異端裁きの五書聖女(ペンタチューク)

長雪ぺちか

第1話

 歴史を感じる城の中というのが視覚情報による一般的な解釈だろう。

 しかしながら,ここは城ではない。

 かといって何処かといわれればそれは簡単に答えることはできないであろう。


 ここはこの世に存在しない場所。

 現実の世界から切り離された異空間とでもいうべきだろうか。


 ここは魔女の工房。

 この世に生まれてしまった魔女という災厄が生み出す特殊な空間だった。


 一見すると城の中であるような空間では今、2人の煌びやかな少女と、無数の恐るべき魔女たちが対峙していた。

 魔女たちは百合を散りばめた黒いドレスを身に纏い、大きなカクテルハットで目元を覆って不敵な笑みを浮かべていた。


「テレシア! 左から15番目!」

「もっとわかりやすくお願いします、お嬢様!」


 輝く長い蒼い髪を携えた少女は文句を言いながらも槍を振り回し、数十の魔女たちを一掃する。

 数にものをいわせる魔女は反撃を企てるが、少女が一言『の地へ』と告げたその瞬間、その身は瞬時にもう片方の少女の元へと帰還した。

 もう片方の少女──絹のように美しい白髪を伸ばした絶世の美少女が、テレシアと呼ばれた少女を気遣う。


「テレシア、無茶は禁物よ。あなたの聖書なら多少は大丈夫でしょうけど」

「お嬢様、何を甘ったれたことをおっしゃってるのですか。討伐は目前です。敵は弱い。先に倒した暴食以下です」

「そうね。数が面倒なだけで、倒せなくないわ。それに、私と相性が最悪よ」


 白髪の美少女は笑みを浮かべると、目配せする。

 言葉にされずとも己がすべきことを悟った従者は再び長い槍を振り回し、魔女の群れへと突撃した。

 残像が残るほどの速度で槍を振るう彼女は次々に魔女の身をドレスごと引き裂いていく。

 分断された魔女たちは血を吹き上げることもなく、すぐさま黒い塵となり霧散する。

 彼女たちは──否、彼女は虚構の魔女。

 自らの虚構でその身を守る、この世で最も恐れられる10人の魔女の内の1人だった。


「いいわよテレシア。最高よテレシア。貴方となら私は……!」


 白髪の美少女──ヴィクトリア・フローレスは身長ほどに大きな弓を構える。

 力の高まりによって外套がバサバサと音を立ててたなびいていた。


 十戒を破りし魔女たちが世界を脅かすようになってから数百年の歳月が経った。

 これまで彼女たちの犠牲になった者たちの数は数え切れない。

 そして、その悪しき魔女たちに初めて勝利した者こそ……その名に勝利を冠する少女だった。


 少女は一言『何処いずこへ』と告げると、面前に広がる虚構を看破した。

 未だ魔女の分身は存在しているが、ヴィクトリアの目には虚構に隠された真実が映っているのである。


「貫けええええええ!!!!」


 ヴィクトリアから放たれた豪弓は糸を縫うように分身をすり抜け、ある一点へと向かう。

 必中必殺の彼女の一撃が、ついに魔女を捕らえた。


 弓で射られた魔女は右半身が破裂し、吹き飛ばされる。

 その瞬間広がり続けていた分身体が一斉に黒い塵へと変化した。

 勝敗が決したのである。


 テレシアは勝敗を決める一撃を放ったヴィクトリアに寄り添い、その肩を持った。

 たった一射であったが、彼女にとって必殺の一撃は体力を削られる代物だった。

 方で息をするヴィクトリアの汗を、テレシアは拭った。


「お嬢様、ご無事ですか」

「ええ、大丈夫よ。少し疲れただけ」


 元気と言わんばかりに少女は笑顔を作って見せた。

 テレシアにとっては日常茶飯事であるが、心配なものは心配である。

 ため息を吐くと、青髪の少女は踵を返す。

 城の天井から埃が落ちてくるのを彼女は見逃さなかった。


「早くここを出ましょう。工房の崩壊が始まっています」

「そうね、テレシア。早く帰ってお風呂にしたいわ。それに、お花に水をあげないとだもの」

「それは私の仕事ですね」

「じゃあ私は水をあげる貴方を観察する仕事があるわ」

「では、お嬢様の減らず口を塞ぐために何かお菓子を焼かねばなりません」

「やった! 大好きよテレシア」


 崩壊する古城の大きな扉に青髪の少女が手をかける。


 元々存在感が希釈な相手ではあった。

 常人であれば彼女の存在に気づくことすら難しい。

 しかし、特別な力を授かった純白の少女──ヴィクトリア・フローレスだけは違う。


 向けられる殺気により加速する思考で、彼女は大切な人を守るためにするべきことを見つけ出した。

 ヴィクトリアは従者ごと扉を蹴飛ばし、無理やり彼女を工房の外へと弾き出す。


「えっ?」


 テレシアは突然のことに驚きを隠せない。

 呟きながら振り返ると、そこには先ほど倒したはずの魔女たちが──何十何百と束になって、今まさに主人に襲いかかろうという瞬間だった。

 魔女は確実に殺したはずである。半身を破裂させたというのに、虚構の魔女は死してなお怪しげに口元を緩ませていた。


 現世へと吸い込まれる中、彼女はヴィクトリアへと手を伸ばす。

 ヴィクトリアは諦めた様子で、笑顔を向けながら何かを口にしているようだったが、テレシアの耳にはもう工房からの音は聞こえなかった。


 入り口だった雪原の真ん中に投げ出されたテレシアは死に物狂いで扉を探す。

 しかし、それがもうないことを聖女である彼女自身1番よくわかっていた。


「お嬢様ああああああ!!!!!!!!」


 涙が凍るほどの寒さの中、少女は1人虚空に吠えた。

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