ピエロ・イン・ガーベージ 7

「やーやー、この艦に来るのは何年ぶりだろうなぁ」


 かなり大柄なアリエルは、ヌッ、と艦内へと入ってくると、いつも通りに振る舞い始めるが明らかに無理している様子だった。


「おやぁ? まーたザクロは困ってる子を拾ったのかぁ」

「どうも。ミヤコ・ニシノミヤハラだ。ミヤって呼んでおくれ」

「うんうん。私はアリエル・イケダで、この子はケットシーさんだ」


 黒スーツのアリエルの手には宇宙空間でも安全な移動用ケージがあり、上の半球の窓へ黒猫が不満そうな鳴き声を上げて顔を出した。


「なんでケットシー連れてきた?」

「急に出てきたもんで、預ける相手の都合がつかなくてねぇ。ケーさんごめんねー」


 謝られたケットシーだが、実に不満そうな表情で何らかの悪態をついていた。


「で、下手人はどこ行ったか分かるかな?」

「いや。まんまと逃げられた。機関銃でぶん殴ったのに死んでねえとは思わなくてな」

「殺人ピエロはメカかサイボーグか、ってヤツだからそりゃ頑丈だよ」

「マジかよ。そりゃあザクロがしばかれるまで気が付かねえわけだ。……お代も無しに良いのか?」

「仕事じゃないしね。一刻も早く八つ裂きにするなら味方は多い方が良い」

「お前はとりあえず落ち着け」

「いて」


 非常に物騒な事を言うアリエルは、ケットシーが耳をペタッと後ろに付けるぐらいの殺気をまき散らしたので、バンジに額をチョップされて落ち着かされた。


「わーるい悪い。で、メアの事だからどこに出るか当たりは付いてるだろう?」

「まあな。ミヤ、裏付けは出来そうか?」

「当局の通報情報から考えて3カ所ぐらいには」

「それは上々――えっ、第4市警察局サーバーに潜ったの? 君」

「ああ。ついさっきまでね」


 さらり、と流しかけたが、ハッキングをかじっていれば難攻不落だと理解出来る、警察当局サーバーに、足も付かずに侵入して抜き取った事に両手に挙げて仰天する。


「ああ。なかなか警察当局は堅いからスリルがあるよね。バレたら即逮捕だし」

「スリルとかそういうレベルじゃないんだけど……。君、本当は何者?」

「ボクはしがないメカニックさ」

「それ、世のメカニックに喧嘩売ってるよぉ……」

「だいたいコイツはこんな感じだから慣れろ」


 全くイヤミという物を感じないあまりの謙遜けんそんぶりに、アリエルはドン引きでそう言ってバンジを見るが、いまさら、とばかりにゆっくりかぶりを振った。


「それは良いとして。メカかサイボーグで助かったよ。それならボクでもいろいろやりようがある」

「良くは無いと思うんだけど……」


 アリエルは自身のヤバさに無頓着なミヤコへ、困惑しきりでツッコミを入れる。


「ミヤ、あんまエグい事はするなよ?」

「というと?」

「そりゃもう、サイボーグなら窒息させたり、動力源を暴走させて自爆させたりとか」

「なるほど、その手が」

「えっ」

「冗談だよ。フレームを壊したら賞金が貰えなくなっちゃうじゃないか」


 ミヤコが割と真剣な目で言ったせいで、バンジが面白いように青ざめたため、彼女はカラカラと笑ってそう言う。


「半分ぐらい本気だったろ……」

「さあね。まあ、何とかなるって言っても、スタンドアロンならハードルが随分上っちゃうんだけど」

「ザクロでもフルボッコならなかなか厳しいねぇ」

「直繋ぎはな……」

「それは簡単な事だけど、ドローンが出来るほど材料あるかが心配だ」

「えっ。作るの?」

「材料次第だけど、3時間あれば5つは」

「……メア。私、この子刺客より怖いんだけど。科学の子なの?」

「慣れろ……。一応心優しいが」

「10万馬力はないけれど、早速取りかからせて貰おうじゃあないか」


 すでに脳内で道筋を立てていたため、アリエルの自身を見る目が怯えの域に来ている事も気付かず、自室のある3階層へと降りていった。


「……。ザクロの顔、見てもいいだろうか?」

「良いだろ。ヨルちゃんも休んだ方が良いしな」


 ミヤコが部屋に入ってドアを閉めた音を聞いてから、アリエルはケージを床に置いてバンジと2人で奥の船室へと向かう。


「ヨル殿。少し休まれてはいかがかな?」


 ドアを開けると、ヨルはザクロが寝ている横で2時間程前と同じ姿勢で椅子に座って手を握り、彼女に寄り添っていた。


「いえ……」

「心配なのは分かるけど、根詰めて具合悪くしたらその方がザクロは嫌がるよ」

「アリエルさん……」

「ケットシーさんと遊んでおいでよ。私達が見とくからさ」

「え、いらっしゃるんですかケットシーさん」


 ケットシー、と聞いて、ヨルはザクロの方を見ている時間が長くはあるが、やたら人懐こい黒猫がいるといわれたリビングの方も見やる。


「別に行って良いぞ……。医者も痛み止め飲んで、安静にしてりゃ良いっつってたしよ……」


 迷いに迷っているヨルへ、目が覚めたザクロがリビングの方へと後押しした。


「じゃあその、お願いしますね」

「任された」


 とても申し訳なさげにザクロ達を見ながら頭を下げ、ヨルは部屋から出て行った。


「とっくに起きてたけどよ、煙草吸うに吸えなくて困――」

「嘘だね」

「ダウト」

「チッ」


 悪ぶろうとしたザクロだが、頬が少し赤かったため、幼馴染み2人から即座に看破され顔をしかめる。


「……お前ら、ピエロとっ捕まえて敵討ちでもしようとしてるだろ」

「してるはしてるが、搦め手で行くからヨルちゃんやミヤコの事は安心しろ」

「そいつぁ良かった。いてて……」


 半身を起こそうとしたが、肋骨ろっこつに痛みが奔ったため仕方なく横向きになって、サイドテーブル上にあった煙草に電子ライターで火を付ける。


「そんなんでもヤニは吸うんだから恐ろしいもんだよな」

「そうそう」

「お前らが言うな」


 煙管きせるに葉煙草を詰めているバンジと、葉巻の先をカットしているアリエルへ、ザクロはジト目を向けつつ煙を吸い込んだ。


 着火するところまで行った2人は、それぞれタブレット端末を開いて念のため追加情報が無いかを調べにかかる。


「……なんつうかこう、前もこんな事あったな」


 部屋が各自の煙でモクモクし始める中、ザクロは2人の作業用音楽とばかりに思い出話を始める。




『なんだよ。雁首がんくびそろえて来やがって』


 ザクロは『NP-47』内の病院にて、右腕と脚がギブスで固定され、あちこちに包帯が巻かれた状態で目が覚めた。


『そりゃそんな重傷となりゃ心配して来るだろ』

『そうだよ。全く』

『レイは?』

『感謝より先にそっちかよ。そこで寝てる』

『レイさん、3日間ほぼ寝ずにそばにいたんだよ』

『オレ、3日も寝てたのか……』


 いつも丁寧に手入れしているはずのレイの腰まである髪が、まともにコンディショナーしていないせいでボサボサ気味になっていた。


『……。――ザクロッ!』

『おお、なんだ。ビックリしたじゃねぇか』

『良かった……』

『大げさだっつの』

『――お、大げさなわけないでしょ! あなた、頭からなら死んでたぐらい危険な高さから落ちてるのよ! いったい、人が、どれだけ……』

『うーわ泣かせた』

『ひでえヤツだな』

『お前らは便乗するな! すまんレイ。今度から気をつけるからよ……』

『……信用出来ないわね。次から私もついていくわ。これでも一応武芸は皆伝レベルよ』

『まてまてまて。その程度じゃどうにもならねぇことだってあんだぞっ』


 泣き崩れて俯いた次の瞬間から、レイは涙目ながら覚悟を決めた目でそう宣言して、ザクロが動かせる左手をわたわたさせて止めようとする。


『来るなって言っても勝手についていくから。それで私が危険な目に遭ってもいいの?』

『斬新な脅しをかけるなっ』

『素直に連れてけよ。絶対譲らねえぞこの子』

『ザクロの後ろの方が安全だろう?』

『他人事だと思いやがって……』

『じゃあ決定ね。置いて行ったら食い逃げして私に前科つけるから』

『わーった! レイ、お前味を占めてんじゃねぇよ!』




「そんときの狼狽ろうばいっぷりは傑作だったな」

「そうそう。動けるようになってしばらく、背後霊みたいにつきまとわれたんだっけね」

「笑ってんじゃねぇよ。下手にアホ面もかけなかったんだぞ」


 3人は思い出話の最中、当時と変わらないにぎやかなやりとり繰り広げ、ゲラゲラを笑いながら紫煙を燻らせる。


「……はーあ。やっぱ寝転がってるだけは性に合わねぇや」

「つったって、その状態でお前に何ができんだよ」

「大人しく寝てなって。ザクロは脳筋なんだからやれることなんかないよ」

「おいこらアリエル! だーれが脳筋だって?」

「ごめんて」

「そうじゃないにしても怪我治さねえと仕事も出来ねえだろ。アタシらに任せろって」

「マジですまねぇな……」

「良いよ。私ら、君にどれだけ助けられたと思ってるんだか」

「一生かかっても返しきれねえからよ」


 元気に半ギレしていたザクロは、急にしおらしくなって礼をいうと、2人からサムズアップと共にそう帰ってきた。



                    *



 散々おもちゃで遊んでご満悦のケットシーが膝の上にいても、ヨルは全く浮かない顔でため息を吐いていた。


「よーし出来たよ5機……、ってヨルとケットシーだけかい?」


 作戦の要となるアイテムを予告通り完成させたミヤコは、取っ手付き箱を手に機嫌良くやってきたが、1人と1匹では大した驚きを得られずにちょっとションボリした。


「あ、はい。メアさん達ならクローさんのお部屋です」

「サンキュー」


 気を取り直して2人の驚く顔を求め、ミヤコはザクロの船室へと入った。


「出来――ゲッホゲホッ」


 だが充満する煙草の煙吸い込んで大いにむせ、喫煙者3人は慌てて煙草の火を消し、バンジが強制換気ボタンを押した。


「本当に3時間で5機作ったよこの子……」

「あの部屋は工場にでもなってるでござるか……?」

「ほー。仕事が早いじゃねぇの」

「ああ。頑張ったからね」


 あまりの異次元な早さに恐怖すらする2人に対し、ザクロは純粋に称賛してミヤコは満足げに笑ってうなずいた。


 ややあって。


「まあ、ざっくりいうとこんなスペックさ」


 ミヤコが説明した高精細カメラ付きドローンの性能は、手動やプログラムで5台が動くだけでなく、自分で判断して隠れながら発進地点へ帰ってくる上に、設計上銃を搭載可能というものだった。


「廃材と3Dプリンターでなんでこんなもんが作れるんだお前……」

「見た目が悪いからまだまださ」

「わぁー……。こんな小さな中にそんな機能が……」


 車椅子で運ばれてリビングへ来ているザクロも、流石にその変態的な性能に引いていた。


「末恐ろしいなぁ……」

「健全な精神が育って本当に良かったでござるな」

「ばーちゃんに感謝だな」


 幼馴染みトリオが、ミヤコのバケモノじみた才能をまだ人の枠に収めた、草葉の陰のミヤビ博士へ手を合わせる中、


「どうやったか訊いてもいいですか?」

「記憶媒体に書き込んだんだよ。読み込み装置は大した大きさじゃないからね」

「えっ、どれですか」

「このカマボコみたいなやつさ」

「市販品より小さいですねぇ。流石ミヤさんですっ」

「いやいや。ボクが理論を構築したわけじゃないからね。祖母がやろうとしていた事だし」


 ヨルはまじまじと機体を見つめ、謙遜して照れるミヤコを大絶賛する。


「とりあえずさっさとカタを付けようぜ」

「うん。試験飛行を済ませたら作戦開始だ」


 放っておくと話の終わりがいつになるか分からないため、ザクロが強制的に中断させてミヤコは箱を手に甲板へ向かった。


 試験飛行は概ねスペック通りの数字が出て、早速予想出現ポイントに1機ずつ偵察へ向かわせた。


「1人で3機とか良くやるねぇ……」


 ゴーグルを付けたミヤコは地べたに座り、ホログラムモニターを併用して鼻歌交じりに3機全ての操縦と映像の観測を思考操作でする。


「お、いたいた。西壁3番地のリサイクル工場の外れだ」


 1時間ほどでピエロを発見し、1番遠くのゴミ捨て場を見ていた機体を帰投させ、それ以外をそこへと急行させた。


「うーん、スタンドアロンだね」

「じゃあやっぱ直にいかねぇとどうにもならねぇな」

「うん。用意しておいてよかったようだ」


 ミヤコは1機をわざとピエロの前に飛ばして、ロックオンレーザーを静止状態のそれに照射する。


 それを検知したピエロが動き出し、破壊するために腕を振りかざすが、ミヤコの絶妙な操縦によって最低限の動きで回避する。


 ゆらゆらとランダムな挙動で腕を振るうピエロだが、ミヤコはハッキングで鍛えられた凄まじい反応速度で全てを回避していく。


 監視カメラ映像でそれを見る幼馴染みトリオは、それぞれが達人級の空戦の腕を持つが、遠隔とはいえ自身らをはるかに超える挙動にあんぐりしていた。


「近づけねぇじゃねぇか。どうすんだ」

「まあ見ていておくれ」


 口元に笑みを浮かべてスイッチングすると、ピエロのうなじにあるジャックにドローンから発射されたプラグが突き刺さる映像が映った。


「なるほど。囮でござったか」

「えっ、あれだけのことしてて同時進行を?」

「まあミヤならできるわな」

「ですね」

「君ら基準おかしくなってない?」


 アリエルが4人を見渡すと、本人を筆頭にして画面を食いる様に見ているだけで全く動揺していなかった。


「さてと、なんのシステムを――あれ?」


 最後にウィルスを流し込んで終わり、という段階だったが、判別ソフトが適合するシステムが検知出来なかった事を知らせるダイアログを吐いた。


「これは参ったね……。一時撤退させるしかないかな」

「んなことしたら流石に移動するんじゃねぇか。ロボつってもそのくらいは判断すっだろ」

「分かってはいるんだけれど、バッテリーも無限じゃないし……」


 無論手を止めているわけではなく、手動でシェア数%以下のシステムを探すが、ほとんど雲を掴むような状態だった。


「――製造番号って分かりませんか?」


 流石のミヤコも焦りを見せる中、ヨルがおもむろに彼女へと訊ねる。


「そうか、統一規格なら額に表記されているはずだね」

「帽子で隠れてるでござるな」

「まかせておくれ。上手く行けばいいんだけれど」


 その一言で突破口を見いだしたミヤコは、近くで待機していた機体を空中で横倒しにして、高速で黒ずんだ二股の帽子へと突貫させた。


 ぶつかると小爆発して、帽子を燃やしながら吹っ飛ばした。


「お前爆弾積んだのかッ!」

「ヤバいでござるよそれはッ」

「おお。ボクも意図せずに爆発させられるんだ……」

「おいコラ喜んでんじゃねぇよ! それよりどうなんだ!」


 常人では分からないところで歓喜の笑みを浮かべるミヤコを一喝して、ザクロはもう1機のカメラで捉えたその番号を表示させる。


「Hu-01! ヒュウガ電力重工の警備ロボットです! 博物館にあったのになんでこんなところに……?」

「っていうと、あの有名なお値段国家予算ロボでござるな」

「よし、ならHuシステムだ! ヨル! オールリセットコマンドは分かるかい?」

「ええっと……。共通なので分かりますけど、128桁あるので打って良いですか?」

「構わないよ! でも多いね!」


 Huシステムをコピーした媒体を接続しつつ、ミヤコはヨルに物理キーボードを渡して、自分は代わりにホログラムキーボードで入力する。


「国家予算ロボってなんだよメア」

「ネジ1本までハンドメイドにこだわったせいで、採算ラインが1兆円になって1つも発注が来なかった迷品でござるよ」

「やっぱバカじゃねぇの?」

「ちなみに無駄な部品や戦闘用ソフトが多い分、3Dプリントでまかなっても8千億になる計算でござる」

「ねぇのじゃねぇ。バカだな」


 忙しく作業する2人の後ろで、ザクロはストロー付きカップで水を飲み、首を横に振って呆れた様子を見せる。


 ヨルが入れたコードを送信すると、ピエロは動きをピタリと止め、直立すら出来ずに転倒してしまった。


「なんとかなったね」


 完全に初期化されている事を確認すると、一仕事終えたミヤコは仰向けに寝そべって満足そうな顔をしていた。


「回収に行くでござるよアリエル殿」

「了解」


 バンジは歓喜に浸るような事もなくアリエルに言い、彼女は膝の上で伸びていたケットシーをどかして、2人は懸賞金を得るために機体の回収へ向かった。

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