が重くなった。もしかして……聖女の力を使いすぎたから……!?)」


思えば少しの傷でも私は聖女の力で回復をしていた。

もっというなら怪我だけでは飽き足らず、服の汚れまで……

確かにこんな人間離れした力が際限なく使えるという方がおかしな話だ。


急に止まった私を見て魔女はニヤリと笑った気がした。

いや、絶対に笑っている。

彼女の頬はこれでもかというほどにつり上がっていた。


「(まずいこのままだと攻撃されても治癒が間に合わない……)」


不安が頭によぎった後、魔女は背中から爆弾を生やし、いまだに動かすことのできる右手を伸ばした。

攻撃されると一瞬身構えたが、狙いが私ではないことに気がついて私の心臓は跳ね上がる。

狙いは……


「白百合ちゃん!」


力一杯叫ぶのと同時に、私の足は動き出していた。

先ほどまで動かなかった足は自然と動き、チョコレートの壁を直角に登った。


「(白百合ちゃんは私がつけてるような外套をつけてない。きっとあれを食らったら……死んじゃう!)」


走りながら杖を力一杯に投げる。

ぐるぐると回った杖は次々にキャンディー爆弾を起爆。

爆発に乗りながら、私はさらに速度を上げて煙から出てきた腕に横から蹴りを入れた。


「(よしっ! ギリギリ間に合っ!?)」


友達を守れたことによる安堵も束の間、私の身体は強い力で締め付けられた。

一瞬何が起きたのか理解できなかったけど、すぐに私が魔女ので掴まれてしまったことを理解した。


今に思えば、魔女の左膝から甘ったるい血液が吹き出したところから何かがおかしかった。

最下層から白百合ちゃんのいる最上階までは少なく見積もっても10メートルはある。

3メートルかそこらの魔女が手を伸ばして彼女に届くわけもないのだ。

つまり……彼女の手や足だったと思っていたものは全て作り物。

私はまんまと踊らされていた。


再構築したお菓子の手足を携えて、魔女はのっそりと立ち上がった。


弓を構える白百合ちゃん。

人質と言わんばかりに、私は魔女に左腕に鷲掴みにされていた。







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