クラッキング・ウイズ・メイド 6

「よし、侵入した……。投下システムはどこかな……?」


 ロザリアに一切気が付かれないまま、まんまと侵入したミヤコが内部をあさっている内に通常空間へのワープアウトが秒読みになった。


「うん。とりあえずこれで良し、っと。クロー、出たら通信回線全部切っておくれ」

「おう」


 メインの方の機体とサブの方のそれをミヤコが、痕跡を消しながら撤退し終えたところでワープアウトして通信が切断された。


「おっと」


 その瞬間、思いのほか距離が詰まっていたため、ザクロは右に急旋回してステーションから距離を取った。


 正面に待ち構えていた『連合国』『連邦国』の正規軍が、ワープアウト直後からステーションの巨体に向けて一斉砲撃を開始した。


 しかし、ゲートに気を遣って出力が出せず、バリアと装甲に全てが弾かれた上、ロザリアが通信用回線から侵入して全艦の制御系と火器管制系をクラッキングして黙らせた。


 その光景を目の当たりにして周辺の艦船が通信を遮断したため、艦隊は組織的行動が取れず、命知らずの『ロウニン』達も激しい対空砲火に攻めあぐねていた。


 ミヤコの言った通り通信回線を遮断していたソウルジャズ号も、その影響を受けずに地球上空へ向かうステーションを追いかける。


「クロー。投下システムの事だけれど、スタンドアロンのシステムだったよ。つまり、投下を止めるには直接乗り込むか船体を破壊するしか方法がないんだ」


 ゴーグルをつけたまま、ラムネでブドウ糖を補給して一息入れているミヤコは、覗き見たデータからそう結論を出した。


「ほう。スタンドアロンでありながら、制御系に強制命令が出来るのでござるか……」


 バンジは、その際にコピーしたデータを見てボソッとそうつぶやいた。


「乗り込む一択なのはいいけどよ、あの弾幕避けて行ったら間に合わねぇぞ」

「そこは大丈夫。仕込みをしておいたからね」

「ミヤがそう言うならなんとかなるな」


 さしものザクロも弾幕の密度にやや躊躇ちゅうちょするも、ミヤコは自信ありげな様子を見せ、先程までの手腕を見ていたザクロはそう言って、運転席の背もたれに掛けてあった船外用のヘルメットを被る。


「じゃ、3、2、1で通信を接続しておくれ」

「了解」


 キーボードを構えつつ頼んできたミヤコに従い、ザクロはカウントダウンをする。


「さて、後は――」

「……ッ!」

「一方的に見えているだけだから声出して良いよ」

「そうですか……」

「つか、ガチでメイド服着てんだな」


 0と言うと同時に回線がオンラインになると、『神の種子』管制室のカメラ映像と音声が艦橋のホログラムモニターの画面に出力された。


 ミヤコの仕込みというのは、制御系と火器管制系に忍ばせた隠しファイルの事で、ミヤコの端末に自分から警戒網を避けた回線を確保するものだった。


「よし、ちょっくら行ってくる」

「わ、私も」

「留守番してろ。乗せるところがねぇ」


 ザクロはすっくと立ち上がり、一緒に行こうとするヨルをそう言って制止し、バンジに操縦権を預けてから1人格納庫へと駆け下りていった。


「……うう」

「あれは言葉通りでござるよ。ヨル殿が邪魔とかそういう意図はないでござる」

「そうですか……」

「流石に付き合いが長いと、そういうことが分かるものなのかい?」

「うむ。――クロー殿は、昔から自分の気持ちを1人で抱え込むクセがあるでござるからな……」


 ザクロの代わりに操縦桿を握り、ため息交じりにそう言ったバンジは、


『何こんなとこでボサッとヤニ吸ってんだ』

『……』

『オイ』

『んだよ。来たなら声かけろ』

『かけただろうが』

『……そう、だっけか?』

『あのなあ……』


 遠い目をして、ザクロが相棒を失った日にも『南』旧後部艦橋喫煙所から見た、すぐ眼下の蒼い地球を見やった。


「お嬢様……、私めはやっとここまでたどり着きました……。これで、仕上げとさせていただきます」


 そう独白を始めたロザリアだが、復讐を遂げようとしているはずの人物にしては、


「あそこに住まう者達は、あなたが暴いた巨悪をうやむやにする事を良しとし、挙げ句の果てに悪事に加担しておいて、我々は被害者であるといけしゃあしゃあとしている。

 奪う者は奪われる覚悟をもっているはずでしょう。ならば私から親愛なるあなたを奪った様に、愛する土地を奪われる事でその報いを受けるべきなのです」


 その表情には深い悲壮感が滲んでいた。


『レイ。そんなに毎日地球アレを見てて飽きないか?』

『宝石だって、毎日見ても飽きないでしょう? それと同じよ』

『ふーん? そんなもんかね』

『そんなものよ。私にとって、あの星の蒼さはお気に入りの宝石なの』


 『南』の喫煙所で背中合わせにベンチに座り、うっとりした様に話すレイの声と体温が、フライフィッシュⅡのコクピットに座り、独白を聴いたザクロの脳裏によぎった。


「出るぞ」

「了解でござる」

「オーケー」

「クローさん……。どうか、ご無事で」

「オレを誰だと思ってんだ? 任せろ」


 威勢良く返事を返した2人に対して、小さく揺らいで不安げなヨルの声に、ザクロは穏やかな、それでいて力強い声でそう言って通信を一度切る。


「――なあレイ。オレのエゴで、やっこさんの復讐ふくしゅうを止めちまって良いんだろうか?」


 悩んだ様にぼそっと独りごちたザクロは1つ深呼吸をし、開いた隔壁の向こうに見えるあおい星と、その手前に浮かぶ復讐者の船を真っ直ぐ見据える。


 やがて、前後にそれぞれ大小の翼を持つ、紅蓮ぐれんに塗られた戦闘機がビーム弾の雨の中へと飛び込んでいった。

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