第2話
────学校 女子トイレ
上空から降り注ぐ水に、私の体はずぶ濡れになる。
食べようとしていた焼きそばパンが被害にあってしまったが、それでも顔を上げない。
あげたところで、何も変わらない。
扉の外から響く笑い声に、私は震えていた。
世の中は理不尽にまみれている。
そのことに気づいたのは小学生の頃だったと思う。
同じことをしても、人によって褒められたり、褒められなかったりする。
同じことをしても、人によって非難されたり、非難されなかったりする。
私はどちらも後者。私は良い子だった。
良い子は学校では空気のような存在だ。
何をするにしても、大抵いいように解釈されて大きな反応はもらえない。
それは先生からも、親からも。
だから辛い。
私は学校で受けている酷い扱いを相談してもまともに取り合ってくれないのだから。
「助けて……神様……」
私はトイレの個室で1人、神にすがっていた。
*
────学校 屋上
「うえっ……」
「うわっ、きもっ! おい立花吐くなって」
「キャハハ! あー何やってるのー。屋上汚しちゃダメじゃーん」
口の中に入れられた蟻を吐き出した後、私は腹部を蹴られそのまま昼食を戻す。
酸っぱい味が口の中に広がり、気持ち悪くてさらに吐いた。
最近放課後はずっとこうだった。
中学の頃もいじめられてはいた。でも、ここまで露骨に暴力が振われるのは初めてのことだった。
「そんじゃ、ウチら教室もどっから。ちゃんと片付けとけよ」
いじめの主犯格である岩田を先頭に、3人の女たちが屋上を去る。
残された私は、1人虚しく後片付け。
「……帰ろ」
かろうじて無事な教科書たちが入ったスクールバッグを肩にかけて私は帰路についた。
*
────立花理子の家 リビング
「……ご馳走様」
「こら陸! ご飯中くらいスマホいじるのやめなさい」
「うっせえな! みんなスマホしながらご飯くらい食べてんだよ!」
「みんなって誰のことを言ってるの! あんたはまだ子供だからわからないでしょうがね……」
「あーうざ。部屋で食べるわ」
「待ちなさい陸!」
家では弟の陸が絶賛反抗期中。
お父さんが死んでからというもの、弟の反抗期は加速していた。
お母さんは目の上のたんこぶである弟が第一優先で、私は最近お母さんと話していなかった。
でも仕方ない。こんな時間はすぐに終わる。きっと、いじめだってそうだ。
耐えていれば、いずれ飽きられる。
そんなことを思いながら、もう4年が経とうとしていた。
夕食を食べ終わり、皿を流し台に戻す。
お皿を水に浸すと、私はそのままお風呂に向かった。
服を脱ぎ鏡の前に立つ。
最近蹴ったり殴られたりしてるから、身体のあちこちが痛いし、赤くなっていた。
ここまでされているというのに、致命的な傷は私の身体にはついていない。
根性焼きの一つや二つあれば、もしかしたら先生も私の言葉を間に受けてくれるかもしれないのに。
シャワーを浴びたあと、湯船に浸かると私は1人ため息をついた。
*
────河川敷 橋の上
次の日の放課後。
いつもの屋上での軽いいじりが終わったあと、私は生命の危機に晒されていた。
夕日に照らされた通学路にある橋の上で私は両足をガムテープで縛られ私は一歩も動けずにいた。
「やめて! これはだめ!」
「そんなに嫌がらなくたっていいじゃん。全然安全。ほら落ちたって死なないって」
「それに大丈夫だったらウチらも後から飛ぶって言ってんじゃん。必死でウケるんですけど」
「そんなこと言って、私だけ……」
「はいはい、うっさいから口も塞ぐわ」
いつも岩田の後ろにくっついてる名前の知らない隣のクラスの子が、ガムテープで私の口を塞いだ。
今日はテレビで観たとかなんかで、岩田がバンジージャンプをしたいと言い出したのだ。
私は泳げないわけじゃない。でも足を縛られたら絶対に死んでしまう。
必死に抵抗はしてみるものの、3人相手では力で敵うはずもなかった。
私の身体はなす術なく縛られ、そのまま足に縄跳びを何本か縛って繋げた簡易的な縄をくっつけた。こんな縄じゃ飛び降り自殺と同じだ。
「んんんんんんんっ! んんんんー!」
「ウケる。何言ってんのかわかんないんすけど」
「岩田っち、準備できたよー。完璧。完全安全」
安全なわけあるか! こんなの絶対失敗する!
これから死んでしまうかもしれないという状況に私の胸の鼓動が収まらない。
耐えていればいつか終わるんじゃなかったのか。
絶望的な状況で涙目になる中、私は視界の隅に何者かが映っていることに気がついた。
その人は急いでこちらに向かってきた。
「おいお前ら何やってんだ! って岩田!? それに……立花さん?」
ガムテープで顔が半分隠れてしまっていたが、なんとか私だと認識してくれた。
私は必死に首を縦に振る。
顔は見たことある。たまたま通りかかった名前の知らないクラスメート。
その男子はまともな人だったみたいで、私の置かれている状況を見るとすぐにスマホで写真を撮った。
この人、ちゃんとしてる。証拠を押さえてくれた。
男子が来てくれたということもあって、私はすごく安心してしまっていた。
しかし、その安堵はすぐに終わる。
助けに来てくれた男子が、急に糸が切れたように倒れ込んだ。
彼が倒れたあと、大きな岩を持った岩田の子分2が肩で息をしながら現れる。
彼女の持っていた凶器には、赤い血がついていた。
「岩田っち……どうしよう。ウチやっちゃったっしょ」
「…………いい。どっちみちやるしかなかったじゃん」
「……立花は?」
「見られちゃったし、まあ仕方ない。遊び相手がいなくなんのは癪だけどさ」
そう言って、岩田はため息をついた。
岩田は何も感じない冷ややかな目を私に向けていた。
これは私のことを可哀想だなんて思っている目じゃない。
彼女は本当に私のことなんてなんとも思っていなかった。
「りみ、頭側持って」
「うっす」
りみと呼ばれた隣のクラスの女の子は私の肩をガッチリと掴んだ。
こいつら……私をこのまま橋から落とすつもりだ。
「んんんんんんんんっ!!!!!!!!」
身体をしならせて抵抗する私。
手足は縛られているけど、動こうとすればそれなりに動ける。
どうにか持ち上げられないように哀れな抵抗を続けていると、岩田が私の足を蹴り上げた。
痛い。痛いけど、ここで抵抗しないと……
「うざ。さっさと落ちろよ。りみ、先に足やるわ」
「岩田っち……流石にそれは……」
「どうせ殺すなら一緒でしょ」
岩田は血のついた岩を拾い上げる。
やはり彼女はなんとも思っていない。
私のことなんて一歳眼中にない。
これから起きることを容易に想像できてしまったので私はさらに足の動きを強める。
そんなものお構いなしで、岩田は手に持った大きな岩で私の膝を砕いた。
「んんんんんんんんんんんんんんっ!!!!!!!!!!!」
人生で最も大きな激痛が走る。
これまでいじめで精神的な苦痛はたくさん感じてきた。
高校に入ってからは殴られたり蹴られたり、肉体的な苦痛も感じてきた。
だけどこれはもうそんなの比較にならないくらいの激痛だった。
痛すぎて身体を動かすことができなくなった私を見て、やはり岩田は虫でも見るような冷ややかな目を向けていた。
どうして……どうして私ばっかりこんな目に合わないといけないんだ。
私は自分が鈍くさいのを知っている、他人よりちょっと劣っているのを知っている。
勉強だってあんまりできないしスポーツだってそう。
だからって……だからって……こんなのあんまりだよ……
神様……どうして私は昔からこんな目に合わないといけないの……
助けて……助けてよ……
今だけは信じるから……私を助けて……神様……!
頼れるものが何も無くなった私は神に縋る。
都合のいい話だってことはわかっている。
だけど……だけど……
私は2人に身体を持ち上げられながらも、藁にもすがる思いでいるかもわからない神に祈りを捧げた。
橋から落とされようとしたとの時だった。
私の身体が──違う頭上から光が差した。
「うわっ! なにこれ」
「なんだこれ……本?」
岩田たちは驚いた様子で、私の身体から手を離す。
光の正体は──本だった。
大きさはノートよりちょっと大きく……人差し指の長さくらい厚い。
古臭い外装のその本は、ゆっくりと胸の上に降り立った。
近くで見るとその本が異様なものであることがはっきりとわかった。
紙が日焼けで黄色く変色しているというのに、本の角が潰れたりかけたりはしていない。
そして、鼻をツンと突く──血の匂いが本からは発せられていた。
古い本が私の胸に触れた瞬間、私の身体は白い光で覆われた。
あまりの眩しさに目をギュッと閉じる。
光が落ち着いた後、目を開けてみると膝の痛みが消えていることに気がついた。
岩で粉々になったはずの膝はどういうわけかすっかり元通り。
そして、ガムテープで縛られていた両手両足もいつの間にか自由になっていた。
「立花、お前なにして……」
岩田が目を丸くしながら私に……本に手を伸ばす。
私は反射的に古書を両手で抱き寄せ、後退りした。
何故そうしたのかは分からない。
だけど、そうしないといけない気がした。
「なんだよそれ……なんなんだよ! よこせ! 立花!」
「やめて……来ないで……!」
一歩、二歩と詰め寄る岩田たちから後ろ向きで逃げた。
すごく怖い。だけど、なんでだろう。
この本が私のことを助けてくれる、そんな気がしてならなかった。
「きゃっ!」
後ろ向きで歩くことに慣れてなかった私はなんにもない場所で転んでしまう。
すぐに私は3人に囲まれる。絶体絶命だった。
「立花、ウチら友達っしょ?」
「……えっ?」
「男殺したのバレたらウチらお終いなんだよ」
「な、何を……」
「友達が困ってんだよ! 黙って死ねよ!」
岩田が語気を荒くしてそう言った後、背後から飛び出して来た2人が私の足を掴んだ。
彼女の手には血のついた大きな岩、そして私の手には古書。
力の差は歴然だった。
それでも……
「……いや…………もうやめて……いやあああああああ!!!!!!」
こんな絶望の日常から抜け出したい!
力一杯振り落とされた一撃に、私は古書をぶつけた。
衝突した瞬間に、彼女の持っていた岩が粉砕される。
そして、その勢いのまま彼女の身体は遠くへ吹き飛ばされた。
「……はぁ……はぁ……な……何が起きて……」
反射的に本を見る。
岩とぶつかったというのに、本には一切の傷がついていない。
すごく硬い本だった。
「岩田っち!? て、てめぇウチのダチに何してくれてるっしょ!!!!!」
「いやあああああ!!!!」
足を持っていたお付きの2人が激昂し、私に襲いかかる。
私は地面に腰をつけながら、再び古書を両手で持って力の限り振り回した。
目を閉じながらだったから分からないけど、必死でブンブンとしていると、途中ゴツンという音がして私は目を開ける。
時刻は夕方のまま、オレンジ色の橋の上。
倒れ込む3人の女と1人の男子、そして腰を抜かす私。
ゆっくりと腰を上げて立ち上がる。
「……この本……一体何なの……? 私が……岩田たちを倒せちゃった」
考えても、考えても分からない。
でも、この本が私を助けてくれたのは間違いなかった。
いつの間にか足の怪我も治ったし……
「あっ! もしかしてこの本があれば……あの人も助けられるかも」
橋の上で血を流して倒れている男子に私は駆け寄った。
後頭部から血が出ている。
息は……まだかろうじてしているようだった。
岩田たちは死んだと勘違いしてたみたいだけど……これならもしかしたら……!
「大丈夫……絶対大丈夫だから……お願いします……神様……!」
私は自然と神に祈りを捧げていた。
膝が治った時もそうだったんだ。
きっとこうすれば……!
必死に祈りを捧げていると、男子の身体がぼんやりと光り始める。
そして、気がつけば後頭部についた血が消えていた。
「んんっ……いてて……岩田何すんだよ……」
頭を押さえながら男子が起き上がる。
「だっ……大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。大丈夫。それより岩田たちは?」
「えっと……」
私は微妙な面持ちで答える。
「たぶん、私がやったんだと思う」
「たぶんってなんだよ、たぶんって」
「……この本で殴ったら気絶しちゃって。でも私必死だったから……」
「そ、そうか。それより立花さん早く逃げよう」
そう言って彼は私の手を引いた。
川の近くに停めてあった自転車のところまで来ると、彼は2人のカバンを前の籠に入れた。
「立花さん、後ろ乗っていきなよ。このまま歩いて帰って、岩田たちに追いつかれたらまずい」
「で、でも2人乗りは……」
「全責任は俺が取る。今は逃げないと」
「……ありがとう」
私が頷くと、彼はニカっと歯を見せて笑った。きっと私が心配しないようにしてくれたんだと思う。
名前の分からないクラスメート──単に私が覚えようとしないから覚えていないのだけど、向こうは私の名前を覚えていてくれた。
なんだかこう……なんというか……ちょっと運命的なものを感じずにはいられなかった。
回りくどく言わなければ、ちょっと好きになってしまっていたのだ。
自転車の後ろに腰を掛け、彼の腰に手を回した。
初対面の相手にそうされたというのに、彼は嫌がる様子もなく、私を許してくれた。
「あの……その……」
「何?」
「名前……聞いてもいい?」
「え、同じクラスなんだけど」
「その……ほとんど話す相手がいなくて……」
「あっ……まあ、確かにいつも静かな子だなって思ってたけどまさかそこまでだったとはね。俺は伊藤拓実」
「わ、私は立花理子……です。よろしく……お願いします」
ぎこちなく私はお辞儀をする。
伊藤くんは前を向いているからそんなの見てるわけないのに、自然とそうしてしまっていた。
赤くなった顔を隠すように、私は頬を彼の背中に寄せた。
*
────立花理子の家 玄関
「陸! 先生から聞いたわよ! あんたまた授業サボったみたいじゃない!」
「あーもう、うっせえな! 勉強なんて何の意味もねえんだよ!」
「ただいま」
家に帰ると、いつものようにお母さんと弟が喧嘩していた。
授業中はひどい嫌がらせができないから、あったほうがいいと思う。
存在感を消したままの私は、そのまま2階の自室に向かう。
いつもであれば暗い気持ちで登る階段も、今日はなんだかスキップしてしまいそうだった。
「伊藤くん……すごく良い人だった。明日から……私の人生が変わるかも」
橋の上での出来事を思い出しながら、私は顔を赤くする。
もしかしたら、もしかしたら……恋に発展してしまうかも。
それは大変だ。大いに大変だ。違和感のある言い回しだけどとにかく大変だ。
私は生まれてこの方オシャレなんてしたことない。
デートの時には何を着ていけば良いのだろう。いっそのこと伊藤くんに好みの服装を聞いて……
あれやこれやと浮かび上がる妄想と戦いながら自室のベッドに飛び込む。
枕をぎゅーっと抱きしめると、なんだか暖かい気持ちになった。
「そういえば、あの本……持ち帰ったっけ……」
伊藤くんとの出会いに隠れてしまっているけど、例の古びた本はなんだったんだろうか。
私の持ち物ではないのは確かなんただけど……
スクールバッグの中を覗くと、例の古書は確かに存在感を放っていた。
「表紙に何か書かれているみたい。ええっと……これ何語だろう。英語……ではないよね。全然読めない……」
古書の表紙には知らない言語で文字が書かれていた。
筆記体なのかなとも思ったけど、それとも違う。
本当に何て書いて……
「えっ……ちょっと待って。読める。なんの言語かさっぱりなのに……私、読める。ええっと……『ベレシート』……うん、この本の表紙にはそう書かれてる……気がする」
古書をじっと見つめていると、どういうわけか私はその本に書かれていることが理解できてしまった。
「ど、どういうことなの? 私こんな言語知らないのに……」
混乱する頭のまま、私は恐る恐るページの側面に指を当てる。
そして、硬い──岩田たちを殴って気絶させるくらい硬いその表紙をめくった。
表紙を捲ると、鼻をツンと突く臭いが強くなる。
そしてそれが血の臭いであることを、はっきりと理解してしまった。
「うわっ……これ全部血……? 血で文字が書かれてる。すごく……怨念じみてる」
そのままパラパラとページを捲ってみるが、書かれた文字は全て真っ赤だった。
さっきまで生きていた人間の血と言われても疑いを持てないほど、鮮やかな赤色をしていた。
最初のページに戻る。
表紙と同じように、文字は読めないけど、なんて書いてあるか意味は理解できてしまった。
「『はじめに神は天と地を創造された。地は形なく、虚しく、闇が淵の面にあり、神の霊が水の面を覆っていた』……ど、どういうこと? なんだかすごく怪しい宗教の香りがする」
神が天と地を創造しただなんて、まるっきり宗教のようだ。
どうやら私はちょっと怪しい感じの本を手に入れてしまったらしい。
とはいえ、この本は私を助けてくれたわけだし……手放すに手放せない。
「理子、ごはんよー」
古書の処遇を考えていたところで、お母さんが私を呼ぶ。
随分長い間考え込んでしまったらしい。
私は制服をハンガーにかけ部屋着に着替えた後、リビングまで降りた。
*
────学校 教室
次の日、私はコソコソとしながら教室に入った。
教室中央の1番後ろの自分の席に腰掛けると、私はカバンを膝の上に置いた後、机に突っ伏した。
ひっそりとそんなことをしていると、私の肩が優しく叩かれる。
反射的に私はギュッと身体を固めた。
家に帰ってからはスッキリした気分になっていたけど、よくよく思い返せばとんでもないことをしてしまった。
きっと今日の岩田はかなり機嫌が悪い。
伊藤くんが昨日のことを先生に報告して、どうにか状況が改善されるまで……私はじっと自分の世界に閉じこもるしかない。
「立花さん」
「えっ」
肩を叩く人の声を聞き、私は飛び起きた。
私を呼んでいたのはいじめっ子の岩田じゃない。
昨日助けてくれた伊藤くんだった。
彼は昨日見せてくれた爽やかな笑顔……は浮かべていなくて、代わりに真剣な面持ちだった。
「立花さん、放課後話いいかな」
「えっ、あっ……うん」
「それじゃあ、放課後屋上で」
伊藤くんはそれだけいうと、自分の席へと戻っていってしまった。
放課後の屋上で行われるイベントなんて二つしかない。
リンチか告白の2択だ。
だから……これはきっと……
「(そ、そんな……大胆すぎるよ伊藤くん! まだ岩田のことも解決していないのに)」
頭の中をピンク色で染めていると1時間目の先生が教室に入ってくる。
先生は軽く出席確認をした後、授業を始めた。
教室を見回してみると、岩田は今日は学校に来ていないようだった。
来てるけど保健室で寝ているということが結構あるので、授業をサボっているだけかもしれないけど、私にとってそれは好都合だった。
今はなんとしても岩田から逃げ切りたかった。
深呼吸して授業に集中しようと思ったが、結局伊藤くんのことが気になりすぎて全く身に付かなかった。
*
────学校 屋上
授業が終わって身支度をした後、私は約束通り屋上にやってきた。
伊藤くんよりも先に到着するのは如何なものかと思った私は一旦トイレに閉じこもってから屋上に向かったため、時間調整は完璧だった。今の私は恋愛上級者なのだ。
いまだに爽やかな青空が広がる屋上には、伊藤くんが立っていた。
彼の顔を見て、私はゴクリと唾を飲んだ。
「(き、緊張する……! こんなの初めてだよ……)」
どういうテンションで挑めば良いのかわからなくなった私は、手と足を一緒に出しながら彼に歩み寄る。
恥ずかしくて彼の顔を直視できなかった。
「立花さん、来てくれてありがとう」
「う、ううん……私こそ……待たせちゃってごめんなさい」
私は俯いたままそう返した。
顔から火が出そうだ。
鏡でみれば耳まで真っ赤に違いない。
「立花さんを呼んだ理由は、きっと君が1番よくわかってると思う」
「えっ、それは……まあ……」
「ねえ、立花さん」
伊藤くんは言葉を区切る。
彼も緊張しているのかな。
ゆっくりと顔を上げると、彼と目が合った。
そして……彼の表情が想定していたものではなかったことに、私は驚きを隠せなかった。
「どうして昨日、俺の頭を殴ったの?」
私の思考はそこで止まる。
そして同時に、私の初恋は儚く幕を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます