ゲートウェイ・グリーン 3

「もう1個いるか?」

「大丈夫です。お腹いっぱいなので……」

「おう、そうか」


 悔しそうに腹部を撫でながら、ヨルはそう言うときゅっと口を結んだ。


「おや?」


 その様子を微笑ましげにみていたミヤコは、先程まで上機嫌だったダニエルズが、不快感をあらわにして通路を睨み付けている様子見て声を漏らす。


「どうした」

「賞金首氏に何かトラブルが起きたようだね」

「うん? この目に痛ぇ黄緑って」

「『グリーン・メサイア』の方ですか」


 ミヤコがトカゲカメラを操作して、その視線の先へアングルを変えると、全身黄緑色の『グリーン・メサイア』構成員が、同じ色合いのドレスを着た中年女と共に通路を占拠した。


 女が何か言っているが、マイクの威力でザクロ達には何も聞こえなかった。


「何言ってっかわかんねぇな。オフに――」


 そこで装置のスイッチを切ると同時に、黄緑団の構成員が黄緑のジャンパーの下から、実弾式サブマシンガンを取りだした。


「――お前らこっち来いッ!」


 構える音を聞いたザクロは、瞬時にヨルとミヤコをそれぞれ自分の方に引っ張って、パンケーキが吹っ飛ぶのもお構いなしに、テーブルを下側に向けて蹴り倒して盾にした。


 間もなく銃が乱射され、そのけたたましい銃声に、フロア中から阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえる。


 中年女はその惨劇の中で、指を組んで祈る様に目を閉じて天を仰いでいた。


 囲いは壁が薄いため簡単に撃ち抜かれ、照明が消えた暗闇の中、銃弾がテーブルに当たっている音や、グラスや皿が割れる音が混じって聞こえる。


「ひ――ッ!」

「うわあッ」

「ミヤ、見るなッ」 


 悲鳴を押し殺すヨルと共にうずくまるミヤコが、ダニエルズが穴だらけにされていく様子を見ない様、ザクロは通信端末を奪い取って足元に伏せた。


「畜生ッ」


 銃撃の騒音に混じって血の臭いが漂う中、ザクロは大型ビーム拳銃を抜きながら、2人の前にかがみ込んで守りつつ、歯を剥いて悪態を吐く。


 数分間乱射した後、何故か非常ベルが鳴らずに、静まりかえった店内を『グリーン・メサイア』の一団が悠々と撤収していく。


 ザクロ達の席の前を通っていくが、一団はそこにいる3人に気が付かず、ザクロも動かず静かに歯噛はがみして見逃すしかなかった。


 出入口から『グリーン・メサイア』一味が立ち去った事を確認したザクロは、


「オレが戻ってくるまで動くんじゃねぇぞ」


 震えて怯えているヨルと腰が抜けているミヤコへそう言うと、ダニエルズがいた席へもう片方の手にペンライトを持って確認に向かった。


「――ッ! なんだムサシか」

「ようクロー。エラいことになっちまったな」

「おう。お前どこに居たんだ?」

「ちょうど反対側だ。全く、関係ねえとこにまで弾ばら撒きやがって」


 すると、イスに崩れ落ちているダニエルズの前にすでに男がいて、ザクロは銃を向けたが、それが顔見知りの『ロウニン』であると気付いて下げた。


やっこさんは?」

「ボロ雑巾の方がまだ上等だせ」

「えい、畜生め。おかげで懸賞金がパーだ」


 自身の質問にゆっくりかぶりを振る丸刈りの大男を見て、ザクロは足元に転がっていた、〝貴重な自然環境を人類皆で守ろう〟と、葉っぱを剣に見立てたロゴとセットでホログラム表示している、正方形の装置を蹴飛ばした。


 それからさらに十数分後、やっとコロニーの治安維持機関員が駆けつけて、気球型照明を浮かべて負傷者などの救護と現場検証を開始した。



                    *



 証言をとられたりなどして、かなり時間を食わされた後、ザクロ達はソウルジャズ号でガニメテ上空宙域に移動して、別行動をとっていたバンジを拾った。


「マジでなんともねえみたいだな」


 艦の前方にある格納庫上部にブルーテイルを収め、ふわりと降りてきたバンジは、格納庫出入口に立つザクロの擦り傷1つなさそうな様子に、安堵のため息混じりにそう言った。


「オレぁな。ヨルはちょっと参っちまってるが」

「そうか。よく連中に食ってかからなかったな」

「たりめぇだろ。ヨル達をほっっとく訳にもいかねぇし」


 バンジが隔壁扉を潜ると、長ソファーでアイマスクを着けて仰向けになっているヨルと、1人掛けのそれに膝を抱えて座っている、やや顔色が悪いミヤコがいた。


 2人ともが出迎える余裕がない様子を見せていて、バンジは何も言わずザクロに続いて艦橋まで移動した。


「言いたいことは分かってんぜ。『グリーン・メサイア』の居場所だろ?」

「おうよ。あのクソ共とっ捕まえてやらねぇと気が済まねぇ……」


 操縦席に座ったザクロは、ソウルジャズ号を停泊状態から航行状態にしつつ、握りしめた手をワナワナと震わせる。


「どうも連中、艦を拠点にしてるみてえで、特定のコロニーや国に帰っている様子はない、というのが居場所について把握しているもんの全部だ」

「ケッ。随分と腰抜けの救世主がいたもんだ」

「違えねえ」


 つばを吐きかけるように言って艦を微速前進させるザクロへ、右側の窓際に座って喧嘩煙管を右手で弄ぶバンジは肩をすくめる。


「まあそれは追々探すとしてだ。例の活動家の人となりは調べておいたぜ」

「流石だな。メインモニターに出してくれ」

「ほいよ」


 ポンチョの中で通信端末をいじると、艦橋窓正面の右下にウィンドウが表示された。


 『グリーン・メサイア』がダニエルズを襲撃した際に、リーダー格として振る舞っていた、ドレスの中年女の名前はドリィム・カツウラ52歳。

 10代のころに環境問題の国際会議にてスピーチをした事がきっかけで環境活動家となり、全世界を行脚して温室効果ガスや汚染物質の削減を訴えていた。


 しかし、やがてその主張は過激なものとなっていき、博物館の古い内燃機関に、環境汚染を良い物と思わせる可能性がある、などと主張し強引に撤去させるなど、過去の産業遺産へのキャンセルカルチャーを扇動するようになった。


 だが、第三次大戦勃発でそんな事を言っている場合で無くなったため、次第に相手にされなくなった。


 そして現在は、8人の実子と12人の養子と〝真実に目覚めた〟賛同者何十名かを使役し、『グリーン・メサイア』による数々の迷惑行為を行うようになっていた。


 さらにそれが先鋭化し、今回のダニエルズ殺害ついでのテロ事件に至った。


「……あ? ドリィム?」


 ザクロはその内容の前に、やたら奇抜なカツウラの名前に引っかかって、怪訝そうに顔をしかめて二度見した。


「気持ちはわかるぜ」


 アタシも目を疑ったかんな、と、バンジは腕組みをして深々と頷く。


「お、懸賞金ついたな。ふーん、生死を問わず、か。後ろ盾の堪忍袋の緒が切れたか?」


 すると、ちょうどバンジの通信端末に、カツウラが指名手配されたという通知が来て、1千200万クレジットの懸賞金が表示されていた。


「付いたのは良いけどな。さーて、どうやって探したもんか……」

「それについては、拙者に考えがあるでござるよ」


 ウィンドウを最小化したザクロが、火星方面へのゲートへ舵をとり、ため息交じりに言うと、エセ侍語に戻ったバンジは額にのせていた卵型サングラスをかけてにやりとする。


「まず宇宙海賊の習性上、舐められたらタダじゃおかないものでござろう?」

「だろうな」

「そこで、報復の為に血眼になって連中を追いかける『青髪の堕天使ブルーフォールエンジェル』に協力をもちかけて、どちらかが発見した場合、身柄はあちらに、賞金はこちらにでWin-Winにしてしまおう、というわけでござる」

「あくまでも偶然みてぇなていで、か」

「うむ。ツテは任せるでござる」

「おう。……それ問題ねぇよな? いろいろと」

「拙者、善意の第三者ゆえ」


 返事をしてから、ザクロは少し心配そうに顔をしかめてバンジを見やると、彼女はすっとぼけた様子でそう言って、ホログラム画面型通信端末の物理キーボードを操作しはじめる。


「――あの店、改装すんのはほぼ確定だろうな」

「――だろうよ」


 バンジもザクロもお互い作業したまま、やるせなさげに険しい目をする。


「レイが気に入ってた店だったのにな」

「……」


 無言で頷いたザクロは僅かの間だけ、威嚇する猛獣の様な顔で歯を剥いていた。


「あー。そういや、いろいろあって今まで訊きそびれてたんだが」

「おう」

「アタシに泣きついてきたデートコースの評判はどうだったよ? クッソ今更だが」

「――そうだったっけか? つかマジで今更だな」


 思わず噴き出しそうになったザクロは、素早く打鍵する手を止めずにいるバンジを見やる。


「少なくともつまらなそうでは無かったな。まあ、アイツは何するにも楽しそうだったが……」

「そりゃ良かった。お前が考えたら、面白みもなんもねえパーツ屋巡りで気を遣わせるだけだったろうしな」

「ふ、二言三言余計だバーロー」

「うわやめろ。きったねえ」


 ザクロは珍しく顔をボッと赤らめて、くわえていたリキッドパイプの空カートリッジをバンジへ投げつけた。


「とりあえずマジの煙草吸ってこいよ。操縦代わってやっから」

「おう、お言葉に甘えさせて貰うぜ」


 ムスッとした顔のザクロはそう言ってジャケットの腹ポケットに手を突っこみ、バンジに操縦席を明け渡しつつ自室へと階段を降りていった。

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