コマンド・ザ・プレジデント 5

「許してくれなんて言わねぇし、なんなら2、3発殴って貰っても構わねぇ」


 『北』区画の先、戦闘区画にあるコロニーの艦橋にやってきたザクロは、その中央にある艦長席に座る将校姿のドゥーイへ土下座していた。


「やめてくれ。元はと言えば家庭も治安維持もおろそかにしていた、僕の不手際が全ての元凶なんだから」


 額をこすり付ける程に頭を下げるザクロへ、彼は怒るどころかその前にひざまずいて、顔を上げる様に促して庇った。


 お供でついてきたヨルとミヤコは艦橋の扉脇に立って、前者は艦橋の殺伐とした雰囲気に緊張してガチガチ、後者はメカニックを控えめな動きで見回して観察していた。


 艦橋の構造は、半円状のフロアの孤を描いている側には、はめ殺しの艦橋窓とモニターや計器、コンソールが並んでいる、アイーシャ等の首脳陣やオペレーター席があり、

 その少し後ろに一段高くなっている場所に、艦長席やその前にある会議用のテーブル形コンソールが設置されていた。


「責任の所在は後だ。君が連絡をくれたすぐ後、犯行声明がわざわざ艦橋に届いてね」


 納得はいってない様子で顔をしかめつつも、とりあえずは立ち上がったザクロへ、ドゥーイは犯行声明のビデオを正面のホロモニターに映した。


 主犯はアドルフ・ベネットソンと名乗る中年男性で、目的は身代金ではなく『NP-47』大統領兼艦長であるドウェイン・カズサの名誉を失墜させることだった。


 そのために、ベネットソンが指定した、第三次世界大戦の講和条約が結ばれた月面都市にて、娘を誘拐されて犯人の要求に易々と従う、テロリストに屈した為政者として振る舞う事を要求されていた。


 終始余裕溢れる、おごり高ぶった口調で話していたベネットソンは、娘の無事を確認したかろう、と、アジトらしきコンクリート製の建物にある、牢屋からの生中継映像を見せて声のやりとりをさせた。


 その後は、4時間後に連絡するので、そのときまでに返事を決めろ、と言って一方的に通信を切断した。


「……。何者なんだそいつぁ? 聞くに、艦長の事を相当恨んでそうだけどよ」


 痛めつけられてぐったりし、浅い呼吸をしているバンジの映像を見て、目を剥いて震える程にタグを握りしめていたサクロは、冷静な眼差しを作ってドゥーイへ訊く。


「ああ。――彼は僕が『連合国』宇宙軍・宇宙戦艦ミズーリ艦長をやっていたときの副官さ」

「へ? アンタの部下やら参謀やらは、アンタを慕って『NP-47』このふねにほぼ全員移ったんじゃぇのかよ」

「その〝ほぼ〟が彼なんだ。あの当時はどこもかしこも狂っていて、特定の国籍の難民船を撃沈したらスコアになっていた程でね」

「ほう。見付けたのがアンタのふねじゃ無けりゃ、オレ達ぁ今頃あの世の住人だった訳だ」

「同胞を悪く言いたくは無いけれど、そうなる。――彼は当時から好戦的で過激な意見が多かったんだけど、難民船を断固撃沈するべき、といって譲らなかったから、規律を守る為に艦長命令で営倉に突っこんだんだ」

「その事を恨んで、ってぇ訳だな」

「そういうことだろうね」

「は。しょうもねぇ動機だこと」

「まあ、誰になんと言われようと、僕の判断は間違ってないと信じているけどね」


 怒る価値も無い、とばかりに眉をひそめるザクロへ、ドゥーイは艦橋正面に浮かぶ月を真っ直ぐに見据えて力強く言った。


「艦長。逆探知の結果が出ましたが、何カ所も回線を経由しているため失敗しました」

「ご苦労。まあ、予想はしていたけど……」


 話が途切れたタイミングで、イスを回して振り返った中年女性の通信長が、不本意そうに顔をしかめて通信班からの報告を告げた。


「ヤツは月にいるんじゃねぇのか」

「いや、彼は言動の割に臆病だから、別のところにいる可能性が高いんだ」

「とことんダッセぇ野郎だぜ。全く」

 

 ゆっくりとかぶりを振りつつ、ザクロがため息を漏らして悪態を吐いたところで、


「艦長さん、ちょっと良いですか?」

「君は――、ミヤだね。どうしたんだい? ああ、いつも通り喋ってくれて構わないよ」

「どうも。いやあ、逆探知でどこまで追えたのかちょっと気になって」


 おもむろに書生風の姿のミヤコがザクロの隣にやって来て、出来ればデータを見たい、とドゥーイへ頼んできた。


「どうかな。通信長」

「かまいませんが……」

「どうも。……うん、まあ良くあるタイプのシステムだね」


 席を譲って貰ったミヤコは興味深そうに、軽く菓子をつまむ位の気軽さで、凄まじい打鍵と読み込み速度を見せて確認した。


「あんな速度でやってもこれ反応出来るんですね……」


 キーボードが出している音とは思えない打鍵音に、通信長だけでなく、ドゥーイを含めた他のクルーも驚嘆の眼差しで作業を眺めていた。


「なるほど、これは手強そうな相手だね。普通にやっても1時間はかかる」

「手強そうっつう事は、頑張れば何とかなりそうだよな?」

「うん。そこまで信用してもらってありがたいけれど、ボクはそこまで万能じゃないんだ」

「結論から言うとどうなんだよ」

「まあ、ギリギリボクの手に余らない範疇はんちゅうではあるね。20分ぐらいあれば多分突き止められるかな?」

「……。えっ、これこの間アップデートしたばかりの最新式だよ?」


 いつもの様に謙遜の苦笑いを入れつつ、さらっとミヤコが40分の短縮が可能と言ったので、つい流しかけた通信長は目をかっ開いて彼女へ訊く。


「まあコイツぁ超優秀だからな。返答の通信までに新しいソフトぐらいは完成させるはずだ」


 その質問にはザクロが答え、ミヤコの両肩に手を置き軽く揉む動きをする。


「優秀だなんて照れるなあ。まあ、ものすごく頑張って間に合わせてはみるよ」

「艦長、彼女――でいいの?」

「うん」

「彼女、いったい何者なんです……?」


 さらにとんでもない事を言いだして、口をあんぐりと開けた通信長は、妖怪ようかいでも見たような顔でドゥーイへもそう訊いた。


「ミヤ、言ってもいいかな?」

「うん。別に隠すことでもないしね。はっきり言う方がみんなに余計な心配がなくていいだろうし」


 早速、自分の端末でソフトを作成しているミヤコへ、警戒の眼差しを向けていた数人が、見透かされた様な事を言われて視線を泳がせた。


「皆、シークレットって訳でもないけど、これから僕がいうことは他言を控えて欲しい」


 艦橋内を見回しながら、ドゥーイはミヤコがミヤビ・ニシノミヤハラ博士の孫であることを手短に説明した。


「なるほど、それなら今までのあれこれの技量も納得ね」


 あちこちからザワザワと動揺したり、アイーシャの様に納得した様な事を言う声が聞こえる中、


「まあ手ほどきを受けただけで、血が繋がってるわけじゃあないけれどね」

「じゅ、十分すごいと思いますよ……」


 純粋に憧れや驚きの目線にさらされるミヤコは、いつもよりも小っ恥ずかしそうに謙遜して、ヨルと同じく苦笑いした。


 そこから約2時間のみで、思考操作と物理キーボードを使ったプログラムを組み上げたミヤコは、そのソフトを1時間でテストし微調整して完成させてしまった。


「ほーっ、こりゃ凄い。なあ大将、この子技術局ウチにスカウトしてもいいか?」

「オレじゃなくてミヤに聞け」

「いやあ、祖母の遺言でね、〝頑張っても手に負えないと思う責任を負ってはいけない〟と言われているから、申し訳ないけれどお断りさせていただくよ」


 システムを実環境に繋げる作業をしながら、ミヤコはうわさを聞きつけてきた中年技術局長のスカウトを固辞した。


「金はウチよりゃたんまり出っけどいいのか?」

「ああ。ソウルジャズ号なら自由にやらせて貰えるし、不満は何もないんだ」

「うーん。そりゃあ仕方ない」

「ああでも、外注でならいつでも大歓迎さ。できる限り頑張らせて貰うよ」

「おおそうかそうか。じゃあ良いときに頼むわ」


 じゃあな、と言って手を挙げた局長は、心底残念そうに背中を丸めて去って行った。


 さらに1時間後、ベネットソンから時間通りに通信が来て、余裕綽々の尊大な態度でドゥーイを口汚く罵っている間に、まんまと位置の特定に成功した。


 最後にサービスと称して、2人を捕らえている牢屋ろうやの映像を映す。


「――ッ!」


 ヨハンナはあまり様子が変わっていないが、さらにバンジが痛めつけられていて、かなり短い間隔で呼吸している様子が見えた。


「くれぐれも逆らうんじゃあないぞ、君のかわいいかわいい娘が――」


 相手の画面からは見えない位置で、ザクロはヘラヘラと笑って煽るベネットソンの顔をにらみ付け、強く両手を握りしめながら青筋を立てて震えていた。


「……?」


 だが、バンジの動きが規則的である事に気が付き、


「――ヨル、多分あいつ、何かオレに伝えようとしてるんだが、わかるか?」


 傍らで口を震える両手で押え、非道な扱いに愕然がくぜんとしていたヨルへ訊いた。


「――えっはい……。あ、モールス信号ですね……」


 突然振られて、一瞬何のことか分からず固まったヨルだが、一目でその動きの意図を察知して、自身の通信端末にその意味をメモしていく。


「――ええっと、〝娘の身、我に任せ派手に暴れろ〟ですね」

「――へ、流石だなアイツぁ。タダでは起きねぇか」


 ザクロがヨル経由で盟友のメッセージを受け取り、ほんのわずかだけ笑みを浮かべると同時に、もはや潜伏場所が丸裸になったとも知らない、男の下品な高笑いと共に通信が切れた。

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