クラッキング・ウイズ・メイド 5

 ゲート内で戦闘を行うと、座標が乱れてどこにワープアウトするか分からなくなるため、ロザリアも追手達も火器を使用しないままゲート空間を移動する。


「おっ、早速お出ましだ」


 直後、ゲート空間内で座標を指定するための無線通信回線を通じて、ロザリアの端末からまかれたウィルスが防壁へ襲いかかってきた。


 ほとんどの艦船が、簡単に攻性防壁まで突破されて主機関の停止に追い込まれる中、


「逆侵入されている……?」


 ミヤコはマシンガンの様な打鍵速度でもって、その進入経路を割り出してロザリアの攻性防壁の目前まで一瞬でたどり着いた。


「相手もなかなかやるね。侵入に気付いたようだ」


 『フィールド』空間の検知用ラインをミヤコは巧妙にかわしていたが、ロザリアが空間のほんの僅かな揺らぎに気が付き弾幕に切り替わった。


 様々なパターンで飛んでくる、おびただしい数の青い弾に『フィールド』全体が埋め尽くされるが、ミヤコのアイコンはそのほんの僅かなスペースを掻い潜って右へと進んでいく。


「メア、これどうなったら勝ちなんだ?」


 横スクロールのシューティングゲームの様な画面が表示されるモニターを見て、その辺りに疎いザクロは、ミヤコの繊細な挙動に隣で唸っているバンジに訊く。


「あの戦闘機みたいものがミヤコ殿の回線の先で、あれが上画面の奥にある相手の『コア』に刺されば勝ちでござる」

「弾を喰らったら?」

「自機に被弾すれば『コスモメイド』クラスならば瞬時に経路を探られ、こちらが弾幕を作る側になるでござるな」


 あまりピンと来ていない様子のザクロは、ニコチンのリキッドパイプをくわえて操縦桿を握りつつモニターを見守る。


 現実空間では、ゲート空間内を『神の種子』とソウルジャズ号だけが単調に航行しているが、


「あんなん、現実でやられたらオレぁ避ける自信ねぇぞ……」


 サイバー空間では2人の天才ハッカーとクラッカーが、処理落ちする程の超人的な格闘を繰り広げている。


 ロザリアはパターンを変更し、サイズが2倍ほどある弾の間に通常サイズのそれを混ぜ、放射状に広がるパターンと集束するパターンを放つ。


 最も密度が上がる中央付近にいたミヤコの自機は、するするっとブレながら後ろに下がり、塞がる前に上端付近のほんの僅かに薄い部分へ移動した。


 その動きに合わせて超密度部分を調整するがあざ笑うかの様に避けて、下がった分の3倍はコアとの距離を詰めた。


「――な」


 さらにパターンを変更しようとしたほんの一瞬で、ミヤコは5枚あるうちの1枚の防壁を自機から特大の弾を放って破壊していた。


「……撃ち返していたッ?」


 ミヤコは大きな敵の弾に混ぜてオプションと呼ばれる光球を操っていて、気が付かない程度の速度で相手の防壁強度を一撃で破壊できる数値に削っていた。


 ミヤコの防壁には、普通は見えない相手の耐久値を数字化するウィルスが組み込まれていて、最初に攻撃を仕掛けた際にロザリアの伸ばした『腕』に感染させていた。


「これか……」

「んん。気付いたかい?」


 ロザリアはその『腕』を切り離して、ミヤコ側から耐久値の数字が見えなくなった。


「でも甘いよ」


 しかし、先程打ち込んだ弾に、全く別の組み方で同じ結果が得られるウィルスが組み込まれていて、すぐにその表示が復活した。


「正攻法は通用しない……、か」


 それには気が付いていないが、ロザリアは攻性防壁1枚の防御性を犠牲にして、画面中央へ棒状に伸ばし通常サイズの弾幕の発射点を中央に1つ増やした。


「面白いね」


 ミヤコはそれを見ても焦ることは一切無く、あろうことか前に突っこんで防壁の裏側に潜り込んだ。


「な、んだと……?」


 防壁の外と防壁へは弾を打てない仕組み上、そこは安全地帯になってしまい、ミヤコは第2防壁より先に第3防壁を攻撃して破壊した。


「これで3枚抜き……。バケモノめ……」


 ロザリアは『禁則処理』を外して防壁に弾を撃って自壊させるが、ミヤコはその隙を突いてさらに第4防壁を破壊していた。


「あれプラグじゃねーじゃねぇか」

「普通は撃ち返せないんだよ。避けるのは忙しくてそんな暇は――ないからでござる」

「……? 野球で例えてくれ」

「170キロのビーンボールをバックスクリーンに打ち込むぐらいの神業でござる」

「そんなにか……」


 間接的にザクロを驚愕させたバンジは、画面の向こうのロザリア同様、笑みまで浮かんでいるミヤコの腕に末恐ろしさを覚えていた。


「船長! 地球宙域到着まで後どの位かな?」

「おう。あと5分が良い所だな」

「了解」

「どうした?」

「タイマーかけようかと思ってね。思考操作を使うと時間感覚が曖昧になっちゃうからさ」


 ミヤコはザクロの答えを聞いてから、ゴーグルの右耳上にあるボタンを押した。


「やっぱりつながった」

「デ、デュアルタスク……ッ!?」


 すると、ホログラム画面が横に分割され、もう1つの『フィールド』が現われた。そこを動いているのは弾幕ではなく、通常防壁の検知用ラインだけだった。


「なんだこりゃ。バグか?」

「クロー殿、声を抑えて」

「お、おう。……説明たのむ」

「端的に言うと、ミヤコ殿はこのふね旧式位置情報回線サブチヤンネルを使って、相手のそれ経由で制御系本体にアクセスしているでござる」

「なんでそこ塞いでねぇんだ?」

「塞いだら位置が確定できないでござるからな。まあ人力で検知できない事は無いでござるが――」


 話を一度止めてバンジがホログラム画面を見やると、残り1枚を死守して先程よりも過密な弾幕をロザリアが張っている様子が見えた。


「あの状態だと無理だな」

「その通りでござる」

「で、なんで避けながらミヤは思考操作でラインを避けられんだ?」

「さあ……?」


 上下で完全に別々に動く機体と、変わらない怒濤どとうの勢いで打鍵する音が聞こえる中、


「――ッ。ク、クローさん……」


 気絶していたヨルが目を覚まし、泣きそうな顔でザクロの顔を見た。


「安心しろ、ってのも違うかもしんねぇが、一般人には被害は出てねぇぞ」

「そうでしたか……。ここは?」

「地球へ向かうゲートの中だ。ミヤコが忙しいから静かにな」

「……なるほど」


 ほんの少しだけ苦しさが緩んだヨルは、モニターと打鍵音で状況をだいたい察すると、立ち上がって木星があるはずの後方に黙祷もくとうした。

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