ゲートウェイ・グリーン 2

「く、クローさんはっ、何にされますっ?」

「おうっ。めんどくせぇしヨルのと同じでいい」


 ずいっと顔を近づけてヨルがザクロへ訊くと、心ここにあらずな様子の彼女は、挟む指からリキッドパイプを取り落としかけつつ返した。


「……んな顔近づけなくてもいいだろ」

「はっ。すいません……」


 その顔の近さに困惑した様子で少し顔をしかめたザクロを見て、ヨルは目を見開くと同時に顔を真っ赤にして元の席に戻った。


「ボクはカルボナーラが良いんだけれど、あるかい?」

「あ、売り切れみたいですね」

「あちゃあ。じゃあ他の種類にしよう」

「パスタ自体が売り切れっぽいぞ」

「それは残念だ。パスタの気分だったんだけれど……」


 手元の通信端末で、取り巻き女と場違いなスキンシップをとっているダニエルズを監視しているミヤコは、注文したいものがジャンル丸ごと売り切れと聞き、少し肩を落とす。


「仕方ない。妥協してグラタンにしよう。一応パスタも入ってるしね」

「ありますね。あ、チーズ足せるみたいですけど、足されます?」

「うん」

「ん? グラタンに入ってるのってマカロニじゃねぇの?」

「パスタはイタリア料理の小麦麺料理の総称なんだ」

「つまり、長ぇのはスパゲティって名前のパスタか」

「そうなるね」


 勉強になった、とザクロは頷きながら言い、端末にクレジットを支払って注文を完了させた。


 ややあって。


「少なくなってねぇかこれ……?」


 3人の注文品がドローンで運ばれてテーブルに着地し、盆とフタが切り離されて開くと、そこにある皿には1人分としては十分とは言えない量しか盛られていなかった。


「2人で分けても十分腹が膨れたもんだがな……」

「実質値上げですかね……」

「んー、どうやらこのせいみたいだね」


 困惑しながらもリゾットに手をつける2人に、ミヤコはグラタンに送風機を当てて冷やしつつ、思考操作で調べていたニュース記事をホログラム画面で見せる。


 そこには、農園コロニー内に大量のコンソメスープをまき散らす、ゴーグルと口に巻いたバンダナまで全身蛍光黄緑の不審者集団かんきようかつどうか・『グリーン・メサイア』の写真が表示されていた。


 全員同じ様な格好の彼らは、胸部と背部にホロモニターで、炭素循環を乱すな、といった内容が多言語で書かれたプラカードを表示していた。


「記事によると、このせいで設備が塩害にあって、交換のために約3億クレジットの損益が出たとか」

「もったいねえな。なーにがしたくてやってんだ? コイツら」

「主張としては、地球上で作物を育てないのは炭素循環が不完全になり、環境のバランスが崩壊するから止めるべき、だそうな」

「野菜を作らなかったぐれぇでか?」

「まあ全く無いとは言い切れないけれど、大気圏、地圏、水圏、生物圏といった地球規模のスケールで循環する事を考えると、恐らくかなり軽微なんじゃないかな? 生物圏ではまず植物が吸収するけれど、それは樹木の事だろうしね」


 腕を組んで首を傾げるザクロへ、なんとも苦々しく困った表情でミヤコは説明した。


「あっ、『グリーン・メサイア』って、砂漠に緑のペンキをまいたり、ドライアイスをたくさん沼に入れたり、大気圏で宇宙ゴミ再生品の花火を打ち上げている方々ですよね」

「ああ、そのようだね」


 画面を見ていた顔を上げつつヨルがそう言うと、ミヤコは頷きながらそのときの画像をまとめて表示した。


「ふーん、砂漠化問題に地球熱帯化問題、宇宙ゴミ問題を訴えて、ってか。……つか3つともこれ普通に環境破壊じゃねぇか」

「まあ、なんとかしたい、っていう気持ちは分かるんだけれどね」


 団体の的外れな活動の数々を目にしたザクロが、呆れて顔をしかめつつ正論を言い、少し引きつった笑みでミヤコは一応フォローした。


「まき散らすしか芸がねぇのは百歩譲るとして、もうちょっとまき散らす物を考えられねぇもんかね」

「砂漠化対策用に遺伝子操作した有害性のない植物は、一応開発されてはいるんだけれどねぇ」

「お値段結構高いですもんね」

「どんくらいすんだ?」

「1平方メートル辺り2千万クレジットだね」

「ほーん。そんなにか。環境保護って銭かかんだなぁ」

「1度壊れた物を直すには、相応な手間がかかるものだからね」


 怒れる蛍光黄緑軍団が破壊活動をする様子のニュース映像を消し、サクロとヨルはもう半分ほどになったリゾットを、ミヤコはやっと適温になったグラタンを食べ進める。


「……しかしアレだな。下ちょっとうるせぇにも程があんだろ」


 すると、下の段からのかなり大きく、品のないダニエルズの高笑いが飛んできた。


「じゃあ、ちょっと面白い物を出そう」


 眉間にしわが寄っているザクロを見て、ミヤコはバッグから半球状の黒いスピーカーを取り出した。


「これはノイズ軽減卓上スピーカーさ。こうやって、大きな音がする方にこのマイクを向けるんだ」

「有線なんですね」

「ああ。こういう物はレスポンスが命だからね。それで電源を入れると――」


 ミヤコがそう言って、横に付いているスライド式スイッチをオンにすると、


「あ、ちょっと静かになりました」


 周囲の音からピンポイントでダニエルズの声だけが無くなった。


「これはマイクで音を拾って、この周りだけその音に対するカウンターの音を出す、という寸法さ。うん、思いのほか上手くいった」

「ほー、なんかよく分かんねぇけどすげぇなオイ」

「いやあ。ボクはただ、祖母の作った物を再現しただけさ」


 まじまじとスピーカーを見ているザクロへ、ミヤコは謙遜しながらも満足そうに笑いながらそう言う。


 快適になったところで、物足りなかったザクロが頼んでいたパンケーキと、食後用に頼んでいたコーヒーが3人の前に届けられた。


「1つ1つがちっちゃくてかわいらしいですねぇ」

「そういやよ、ここ、料理の写真撮って良いみてぇだな」

「そうなんですか。では失礼して」


 一口大のパンケーキがいくつか積まれ、その片隅に生クリームが盛られ、赤いベリーソースが散らされている白い平皿に、ヨルは表情をほころばせつつ自身の端末で撮影した。


「シロップはねぇが、お前らも何個か食べっか?」

「あっはい。とりあえず1つだけ」

「ボクも。クリームもできれば乗せて貰えると助かる。――ああ、こんなにどうも」

「オレぁ甘えもんが苦手だし気にすんな。……どうしたヨル」

「えっと……っ」

「どした?」


 躊躇いなくフォークで刺して口に運んだミヤコに対して、ヨルがパンケーキとザクロの顔を交互に見ている様子を見て、ザクロは怪訝けげんそうにまばたきをする。


「失礼なお願いかもしれませんが、あーん、というものを……。その、してみた――もがっ」

「あっ、すまん」


 モジモジしていた手をきゅっと握りしめ、意を決して顔を上げたヨルの口に、ザクロがちょうどタイミング良く、クリームとソースを乗せたパンケーキを突っこんでしまった。


「……フォークの先っぽとか大丈夫だったか?」

「……っ。……はい、大丈夫です……」


 身を乗り出してヨルを心配するザクロへ、咀嚼そしゃくして飲み込んでから、ヨルは嬉しそうな口の端と少しだけ不本意そうな目でそう答えた。


――――――――――――――

参考文献


埼玉工業大学『誰でも分かる!生命環境化学コラム 炭素循環 ~ 地球温暖化をより深く理解するための基礎知識 』https://dep.sit.ac.jp/lsgc/column13/

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