クラッキング・ウイズ・メイド 4

 その数分後。


「あん? ワープアウト警報?」


 ガニメテ上空宙域にある、木星第2ゲート近辺にいるソウルジャズ号へ、本来くるはずも無いワープアウト警戒情報が届いた。


 怪訝けげんそうな顔をしながらも、ザクロは艦を動かしてその範囲外へと移動した。


「いったい何の騒ぎだい?」

「そんな大きな船の航行予定ってありましたっけ?」

「昨日出発した系外惑星探査船団でござろう。それならば何かトラブルでもあったんでござろうな」

「うへー、初っぱなからトラブルとか縁起でもねぇな」


 なんだかんだ言いつつも、その巨大船に興味津々の4人の目の前に現われたのは、


「お? なんだぁこりゃ」


 ソウルジャズ号の数十倍ほどのサイズがある、濃紺色のガトリング砲型の超巨大武装ステーションだった。


「えッ!?」

「ま、まさか……、そんな……」

「『神の種子』でござるか?」

「なんだそりゃ」

「この筒の中にタングステンの杭が入っているんですが、それを地表に投下して環境を変更する衛星兵器なんです! 確か太陽に廃棄されたんじゃ……」

「お、おう。詳しいな。具体的にはどう変更すんだよメア」


 一息で説明しきったヨルに、ザクロはやや圧倒されつつ隣のバンジへさらに訊ねる。


「元々は、砂漠化を食い止めるために水を吸って蒸散させ、雨を降りやすくしようと考えた改造つる植物でござる」

「それがなんで兵器扱いの上に封印されてんだよ。そりゃあんなクソデカイ杭が落ちたら洒落にならねぇだろうけどよ」

「いやあ、実はこの植物、1日で10メートルほど成長し、1週間ほどで枯れてタンポポの様にタネを飛ばし、自ら赤い色の土に帰る性質があるんでござる」

「ほう」

「が、植物の根から同種のつる植物以外を駆逐する、赤色の成分がしみ出すのでござる」

「……なんとなく分かったぞ」

「お察しの通り、1ダースも落とせば1年後には地球全体一種で覆い尽くし、水や大地は海水まで含めて真っ赤っかになるのでござるよ」

「洒落にならねぇなオイ。けど燃やすとか薬剤をくとかすれば良いんじゃねえの?」

「いやあ、尋常では無い難燃性と薬剤耐性と防虫性、ついでに被食対策のため葉に凄まじい渋みもあるんでござる」

「そりゃ兵器扱いされらぁ……」

「ちなみに杭を質量弾代わりに砂を吹っ飛ばして、下の土を露出させるんでござるよ」

「いや、最初からバンカーバスター代わりに使う気満々じゃねぇか」


 ザクロがバンジから説明を受け、ヨルがボンヤリと見つめ、ミヤコが写真を撮りまくっていたそのとき、


「おい、投下してないかアレ?」


 ソウルジャズ号の目の前にある、小惑星が衝突して歪んでいる投下装置から杭が勢いよく飛び出し、ガニメテ第8市めがけて落下していく。


 近くにいた『連合国』サイドのコロニーの艦が迎撃を試みるも、ミサイルと機関砲では杭を止められずそのドームに突き刺さった。


 すると、地面がボコッとひび割れながらめくり上がり、北へ細長く突きだしていた作業員住居がある部分以外がクレーターと化してしまった。


「なんという……」

「ま、街が……」

「ッ――」

「おい、しっかりしろヨルッ!」


 その余りの破滅的な光景にバンジとミヤコすら青ざめた顔をして、ヨルに至ってはショックの大きさから失神し、1人だけ冷静なザクロがとっさにその背中を支えた。


 それを確認した超巨大ステーションは、地球方面へと向かう木星第1ゲートのある方向へ悠然と去って行こうとする。


「メア! ヨルを頼む!」

「おう!」


 ザクロは戦慄の表情を浮かべると、気を失っているヨルをバンジに預け、再び航行を始めたステーションを全速前進で追いかける。


 『連合国』と『連邦国』のそれぞれの友軍も、ソウルジャズ号より早く駆逐艦や軽巡宙艦、コルベット艦他が至近距離で砲撃をしながら追跡するが、


「うおッ」


 ステーションの登載兵器群の雨あられを浴びて軽くあしらわれた。


「チッ。下手に追い越せねぇなオイ……」


 ソウルジャズ号にもメガクラスビーム砲の至近弾がかすめ、ザクロはエンジンノズルへの攻撃をやむなく断念し、その射程圏外からの追跡に切り替えた。


「メア。第8市の被害はどんなもんだ?」

「全人口300名の内、作業員280名にはほぼ被害なし。ドーム地下に住むブルーウェル他管理者の残り20名が行方不明――まあほぼ死亡確定でござるな」

「逃げたんじゃねえのか?」

「着弾寸前に、更衣室の防犯カメラをクラッキングしていたのぞき魔が、コトに及んでいた彼奴きゃつの存在を確認しているでござる」

「……。じゃあ間違いねぇな。植物の方はどうだ?」

「ああ、あれは保存状態が悪かったおかげで発芽しなかったようでござる」


 背もたれを倒した助手席にヨルを寝かせたバンジは、仲間の情報屋から共有された情報をザクロに伝えた。


「ミヤは大丈夫でぇじよぶか?」

「ボクは問題ないよ」


 ヨルの隣の窓際に座るミヤコは、ヘッドマウントディスプレイをして高速で膝の上にあるキーボードを打鍵している。


「んで、何してんだそれ」

「いやね? 妙に情報が少ないからちょっと潜ってるところで――おや、カロン警備隊が壊滅?」

「潜ってるってまさか地球連合軍サーバーにでござるか?」

「まさか。兵士の端末にだよ。ガイドブイ回線経由で出来るのはそこまでさ」

「それなら手間は少ないでござるが、十分まさかのレベルでござるよ」

「そうかな?」

「ミヤ殿は本当レベルが高いでござるなあ」

「で、何が分かったんだよ?」


 話が逸れ始めたので、ザクロは質問に答えるように促した。


「『神の種子』の出所さ。たぶん、冥王星基地の周りにでも隠してあったんだろうね」


 ミヤコはそう言って、冥王星警備艦隊の兵士が、管理職員の回収に駆り出された愚痴のやりとりしているチャットをホログラムモニターに映した。


「ひた隠しにするぐらいだから、しっかり管理していたんだろうと思うけど、それでもクラッキングしたとなると、あの船を動かしているのはロザリアで間違いないだろうね」

「地球連合システムに潜り込める腕となるとそうでござろう」

「ヤツを捕まえねぇと経費も無駄だし地球もやべぇか。全く、厄介な事になってきやがったな……」


 安全性を考えて距離を縮められないもどかしさに歯がみしつつ、ザクロは遥か前方のステーションを睨み付けた。

 さらにその前方数キロの位置に、赤いランプで位置を知らせる第1ゲートが浮かんでいる。


「これは個人的な興味でござるが、ディスプレイ見せてもらっても良いでござるか?」


 そんな艦長を後目に、バンジは接続を切って一息ついたミヤコへそう言い、ザクロの後ろを通って彼女の隣にやってきた。


「いいよ。基本汎用システムそのままだから企業秘密とかないし」


 ハッカーはほぼ確実に手の内を晒さないが、ミヤコは快くディスプレイのゴーグルをバンジに貸す。


「どれどれ」


 そこに映し出されていたのは、基本的にはロザリアがクラッキングに使った画面だったが、そのドットがモザイクに見える程の高精細なものだった。


 ちなみにミヤコのアイコンは、傑作空戦映画の主演戦闘機型ではあるが、実際の当たり判定は機体のど真ん中のほんの僅かな点になっている。


「――いや、ミヤコ殿、確かにベースは汎用でござるが、それ以外はほぼ別物でござるよ。拙者この様な『フィールド』を見た事ないでござるが」


 ゴーグルを頭から外して返したバンジは、そう言って目を丸くしていた。


「どうやってこれを開発したかという話は、祖母殿から聞いているでござるか?」

「とてもプログラミングを勉強した、って言ってたかな」

「流石は希代きたいの天才……」

「ははっ。だろう?」


 祖母が称賛されたミヤコはゴーグルを頭に乗せつつ、非常に上機嫌な様子で笑みを浮かべてそう言った。


「――さてと、これから忙しくなるね」


 その同性すらキャーキャー言わせる端正な顔立ちが、そう言うと共にスッと真顔になった。


 ベージュの船内服の上に羽織った、黒いジャケットから筒状の容器を取り出し、ミヤコはその中身のラムネ菓子を流し込んでボリボリと噛んだ。


「何がだ?」

「ワープゲート内回線から侵入されるでござるからな」

「そんなもん――ああ、ワープ空間内位置情報送受信回線の事か」

「正解。クローさん、艦のシステム落としたらごめんよ」

「再始動すげぇシビアなんだぞ、その自信なさそうなの勘弁してくれよ」

「何ごとも100%はないからね。これは保険さ」

「まあいい。頼むぜメカニック」

「最善は尽くすよ」


 他の『ロウニン』や各所の正規軍艦と共に、ソウルジャズ号はゲートへ進入した。

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