クラッキング・ウイズ・メイド 3

 諸々の準備を済ませた一行を乗せ、ソウルジャズ号はガニメテ宙域までやって来た。


 警戒されることを避けるため、降下はぜずにターゲットが潜伏しているガニメテ第8市の遥か上空に艦を停止させると、


「ヨル、ミヤ。下手すりゃ当分待つかもしんねぇけど大丈夫か?」


 ザクロは2階層船室のリビングにいる2人へ内線でそう訊ねる。


「問題ないよ」

「わ、私もです」


 彼女らの返事を聞き、あいよ、と返したザクロはコンソールを操作して通話を終えた。


「さてと、後は待つだけか……。かったりぃ……」

「まあまあクロー殿。釣りの様なものと思えば楽しいでござるよ」

「オレぁ釣りじゃなくて漁がしてぇんだよなぁ……」

「せっかちでござるなぁ」


 コンソールの前に浮かぶパッシブレーダーのホログラム画面を見つつ、ザクロはバンジと共に艦橋でロザリアが現われるまで待ち構えている。


 2人で煙草を吸っているため、やや煙たい空気になっている艦橋の正面に、まだ開発中の第8市中央にある銀色のドームが見えていた。


「つか、もう仕留めてて奴さんは雲隠れ、とかはねぇよな?」

「その辺りはご心配なく。何せ、彼女は殺害する直前に目立つ様に宣言するのでござる」

「あくまでも暗殺者じゃなくて復讐者、ってことか」

「そんなところでござるなぁ」

「は。ご苦労なこった」


 ザクロは自席から立ち上がると窓際にある欄干に肘を乗せ、太陽になり損なった巨大なガス惑星へ視線を向ける。


「別に、がやりたかったら協力はしてやるぞ」

「しねえよ、。オレとお前とアリエルだけならともかく、刹那的に動くにゃもう身が重すぎんだろが」

「重くなってる原因が、かたきの身内なのは何の巡り合わせだろうな」

「……関係ねぇだろ。……レイもヨルも何もしてねぇ」

「そういう人の良さ、アタシは昔から好きだぜ」

「別にアイツらに何も思わねぇ訳じゃねぇ。……正直、子まで殺したくなる程クズであって欲しかったぐれぇだ」

「残念だったな」

「よりにもよって、なんであんなに育ってんだよ。挙げ句、オレに好意を寄せるときたもんだ。ヨルのオヤジ共ヒユウガはお縄でレイのオヤジフレデリックは死んだ。オレはどこに挙げた拳を振り下しゃいい?」


 バンジに背を向けたまま、ザクロは乾いた表情で短くなった煙草を潰し新しい物に火を付けた。


「下ろしたきゃ下ろせよ。復讐するなら邪魔はしない」

「んなダセぇことするかよ……。もう遂げてもスッキリしねぇで、嫌な気持ちが残るだけな気しかしねぇんだよ……」

「……件のメイドの嬢ちゃんは、なにを思ってんだろうな?」

「そりゃお前の仕事だろ

殿。データで人の思いを正確には推し量れんでござるよ」

「そんなもんか」

「そんなもんでござるよ」


 2人は同時に煙草の煙を吸い込み、同時にため息と共に紫煙を吐き出した。


「……にしても、いつ『コズミックメイド』とやらはおいでなするんだ」

「『コスモメイド』でござるな」

「いいだろ、細けぇことは。伝わりゃいい」

「いや、コズミックの方は酒の銘柄でござるから。酒場でどこだとか言ったら瓶ビール出てくるでござるよ」

「じゃあ細けぇことじゃねえな」

「暇ならしりとりでもするでござるか?」

「お前は強すぎるからやらねえよ」

「つれないでござるなぁ」

「二重の意味でな」

「いや着いてから30分も経ってないでござるよ。まだ釣れてないの内に入らないでござる」


 艦橋に流れていた、先程のまでの重い空気感が吹き飛び暇つぶしのとりとめのない話が始まった頃、


「ついにこの時が来ましたね。お嬢様――」


 木星よりさらに遥か外側の冥王星宙域へ向けて飛ぶ、漆黒のデルタ翼宇宙戦闘機パイロットがそう独りごちた。


 ――その身にまとっているのは、クラシカルなメイド服型の船内船外両用服だった。


 やがて、戦闘機は冥王星上空宙域にたどり付き、その周辺に大量に浮かぶ小天体の1つにアンカーを打ち込んで固定する。


 この小天体群は、冥王星の開発に使用する水を補給するために、エッジワース・カイパーベルトから引っ張ってきたものだ。


 そこから数キロ先には、ガトリング砲の様な形状のステーションが浮かんでいて、翼の下にマウントされた筒からガイドブイを改造した小型無人機をいくつか放出する。


 小型無人機は小天体群に紛れてステーションに接近し、十数人の乗組員が駐留している内部に、無人補給機の中に紛れる形で忍び込んだ。


 内部ネットワークの接続ポートに機体の先を突き刺し、衛星のシステムにウィルスを流し込む。


 すると、そのウィルスによって偽の緊急警報が流され、乗組員は手順通り船外服を装備する。


「まーたなんかの誤発報か?」

「まったく、大した事じゃないんだから毎度鳴らすなよ……」

「なんとか音が切れませんかねぇ……」


 乗組員が確認作業に動き始めたそのとき、ステーション中のエアロックと隔壁の開放と同時に重力発生装置のスイッチが切られ、乗組員は全員外へ吸い出された。


 ステーションには自動迎撃機銃とメガクラスビーム砲が装備され、ステーションとは名ばかりの重装甲が施されていたが、制御系を掌握されては意味を成さず、漆黒の機体は悠々と船内に着艦する。


「今まで、ありがとうございました」


 コクピットから降りたメイド服のパイロット――ロザリアは、機体へ頭を下げると、自動制御でどこかへと飛び去らせた。


 無人のステーション内を歩いてコントロール室に到着すると、全ての隔壁とエアロックを閉め、持ち込んだ端末をコンソールに有線接続した。


 すると、横長四角の画面が端末のモニターに表示され、その左端に人が戦闘機型パワードスーツを装着した、メイド服のドットキャラのアイコンが現われた。


 直後、赤いラインと青い球の嵐が右側からそのアイコンへと襲いかかる。


 その僅か当たり判定が数ドットの隙間を掻い潜って、ロザリアが猛烈な勢いでキーボードを入力して操作するアイコンは、やがて中心に大きなコアを持つ双胴船の様な物と相対する。


 コアの前にある4枚の防壁を難なく破壊すると、むき出しになったコアにアイコンから出たラインを突き刺して、スタンドアロンのとあるシステムをクラッキングした。


 そして、長らくメンテナンス以外では沈黙していた、航行用のエンジンを始動させると、冥王星の衛星カロン上空にあるワープゲートへとステーションを進める。


「こちら地球連合軍! 地球連合軍! 乗組員は速やかに船体を停止せよ! 繰り替えす――うわああああ!」


 その巨体を、すぐさま地球連合宇宙軍カロン警備隊の葉巻型駆逐艦の艦隊が取り囲むが、登載兵器群が火を噴いて艦隊を半滅させた。


 残存艦と戦闘機が反撃に出るも、重装甲と熱線バリアに阻まれてしまい、お返しとばかりに対空砲火と艦砲の嵐を浴びて壊滅した。


 ロザリアがワープゲートを木星第2ゲートまでクラッキングし、リングギリギリのサイズの船体をゲートに潜らせた。

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