第6話

────河川敷


土手の上体育座りをしている私の背中を、向日葵の麦わら帽子をかぶる少女がさする。

少女の手は柔らかく、まるでお母さんのような優しさだった。


「やはは……あんまり気にしない方がいいよ。結局のところ、私たちは人を殺してはいないんだから」

「で、でも……」

「その岩田? って人は最初からこの世にいなかった。君のことを責める人間はこの世にいないよ。もちろん、彼女を殺したことを知っている私も責めない」


必死に彼女は説得するが、私はどうにも罪悪感が拭えなかった。

これじゃあ私は、岩田と同じだ。


「そんなに辛かったら、記憶を消す手段を探してみようか」

「えっ……」

「どうやるのか私は知らないけど、少なくとも私は……聖女になる前の記憶がないんだよね。ついでにいうなら、両親の記憶がスッキリ無くなってるのさ」


ドキッとして少女の方を見る。

見た目に合わないハスキーな声でそう話す彼女はどこか悲しげだった。

たぶん、記憶を消す方法は存在する。

そしてこの子はきっと……両親を殺したんだと思う。


「ど、どうして。親を殺すなんて……」

「やはは、それは私も知らないさ。でも、聖女になった君ならわかるよね。聖女になるような人間がどんな境遇の子なのかさ」


少女は一度言葉を区切ると、私の肩に頭を預けてきた。

ふんわりと優しく甘い香りがした。


「絶望的状況で、神様に強く助けを願う──それが聖書を授かる条件。これは予想だけどね、私は家で虐待でも受けてたんだと思うのさ。お父さん、お母さん両方いなくなってるのを見るに、両親からの虐待だったんだろうね」

「そんな……そんなの悲しすぎる……」

「だから、私は記憶を消したんだと思う。……方法は忘れちゃったけどね、やはは」


少女は顔を上げずにそう言った。

どんな顔をしているのか、私にはそれを確認する勇気がなかった。


しばらく沈黙が続く。

彼女が話を続けなかったというのもあるけど、私は記憶をどうするかについて考えていた。

きっと、記憶を消した方が私は幸せに生きれると思う。

だけど……


私はギュッと制服の袖を握ると、沈黙を破った。


「……記憶は、そのままにしておきます」

「いいの?」

「はい。大丈夫……です。どんな理由があれ、私は人を殺した。それを忘れてしまったら、私をいじめてた子たちと同じになっちゃう」


きっとあのまま時が進んだとして、岩田は卒業後私のことを覚えてすらいないと思う。

私とは一切関係のない人生を送って、きっと幸せに人生を謳歌する。いじめっ子はいじめた子のことなんて微塵も思い入れがないものだと、私は思う。


「私は、あいつらたちとは違う。自分のしたことに、向き合って生きて……いきます」

「……やはは、君は強いね。私なんかより全然、聖女らしいよ」


彼女は苦笑いを浮かべると、立ち上がる。

そして、私に手を差し伸べ向日葵をあしらった麦わら帽子を脱いだ。

月光に反射して、彼女のワンピースが輝く。


「私は九重白百合ここのえさゆり。『ベミドバル』の聖女。そして、今日から君のお友達さ」


友達という言葉に、私の心臓が跳ね上がる。

これまで友達と呼べるような人に巡り会うことのなかった私にとって、それは最も求めていたものだった。

私はその手を取り立ち上がる。


「わ、私は立花理子たちばなりこ。た、たぶん『ベレシート』の聖女……です。よろしくお願いします……!」


両手で聖書を抱えてそう答える。

まだ聖女についてわからないことだらけだ。

だけど子のことなら、きっと大丈夫。

月夜の元、私たちは長く続く河川敷を歩き出した。

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