ゲートウェイ・グリーン 5

 ややあって。


「ママッ! 蒸気機関が無くなってるよ!」

「内燃機関も丸ごとないっ!」


 営業終了間際の展示場内へ侵入したカツウラ一味20名ほどは、エレベーター扉が開いて飛び込んできた、もぬけの空になっている前世紀技術展示エリアの姿を目にしてうろたえる。


「あら。進歩的で良い事じゃない。はいっ、拍手っ!」


 大わらわであちこちを探し回る部下をよそに、カツウラ本人は非常に余裕のある態度で、年齢の割にハリが乏しく見える口元に、機嫌良く笑みを浮かべて手を挙げた。


 それを見て、覆面の部下達はまるで軍隊の様に肌荒れが目立つ身体を直立不動にし、極めて規則的な拍手をし始めた。


「投影機だけ置いて帰りましょう」

「うん! ママ!」


 儀式染みた拍手喝采が終わると、1番肥満体の男が背負っていたバックパックから、正方形の投影機を出してフロアの中央に置いた。


 『グリーン・メサイア』のロゴが表示された事を確認したカツウラが、拍手タイムの間に上へ登っていたエレベーターを呼び、ドアが開くと銃を構えたザクロが待ち構えていた。


 その奥に、ポンチョの下で腕を組み、壁に寄りかかるバンジも同行している。


「ママッ!」

「おっとお前らは動くなよ。大事な母ちゃんを死なせたく無ければな」


 すぐに応戦しようとする部下達だが、ザクロはカツウラの額に銃口を押し当てて、ツンとした酸っぱい臭いがする彼らを牽制した。


「この人の言う事を聞きなさい。――『ロウニン』さんかしら?」

「その通り」

「残念だけど、私はすぐに自由の身になる。皮算用しているならお生憎あいにく様」

「言ってろ」


 だが、カツウラは慌てず騒がず、未来予知をしたかのごとく、泰然とした態度で高笑いをしてザクロを嘲笑ちようしようしながらカゴの中に入った。


「ママーッ!」


 部下の1人が手を伸ばし、他の部下に抑えられながら叫ぶ声をバックに扉がしまった。


 だがその僅か30分後。


「はあ!? 懸賞金取り下げ!? 何でだ!」

「何で、と言われましても、エウロパ圏域政府大統領令なので」


 火星上空の宇宙空間まで揚がり、エウロパの管理局へ連絡したザクロは、その信じられない応えに食ってかかるが、窓口担当は機械的にそう繰り返すだけだった。


「ほうら、言ったでしょう?」


 3階層の営倉スペースから、憮然とした顔でカツウラを出したザクロとバンジへ、カツウラは勝ち誇りに誇った顔を見せ、わざとらしく手の甲を顎に当てて高笑いを繰り出した。


「それではご機嫌よう」


 ソウルジャズ号とエアロックでつながっているグリーンメサイア号へ、再度高笑いしながらカツウラは移乗していった。


 エアロックが切り離されると、グリーンメサイア号は悠々と小惑星帯の方へと舵を切っていった。


「――ミヤ」

「何故取り下げたか、だろう? もう潜り込んで調べておいた」


 それを艦橋に戻ってきて、苦虫をかみつぶした顔で見送るザクロが、具体的に指示するより前にミヤコはそう言って、文字に起こした通信記録をメインモニターに出した。


「お、流石だな。で?」

「広域宇宙警察長官の言っていた、人を植物にするウィルスで攻撃を行う、と脅されたようだね」

「つーことは、そっちから懸賞金がつけられる、か……」

「でもこれは、証拠にはもちろんならないね」

「だよなぁ……。まあ、一応どっちにも知らせておくか。ミヤ、とりあえずあのサーカスみてぇなふねの情報盗れるだけ盗れ」

「了解」

「骨折り損のくたびれもうけ、でござるな」

「今んとこはな」


 かぶりを振ってため息交じりにそう言ったバンジにため息で答えたザクロは、事前の取り決め通り、間を空けてある周波数へ音声の入ってない通信を3回飛ばした。


 それは、目標発見せり、死体は処分されたし、という合図で、チャンネルを合わせっぱなしにしていると、数分後に同じものがどこかしらから返ってきた。


「なるほど、ダイモスと小惑星帯経由で木星圏域へ通信が飛んでいるみたいだね」


 グリーンメサイア号へのハッキングを仕掛ける片手間に、通信を解析ソフトにかけてミヤコはその中継先までを割り出していた。


「ふーん、『青髪の堕天使ブルーフォールエンジェル』ってその規模の私設回線を運用してんだな」


 その運用距離の長さに、グリーンメサイア号を目で追っているザクロは舌を巻いて頷く。


「よし、とりあえず製造過程までコピーできたよ」

「ええ……。その辺を切り離していないんでござるな……」

「まあ、手間が省けてボクとしては助か――こっ、これは……」


 いつも通りの朗らかな軽い調子で言っていたミヤコは、開発に使用した機器のデータをチェックしていたところ、口をあんぐりと開けて固まった。


「どうした」


 彼女らしからぬ驚愕きょうがくぶりに、ザクロがすかさず少し前屈みになってその顔を見ながら訊くと、


「ど、ど、どうしたもこうしたもないよ! これはっ、これはおばあちゃんが作った技術そのものだッ! 一体誰がこんな……ッ!」


 わなわなと震えながらすっくと立ち上がったミヤコは、表情からも怒りをあらわにして拳を強く握りしめる。


「おばあちゃんは……、〝これは悪用されれば人類を滅ぼすものだから、またボクが奪った命が増えてまうかもしれないなぁ〟、と嘆いていたんだ……。これじゃあ……」


 臨界点を超えたところで、怒っている眉を下げて崩れ落ちたミヤコの目から涙がこぼれ落ち、彼女はヘッドマウントディスプレイを上げてそれを指で拭う。


「――そうか。じゃあ、ここでやっちまうしかねぇな」

「やっちまう、って、懸賞金がかかってない相手じゃクローさんが……っ」

「そこまで慌てちゃいねぇから安心しろ。アキラになんとかさせりゃいい」


 ミヤコの背中に触れたザクロは、やや申し訳なさそうな笑みを浮かべ、アキラへミヤコがぶっこぬいた情報を送りつけ、


「――これを正規の手段を踏んでいたことにしろって?」

「頼む。ここで確実にやっちまわないと、とにかく色々マズいんだよ。宇宙海賊の手に渡ったら洒落しゃれにならねぇもんがあんだ」

「はあ……。まあ今度からは事前に言ってくれると助かる」


 彼に頭を抱えさせつつも、広域宇宙警察からの懸賞金を掛ける事に成功した。

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