第9話

「アーメン!!!!」


突如現れたペロペロキャンデーの魔女の攻撃で、私は工房の下層へと誘われる。

咄嗟に変身の言葉を口にすると、私の身体は羽をあしらった外套に包まれた。

チョコレートの壁に杖を突き刺して勢いを殺し、私はサッカーコートのように緑の芝──これもお菓子なのだろうけど、が敷き詰められた最下層に着地した。


私が着地したあと、キャンディーの魔女はゆらりゆらりと空中に舞いながらステージに立つ。

落ち着いて見てみるが、やっぱり気味の悪い姿形をしている。

幻想的といえば聞こえはいいかもしれないけど、ピンクだったり紫だったりと、その毒々しい奇抜な色を身にまとう彼女は、私の目からすればあまりに不気味だった。


「これが……魔女。私たち聖女が倒さないといけない……敵」


不敵に笑う奇人はクルリと一回転すると、その勢いのまま手を振って爪を飛ばす。

挨拶がわりのその攻撃を私は何とかかわしたけど、着弾後の爆風によって地面を転がされた。


「すごい威力……葉山さんのより強い!」


橋の下で受けた水のドラゴンを召喚した攻撃を思い出す。

彼女の攻撃は地面を抉るほどの威力があったけど、この魔女の攻撃はそれ以上だ。

まともに受けたらひとたまりもなさそうだ。


私はくるりと踵を返すと逃げ出した。


「お願い神様……!」


祈りを捧げると、私の体について擦り傷はみるみるうちに回復していく。

この外套のおかげもあるのだろうけど、単純に防御力も上がっているみたい。

爆発に巻き込まれて吹き飛ばされたというのに擦り傷で済んでいること──そして、軽い走りで100メートルを余裕で10秒を切るであろう速度を出しているということで、自分が人間離れした身体能力を得ていることを理解した。

今の私はただの人間じゃない……これが聖女の力。


オリンピック選手顔負けのナイスランをみせる私にぴったりとくっつくようにしてキャンディーの魔女は後ろをつける。

何度も引っ掻く攻撃を繰り返すが、私はされるたびにくるくる回ってかわしていった。


「KAYAAAAAAAA!!!!!!!」


異形は突然奇声を発する。

私は声の方に振り向いてみると、魔女は大きく手を広げていた。

大きく開かれた脇腹から、螺旋を描いたスティック状のキャンディーを無数に生やす。


あれは全部……爆弾だ。


身の危険を感じた次の瞬間、彼女の身体からは数多のキャンディーボムが射出された。

速度も早く起動も不規則。

一本二本とかわして、それらが炸裂した際の爆風に吹き飛ばされながらも身を捩って次の攻撃を杖で弾く。


「だめっ……間に合わない!」


魔女の飽和した攻撃によって、ついに私の防御が決壊した。

数十本のキャンディーが襲いかかる中、私は最後の手段で外套で身を包み込む。

聖女のオーバーコートなんだから、きっと防御力だってすごいはずだと私は自分を納得させた。


「ぐっ……きゃああああああああ!!!!」


外套の内部に収まりながら、爆発をもろに受けて私は吹き飛ばされる。

200mはあろうかという距離を数秒かけて移動したあと、私はその勢いのまま工房の茶色い外壁に叩きつけられた。


「ぶはっ……あがっ……」


呼吸ができない。

それに身体の中が痛い。猛烈に痛い。

きっと肺に骨が……


言葉を発せない私は、それでも心の中で神様に救いを求める。

数秒のことだったが、私はその間に何度も祈った。

聖書『ベレシート』は光を放ち、私の身体は徐々に回復していく。

さっきの切り傷くらいであればすぐに回復できた。

だけど私のこの深い傷は回復が遅いみたいだった。


ようやくまともに呼吸ができるようになったのも束の間、魔女はこちらに一切の容赦なく爆撃を繰り返した。


「くっ……全然休ませてくれない……のっ!」


私は壁にそうように逃げる足を早める。

足を回し回し……さらに回し、重力に打ち勝つほどに速度を上げて、私はチョコレートの外壁の垂直に走ってミサイルをかわした。


この工房に横穴がたくさんあった理由が今わかった。

きっと、他の聖女はこの魔女と戦っている。そのとき、私と同じように壁伝いに逃げたに違いない。

魔女のキャンディーボムはチョコレートの壁に抉るようにして穴を開けた。


壁を走った方が上下の回避がしやすいため、できればここで戦いたい──いや逃げていたい。

だけど、壁にも限度はある。

そろそろ壁が一周してしまう。

2周目ともなれば、流石に足場が脆くなっていそうだし、それに穴が空いていて走りにくくなるのは容易に想像できた。


「どうしよう……これ以上どうやって逃げれば……それにあの魔女、攻撃の限界とかないの……っ!?」


相手の攻撃の手が止むことを祈ってはみるものの、対戦相手は神様ではないので私の祈りは一向に通じる気配はなかった。


「もう……逃げきれないっ!」


ドゴンッ!!!!!


私が諦めて不利な地上に降りようとしたその時、魔女の身体が不意に爆発した。


何が起きたのかと周囲を見渡すと、工房の上方──私たちが最初にいた層に1人の少女が立っていた。


「白百合ちゃん!」

「やはは、ぎりぎりセーフかな」


大きな弓を携えた彼女は、白いワンピースを揺らして苦笑いした。

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