ピエロ・イン・ガーベージ 6

 ややあって。


「これにしましたー」


 ヨルがたっぷり悩んで選んだものは、お揚げが薄っぺらいきつねうどんだった。丁寧に手を合わせてから、ガテン系御用達のそれをかなり上品に食べる。


「……なあヨル」

「はい?」

「お前、オレと一緒に飯つったら、どれが真っ先に思いつく? ホットドッグ以外で」

「それはもちろんこのおうどんですねー」


 ザクロははたと良くない事に気が付いた様子で、目を少し開いてつばを飲み込んで訊くと、ヨルは全く悩む事無く良い笑顔で即答した。


「マジかよ……」


 やっちまった、とザクロは声に出さずに言うと、頭を抑えつつ背中を丸めてうめき始めた。


「???」


 唐突なザクロの行動に、ヨルは訳が分からなそうに目を点にして、


「どどどど、どうされたんですかっ!?」


 キョロキョロと周りを見渡した後、具合でも悪いのか、とわたわたしながら訊ねた。


「いや、なんでもねぇ」


 スン、と落ち着いたザクロは額を抑えながら、腰を浮かせたヨルへ手のひらを向けて制する。


「そうですか……」


 心配そうにはしているものの、ヨルは席に座って食事を再開した。


「クローさんはホットドッグですか?」

「ん。まあな」


 気を取り直したザクロは、よっこらせ、と言って立ち上がるとホットドッグの自販機へ真っ直ぐ向かった。


 ザクロがホットドッグを購入して戻ってきた頃には、ほとんど食べきっていて蓮華で汁を掬って飲んでいた。


「私、たまに思うんですけれど」

「おう」

「こういうところで食べるこういうものって、なんか美味しく感じちゃうんですよね」

「……思い出とかそういうのが乗っかるから、とか?」

「そうですー」

「そ、そうか」


 非常にほんわかした笑顔から繰り出された、決定的なヨルの言葉に、ザクロはやや引きつった笑みを浮かべつつホットドッグを口にした。



                    *



 そんなこんなとのんびりしていたら、何の前触れもなく店の前の道路とその上空で、南壁方面へと次々『ロウニン』達が通過していった。


「なんだ?」

「なにか儲け話でもあったんでしょうかね?」

「あんな大人数?」


 急激な流れの逆流にザクロとヨルが困惑していると、


「や。厄介な渋滞は無くなったかい?」

「お前の仕業かミヤ」


 通信端末に映像付き通話が掛かってきて、ミヤコが開口一番ネタばらしをしてきた。


「きっとお困りでござろうと思うてな。偽情報を流したでござる」

「なんだメアの入れ知恵か」



 ミヤコの後ろから、ひょっこりと怪しげなサングラス顔を出したメア――またの名をバンジは、


「なんだとは張り合いが無いでござるなぁ……」


 ダブルピースを見せてドヤ顔をしたがさらっと流されて、上体だけこける動きをした。


「つかお前ここにいたのか」

「情報は鮮度が命ゆえ」

「まあそれはどうでも良い。なんか例のピエロの情報でもあったのか?」

「いやあ、オフに仕事の話をするのは無粋でござろうよ」

「そりゃそうだな」


 じゃあ言わなくて良い、とザクロは言って、殺人ピエロの話を切り上げて通話を切った。


「そんじゃま、とっとと捨てて帰るぞ」

「はいー」


 ヨルが残り汁を回収機に入れて樹脂の丼を返却すると、トラックに乗り込んでスカスカになった道路を快適に進んで行く。


「いや、だから地球圏の車検通ってるし、一時労働ビザも持ってるっての」


 かに思えたが、あまり優秀でない警官にネチネチと職務質問をかけられ、かなりのタイムロスになってしまった。


 ゴミ捨てついでに判定不能なものを査定したが、生ゴミぐらいの価値しかなかったため買い取り拒否された。


「だっしゃおらッ!」


 ゴミ捨て場に到着したザクロは、そんな価値のないきったない形のツボや皿を陶器捨て場へ荷台からぶん投げていた。


「これ、触っただけで怒られたんですよね……。父の作った物らしいので……」


 少し怯えている様子のヨルは、バットで殴られているゴム毬みたいな花瓶を、ザクロへおっかなびっくり渡しながら半分独り言を漏らす。


「よし。じゃあ、ぶっ壊しちまおうぜ」

「良いんでしょうか……」

「ヨルの持ち物だろ。思い切り行け」


 ザクロは非常に悪そうな笑みを浮かべて、受け取った花瓶をヨルに渡した。


「何ごとも経験ですねっ。えいっ!」


 立ち上がったヨルは、ザクロに乗っかってそうは見えない精一杯悪そうな笑みを作って、全力で捨て場へとテイクバックがない上投げで放り投げた。


「あっ」


 当然、ほとんど飛ばずに車体の横へ落下して割れた。


「こう投げるもんだぜ」

「なるほど」


 仕方ねぇな、といった様子でザクロはヨルの手をとって、ゆっくりと動かして下投げを教えた。


 もう1つ同じ物を投げると、今度はしっかり山の位置まで届いて豪快にかち割れた。


「なんかこう、自由って感じがします……!」

「そりゃよかった」


 ヨルはなんだか楽しくなって、次々と小さな物を放り投げていき、ザクロと一緒にほぼ全て投げ捨てた頃にはもうおびえは全く無かった。


「さぁて、帰るぞ」

「あ、はいっ」


 その晴れ晴れした表情を見たザクロは微笑むと、そう言って先に荷台から降りてヨルを支える為に待ち構える。


「慎重に降りろよー。転んだら怪我じゃ――」


 そのせいで、運転席側から凄まじい速度で走ってきた人影に気が付かず、ザクロはタックルをくらって吹っ飛ばされた。


「な……」


 何とか空中で体勢を整えて、そのぶつかってきた人影と向き合おうとしたが、もう目の前まで来ていてザクロは腹に膝蹴りを食らって、身体がくの字に折れて砕石に突っこんだ。


「クローさんッ!」


 ヨルは慌てて銃を抜こうとしたが、取り落として地面に落下した。


「あッ! がッ!」


 その間に、ザクロは片手で胸ぐらを掴まれ、元は派手な色だったボロ切れをまとった人物に引き起こされて体幹部に何度も殴打を喰らう。


 力を入れてなんとか逃れようとするも、すぐにダメージが響いてだらりと脱力した。


 完全な無抵抗状態になったザクロに、その人影はもう1発殴打を見舞おうとしたところで、


「な、なんでこんな事するんですかッ!」


 ヨルが恐怖のあまり涙を流しながら、破れかぶれでその腕を掴んだ。


「……」


 しかし、ヨルの軽い身体は簡単に持ち上げられてしまい、右を向いた人物の眼前へと連れて行かれた。


 ――その顔は、鼻と目と口の周りがド派手な青色に塗られた、ピエロそのものだった。


「もう止めてくださいッ!」

「ヨ、ル……」


 ザクロを手放した〝殺人ピエロ〟はその手でヨルの襟首を掴んでつり上げ、足元でもぞもそと動く彼女の事をまるで無視して、ヨルの恐怖を押し殺したにらみ顔を観察する。


「……」

「……?」


 しかし、ピエロはそのままピタリと止まって動かなくなった。


「ウガーッ!」


 ザクロはその隙を逃がすまい、と意味の通らない叫び声を挙げてヨルを宙づりから救出するも、ダメージのせいでそれ以上は動けず崩れ落ちた。


「ザクロッ!」


 再びピエロが動きださんとしたとき、ブルーテイルに乗ったバンジがすっ飛んできて、機関銃の銃口でぶん殴ってピエロを吹っ飛ばした。


 ゴミ山に突っこんで向こうに抜けたピエロをバンジは追いかけるが、死体はおろかその姿すら無く、ぽっかりとマンホールの穴だけが空いていた。


 近くにあったコンテナをマニピュレーターで持ち上げて塞いでから、ザクロたちの所に戻った。


「クローさん! しっかりしてください!」


 意識を手放してぐったりしているザクロの手を握って、ヨルは涙をボロボロこぼしながら必死に呼びかける。


「動かしたらダメだ!」


 着陸させたブルーテイルの丸形コクピットから飛び降りたバンジは、キャラをかなぐり捨ててヨルの手を離させる。


「うわああああッ! クローさんが死んじゃいますッ! わ、私どうしたらッ!」

「静かに! ……よし、心臓は動いてるし脈も打ってる……。呼吸と内蔵も大丈夫そうか……」


 バンジは錯乱して大騒ぎするヨルを一喝して黙らせ、素早くバイタル類を分かる範囲で確認し、念のためAEDを装着して電気ショックが不要であることを確認した。


 直後に、トラックのドライブレコーダーで映像を確認していたミヤコがあらかじめ呼んでいた、市警察機動隊と救急隊が駆けつけてザクロを搬送していった。



                    *



 ザクロの意識も担ぎ込まれたところでひとまず戻り、複数箇所の骨のヒビと擦り傷と切り傷と打撲以外は特に何の問題もなかった。


 そのため、何かあったら駐艦場の診療所へ連絡するように、と遠隔のバイタルメーターを付けられた状態で数時間後には帰された。


 バンジはずっと素の状態で非常に苦々しい顔で俯きながら、奥歯を噛みしめてソファーに浅く腰掛けていた。


 その向かいで、ミヤコが管理局サーバーに潜り込んで、ピエロが映っている監視カメラを捜索していた。


 ヨルは包帯まみれのザクロに付き添って、今は眠っている彼女の船室でその手を握っている。


 重苦しい無言の空気が流れる中、バンジの通信端末に彼女とザクロの幼馴染みである、アリエル・イケダから通信がかかってきた。


「ザクロはどうなった!?」


 彼女らしからぬ慌てふためきぶりで、全部すっ飛ばしてバンジに訊き、ザクロの様態を伝えられるとひとまず1つ息を吐いて安堵した。


「で、お前今どこにいる?」

「すぐ隣だよ」

「は?」


 背後がどうみても艦のコクピットだったためバンジがそう訊くと、思いがけない答えが返ってきて、彼女が外を見ると隣の駐艦スペースに黒い改造ミサイル艇が着陸していた。

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