第13話
ゲートウェイ・グリーン 1
ドーム型の巨大な機械でテラフォーミングがされ、巨大な水たまりのように氷が溶けた部分が、あちこちに点在する木星衛星エウロパ上空の宇宙空間。
そこには、黄金に輝く中型の円盤型コロニーまるまる1つ使った、巨大アミューズメント施設コロニー『GF-55』が浮かんでいた。
その中心部の一角にある、ネオン風の看板がついたビルが乱立し、開放的な雰囲気のカジノ街が見下ろせるレストランに、バンジを除くソウルジャズ号クルー3人の姿があった。
4人用の丸いテーブルを囲う様にイスが4つ置いてあり、奥にザクロが座っていて時計回りにヨル、空席、ミヤコという位置関係になっている。
その周りは、木造の土台の上に造花の低木が乗った
壁側は上の段に少し食い込む形となっているため、上からも下からも覗き込む事はできない。
「せっかくエウロパくんだりまで来たんだ、好きなもん食え」
グラスに入ったお冷やをまず一口飲んだ、いつもの黒い船内外服にジャケットを羽織っているザクロは、2人にそう言ってメニューのタブレット端末をドックから引っこ抜いて渡した。
「えっ。良いんですか?」
「おうよ。今回の仕事は入りがよくてな。ほれ」
「なるほど」
おずおずと両手でそれを受け取ったヨルへ、ザクロはニヤッと笑ってそう言いながら、通信端末でクレジット残高を見せつつそう言った。
この数時間前に、3日前から『GF-55』で待ち構えていたザクロ達は、第三次大戦時の人道に対する罪で手配されていて、売店の従業員に化けていた元・民兵組織の女を捕まえ、管理局のエウロパ支部から大金を得ていた。
「ボクは別に水だけでも不満はないけれどね。この、エウロパの水なんてなかなか飲めないし」
ワインをスワリングする様に、くるり、とグラスを回したミヤコは、中の水が軽く渦を巻く様子を見つつそう言いちびりと飲む。
薄い銀フレームのメガネをかけ、細身のカジュアルスーツ姿の装飾、という出で立ちの彼女は、ただそれだけで映画スターの様な気品を感じさせた。
「え、これそうなんですかっ。なるほど、確かに貴重な経験です……!」
そんな見る人が見れば卒倒しかねない雰囲気そっちのけで、ヨルは両手でグラスを持って、まじまじと普通の水と何ら変わらないそれを眺める。
ヨルはいつもの黒っぽい船内外服に、レースのキュロットロングスカートを穿いている。
「おいおい。んなケチくせぇこと言ってんじゃねぇよ」
「そうかい? ボクは大満足なんだけれど。まあお言葉には甘えさせて貰おうかな」
「臭いは変わら――はいっ? なんでしょう?」
「いや、飲み水が変わっててたまるか。――ケチくせぇこと言わずに頼め、だ」
夢中になって手で
「なあところでミヤ。このコオリウミブタってのはなんだ?」
ヨルが順繰りに見ているメニューを横から見ていたザクロは、その頭にある珍味と書かれたソテーのアイコンを二度見して小さく首を傾げ、エウロパ天然水を舌で転がしていたミヤコへ訊く。
「エウロパの環境でも生きていける、遺伝子組み替えがされたイルカみたいな海獣だね」
「ほーん。なーんか不細工だな……」
「これはソースのない話なんだけれど、可愛いと食べにくいからじゃないかな?」
「あっ、一理ありますね……」
手元にある通信端末で素早く調べたミヤコは、正面から板に押しつけられているかの様にへしゃげた、コオリウミブタの顔を表示した画面をザクロとヨルに向けて見せた。
「じゃ、こいつ注文してみっか。名物って言うぐらいだからうめぇんだろ? ちと高ぇが」
「あ、えっとそれはですね……」
「おん?」
「私個人の感想としては、脂ぎり過ぎていて、なおかつ臭くてあんまり……」
白っぽい厚切り肉が表示された、四角いアイコンをタッチしようとしたザクロへ、ヨルは周りに聞こえない様に声を抑えて控えめに止める。
「なんでぇ。高ぇからその分美味ぇわけじゃねぇのな」
「あと、私は脂が多すぎてお腹痛くなりました……」
「ちなみに、コオリウミブタは生産に時間とコストがかなりかかるんだ。だからこの値段なんだろうね」
「じゃあ止めとくか。なんでんなもんが名物なんだか」
「珍味はあくまでも珍しい味、だからねぇ。美食の趣味がないからだろうけれど、ボクにはよく分からないや」
「そんなもんか。――ホットドッグはねぇみてぇだな……」
チーズリゾットを選んだヨルから受け取ったメニューを操作して、話している間に最初から最後まで見ていたザクロだが、少し眉間にシワを寄せてがっかりした様子を見せる。
「さ、流石にファストフードは無いと思います……」
「だよなぁ。頼んだら作ってくれね――」
半笑いでため息を吐いてそう言っていたザクロは黙りこんで、階段になっている目の前の通路を降りていく、若い女を何人か連れた、金ぴかスーツの男を目で追った。
同行者と気分良く喋っている男は、ザクロ達が座っている席のすぐ下のそこへ座った
「どうされました?」
「いや、なーんかどっかで見た様な野郎が通ってな。誰だったっけか……」
腕組みをして頭をひねっていたザクロに、
「顔認証にかけておいたけれど、賞金1千200万クレジットのジョン・ダニエルズの可能性が高いね。罪状は保護動物の密猟」
彼女の様子を見て管理局へ顔認証をかけていたミヤコが、返ってきたデータに記載された情報を伝える。
「あー、宇宙海賊の『
掌を拳で打ったザクロは、願ってもない臨時収入のチャンスを得てニヤリと笑う。
「ミヤ、なんかヤツの顔をしっかり確認できるようなもん持ってるか?」
「うん。こんな事もあろうかとね」
ザクロからのオーダーに、ミヤコは片掛けバッグの中からトカゲ型の小型ロボットを取りだし、造花のパーテーションの中に放った。
「ほーん、あのサイズなのに綺麗に映るじゃねぇか」
「ですね……!」
「ちょっと良いカメラのパーツが手に入ってね」
ミヤコが物理キーボードで操作し、人工的なグリーンの下りトンネルを移動している、トカゲカメラの鮮明な映像を3人は声を潜めてそう言いつつ覗き込む。
見えない様にほんの少しだけ顔を出すと、丁度取り巻きの女たちに囲まれ、鼻の下を伸ばしつつ何やら得意げに話しているダニエルズが映った。
「うん。ほぼ確実に彼で間違いないね」
ミヤコが改めて顔認証をかけると、99.9%一致していることが表示された。
「じゃあ、早速捕まえに行こうじゃないか」
「いーや。店の中でドンパチして出禁になるのはオレが困る」
「了解。じゃあ監視しておくよ」
「頼む」
「こちらのお店、気に入られたんですね」
「まあ、オレがっていうか、知り合いが気に入ってたんだけどな――」
エウロパを少し遠目で見やったザクロは、紙巻き煙草を箱から片手で出してくわえたところで止め、箱に戻して代わりにリキッドパイプをくわえた。
『ガラでも無いのに、一生懸命デートコース考えてくれてありがとうね』
『そんなんじゃねぇよ。単に福利厚生の一環だ』
『社員旅行みたいなもの、って言いたいのね』
『おう』
『その割にはジェットコースターだの、観覧車だのメリーゴーランドだの
『気のせいだ。ほら、さっさと何食うか決めろ』
『図星だったのね。――大丈夫よ、遊園地もちゃんと楽しいし、このお店もすごく気に入ってるわ』
『そりゃよかった』
『ところで、あなたも何か注文したら?』
『いらねぇよ。予算オーバーしちまってな……』
『ふふ、じゃあ2人で分けて食べましょう。はい、あーん』
『お、おう。……』
『どう?』
『うめぇ、――とは思う』
『ふふ。なぁにそれ』
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