ゲートウェイ・グリーン 4
同時刻。小惑星帯の片隅の座標に、オーソドックスな葉巻型
その底面後部に、グローブボックス型キャビネットやオートクレープ、フィルター空気
真っ白な空間内では防護服を着た男女数名が、キャビネット内で黙々と各種実験を行っていた。
「どう? 使えるレベルになっているかしら?」
実験室の様子が見える、マジックミラー張りの管理室へ、防護服を着ていないカツウラが入ってきて、液晶モニターの前に居る中年に差し掛かった男へ訊ねる。
「うんママ。見てよこれ」
カツウラをママと呼んだ男は、遺伝子シーケンサーにかけた、とあるウィルスに感染したヒト細胞の検査結果をカツウラへ見せ、
「上手く書き換えが進んでいるようね。よくやっているじゃない」
「やったあ!」
「ママのくれた機械のおかげだよ!」
彼女にそう褒められると、拳を突き上げて年齢にそぐわない無邪気な様子で喜ぶ。
実験室の中にいる者に、男がその事を伝えると、実験の手を止めてハイタッチしたり抱き合ったりして喜ぶ、と、やっている事に対してあまりに危機感の薄い行動をとった。
そんな彼らの管理室から見て左側の壁面に、上面がガラスのドームになっているカプセル型の装置が置かれている。
中には、何故か全身が植物のように緑色で、痩せぎすの中年男性が入っていて、外に出ようともがき苦しみ、ガラスを引っ掻いている格好のまま動かなくなっていた。
彼の強烈な苦悶と嘆きと絶望がこびり付いた表情を、その場にいる者達は誰1人として気に留めてもいなかった。
*
「うむ、連絡が来たでござるな」
「お、どう考えてもうさんくせぇのに食いついたか」
ソウルジャズ号がワープゲートを通り、火星宙域に到着したところで『青髪の堕天使』から、バンジの提案に乗る返事が返ってきた。
「それほど彼らも困っているんでござろう。宇宙海賊の名誉にかけて、報復は完遂されなければならないでござるし」
その返事にはバンジの提案通りに内容への契約書がついていて、すでに海賊団長の生体認証つきサインが入っていた。
さらにもう1つ短文が付いていて、こちらは文字が1つも正常に表示されておらず、ブロックノイズの様に文字化けしていた。
「なんだこりゃ。データが破損してんのか?」
「これはブロック暗号化文字でござるな。解読ソフトにかけるとこの通り」
「あー、艦船用通信装置の番号か」
バンジはあちこちの回線を経由して、発信場所を特定できなくした通信を『青髪の堕天使』旗艦の番号へかける。
「よう。あんたがドロシー団長だな?」
「やあ。そういうお前さんがクローかい。ワシの事はドーラでいい。――ほー、なかなかに
カメラの向こうでドーラと名乗ったのは、かなりガタイと
「嬢ちゃん、っていう年じゃオレぁねぇけどな」
「ワシみたいなクソババアから見れば、お前さんも嬢ちゃんだ」
下に出る訳でも無く対等なザクロの物言いに、朗らかだが凄みのある笑みを見せるドーラは、葉巻の煙を吸って口から煙を吐き出す。
「そんじゃゴタクは抜きにして――よし、確かにサイン貰ったよ。どうもね」
「おう。そんで、サインしてから言うのもなんだが、マジでオレらみてぇな『ロウニン』に頼っていいのか。ドーラさんよ」
「構わんよ。密輸は止めとけつっても聞かず、挙げ句コロッと逝かされるような、品もありゃしないどら息子ではあったがね」
ドーラは目を細めて、息子・ダニエルズについて語り、呆れたため息を吐いた老婆は、
「ワシが腹を痛めて産んだ子だ。その弔いになるなら、ワシャ何だってやるさね」
一転、ドスの利いた底冷えがする様な物言いをして、派手な指輪をいくつかはめた拳を握りしめた。
「じゃ、くれぐれもお互い赤の他人っていう体で頼む」
「おう。気張んな」
射殺す様な険しい表情をガラリと元の笑みに戻して、サムズアップをしたドーラはそう言って通話を切った。
「なんつうかアレだな。あのばーさん、木星圏屈指の荒くれ者共をまとめてるだけはあんな。敵にゃ回したくねぇもんだ」
深々と息を吐いたザクロは、背もたれに深く座って額に浮かんだ冷や汗を拭った。
「それが
「よくそんなおっそろしいのと付き合ってんな。お前」
「あの御仁、有能な人材であるならばそうでもないでござるよ」
「しれっと自画自賛してやがる」
「はっはっは」
ニヤリとからかう様に肘で小突く動きをするザクロへ、バンジは胸を大きく張って高笑いを繰り出した。
ややあって。
ソウルジャズ号のサブエンジン用燃料補充のため、火星時間で日没間近のため、
「ん? こりゃあ、……広域宇宙警察の番号だな」
「アキラ殿でござろうか」
「さあな」
ニュートウキョウ国へとの分岐を通過した辺りで、艦載通信端末へ広域宇宙警察本部からの電話がかかってきた。
「もしもし?」
「やあクロー。オカジマだが、今誰がそこにいる?」
その相手はバンジが思った通り、広域宇宙警察本部長のアキラ・オカジマで、少し声のトーンを抑えてザクロへ訊く。
「クルーしかいねぇが、どうした?」
「ちょいと情報提供を頼みたくてな。ざっくり言うと、人間を植物に作り替えるウィルス兵器について、何か聞いたこと無いか?」
「ああ? なんだそりゃ。いや、知らねぇな」
「拙者も特には」
アキラはかなり困惑気味に訊いたが、ザクロもバンジも、悪い冗談でも聞かされているのか、といった怪訝そうな表情を見せて否定する。
「そうか、それならいい。手間かけさせてスマン」
「大したもんじゃねぇよ。まあどっかで聞いたら連絡すっけど、番号これでいいか?」
「うん。俺の名前出せば繋げる様にしておくよ」
かなり急いでいる事が、汗だくの顔から分かるアキラは、かなり早口でそう言うと通話を切った。
「……そんな魔法みてぇなことできんのか?」
「まあ理論上はそうでござろう。とはいえ拙者、そちらは専門外でござるからな」
「――とはいっても、活性酸素を植物並に分解できなければ、光合成システムが稼働したら死んじゃうだろうけれどね」
「おう、ミヤ。もう大丈夫か?」
「ああ。おかげさまでね」
ザクロの問いに、バンジは私見は出すがはっきりした事が分からない中、艦橋へと上がってきたミヤコがさらっと解説しながら、いつもの艦橋左側の段差に腰掛けた。
「あと、仮にその問題が解決したところで、効率の問題で人体の表面積じゃあ全然足りないから、生命活動はまかなえないはずだよ」
「ふーん。ちなみにどんだけあればいいんだ?」
「2千キロカロリー計算だと、直径6メートル、あるいは5メートル四方の葉っぱを足さないといけないかな? 絵にするとこう」
「かっ、完全に妖怪じゃねーか……」
「ひっ、非現実的でござるな……」
追加でそう解説しつつ、ミヤコは簡略化された人体の頭部に、葉っぱが生えた絵を思考操作で描いて見せ、ザクロとバンジの腹筋に笑いを直撃させた。
「はわ……、なんだか楽しそうですね」
「ヨルも見るかい?」
「はい? ……ッ!?」
クツクツと笑っている2人を見て首を傾げている、艦橋に上がってきたヨルは、ミヤコから件の絵を見せられて見事に撃沈し、笑いすぎてむせてしまった。
「い、いろいろ支障が出るからその絵しまってくれ……」
「うん」
見る度に笑いが止まらないザクロは、手で払う動きをして絵をしまわせた。
「――それにしても、ウィルスを使って遺伝子の書き換えか……」
3人を笑いの渦に放り込んでにこやかにしていたミヤコだが、ふとそうつぶやいて腕を組み、少し憂いげな眼差しを見せる。
「ばあちゃんが開発でもしてたのか?」
「ああ。圧縮恒星線疾患とか先天性遺伝子疾患の治療のためにね。ユミさんに悪用されたら危ないだろう、と言われて権利フリーにはしていないとは聞いているよ」
「流出して悪用されている可能性がある訳でござるな」
「うーん、存在を知っているのもクサカベ社ぐらいだから、信じたくはないけれど……」
まあ、今気にすることじゃあないね、と、ミヤコは少し無理に笑ってそう言い、グリーンメサイア号捜索に自身も加わった。
「……。――おい、あれってデコイとかじゃねぇよな?」
圧縮恒星線疾患と聞いて、少し
「信号偽装はしているけれど、間違いなく本物だね」
ミヤコはその一瞬の内に、艦から発信されている位置情報を解析して目を丸くしているザクロへ見せた。
「あ、第3市方向に航路変更しましたね」
「そこでアイツらが標的にしそうなもんってぇと……」
「ノブモト社の展示場に、蒸気機関の大型模型があるね」
「やべぇじゃねぇか!」
ノブモトと聞いて目の色を変えたザクロは、大至急親会社の社長のモネへ連絡を入れた。
――――――――――
参考文献
株式会社 島津理化『新型コロナウイルス等感染症に対する取り組み』https://www.shimadzu-rika.co.jp/solution/research/infection_control.html
東京工科大学 工学部応用化学科BLOG 『人間が直接光合成ができるとしたら(江頭教授)』
http://blog.ac.eng.teu.ac.jp/blog/2017/03/post-00eb.html
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