クラッキング・ウイズ・メイド 7

 即座に『神の種子』の火器管制系が自動でその機体へ砲撃と、無数の尾を引く対空ミサイルを放つが、


「2射目は許さないよ」

「く……っ。ここまで来て邪魔が……ッ」


 ミヤコが堂々と制御系と火器管制系をハッキングして、ザクロ機が飛ぶ左側後部の弾幕が消滅した。


 ロザリアは制御を奪い返そうとするも、ミヤコの物理・思考操作による猛攻の前にズルズルと『コア』へと後退していく。


 すでに放たれたミサイルがザクロ機を執念深く追い回すが、ザクロは細かく旋回することでミサイルを一カ所に誘導し、一気に上方向へと全速で進んでから急降下する。


 向かってくるミサイルへ正確に機銃を撃ち込んで破壊し、その誘爆でミサイルを全部片づけ、すかさず機体を直角に12時方向へと進めて破片を回避した。


 対空砲火が止まっていない方向からの射撃では、ザクロ機をかすめることすら出来ず、


「制御系を……」


 ミヤコがハッキングしてロックを解除した機材搬入口から、ザクロはフライフィッシュⅡを非与圧区画にめて船内へと侵入した。


「しまった……」


 隔壁扉が次々と開かれた事への動揺の隙をミヤコに突かれ、ロザリアの端末は完全にハッキングされて沈黙した。


「せめて投下だけで――」

「はいストップ。それに触らず手を挙げてこっち見ろ。じゃねぇと撃つぞ」


 ついに管制室のドアが開けられ、大型のクサカベビーム拳銃を構えたザクロが現われた。


「――ッ」

「おっと、この距離でもアンタには1歩なんだっけか?」


 中央前方の管理官席にいたロザリアは、得物の高周波ブレードを抜こうとしたが、ザクロは正確にそれを差しているベルトを撃って弾き飛ばした。


 彼女が半身になったところで後ろの赤い投下スイッチが見え、すかさずザクロはそれも撃ち抜いた。


「そん、な……」


 煙をくゆらせてスパーク音を鳴らすコンソールの穴を見て、目標がすでに達成出来なくなったことを悟り、ロザリアは呆然とした表情で膝から崩れ落ちた。


「大人しく捕まって貰えねぇか? 必要がねぇなら殺生は避けてぇんだ」

「――なぜ」

「あ?」

「なぜ、邪魔をするのですかッ!」


 キッとザクロを睨み付けるロザリアの表情には、実年齢よりも大分幼さを感じさせるものがあった。


「シャルロットお嬢様はッ! 『ヒュウガの悪魔』追放運動やその後継たる『地上至上主義』を蔓延はびこらせた元凶を突き止め! それを公表することで故郷を奪われた人々の名誉を回復させることで救おうとされました! 

 しかし! その情報は加担していた『連邦国』『連合国』両政府に徹底して封殺され! お嬢様は反愛国主義者として、地球でのうのうと生きる者共に言葉で! 行動で! 攻撃されたのです!

 ……そして、被害妄想をこじらせたゆがんだ正義感を持つ者達に襲われ、顔を焼かれ全身を叩き潰されその命を奪われました……」


 そこまで声を張り上げていたロザリアだったが、震えて見ている事しか出来なかった主人の凄惨な死に際を思い出し、鼻を赤くして悲しみに声を震わせる。


「あの星に住まう人々は! 純然たる被害者の故郷を奪い! その名誉すらも奪い! それに心を痛めたお嬢様の命を奪い! お嬢様が得られるはずだった名誉を奪い取った!

 そして、元凶共はお嬢様が命を賭して暴いた情報を奪い、あたかも過去の過ちを糾弾する正義の様に振る舞っている! 奪う者は奪われる覚悟が有るはずだ!」

「だから奪ってやろうってか?」

「私は親愛なる主人を奪われた! その権利がある! 無論あなたにもある! どうして放棄するようなマネをする? あなただって、あの星の住人に奪われたものがあるはずだろう!? 答えろッ!」


 涙をこぼすロザリアの叫びと表情には、自身の怒りと憎しみと苦しみと悲しみを分かってくれるはず、というザクロに対する強い願望が現われていた。


「気持ちは分かるぜメイドさん。けどよ。それをする事でただ奪われるだけのヤツがいんだよ」

「生まれていなかった罪のない子ども達の事か? あなたも子どもを『正義の盾』にするのか?」

「そんななもんじゃねぇよ」

「じゃあ、なんなんだ……? あなたが復讐を諦める程のものは……?」

「――オレぁ、ただ愛した女レイの〝墓〟を手前の都合で荒されて、〝棺桶〟に入れた蒼い地球ほうせき盗まパクられるのが我慢ならねぇだけだ」

「たったそれだけで……?」

「そうだよ」

「ただの……、エゴでは……、ないですか……」

「おう。エゴだよ。――おめえのたぁ、動機は大差ねぇ」


 水入りビーカーに浮かぶ、脱出する事を諦めたネズミの様に、遠く窓の向こうにある水をたたえた星を見ながら、猫背の俯き加減でかすれた声を出すロザリアへザクロは言う。


「私は、間違っていたのでしょうか……?」

「知らねえよ。あの世へ行ってから地獄の閻魔えんま様にでも訊いてくれ」


 ヘルメットを脱いだザクロは電子ライターで煙草に火を点し、非常に苦そうな顔で紫煙をくゆらせながら、ザクロはロザリアの問いに答えた。


 ややあって。


 ザクロと管制室にあった拘束衣で縛られ、後部座席に放り込まれたロザリアを乗せたフライフィッシュⅡは発艦し、ソウルジャズ号との中間辺りまで来た。


「ミヤ。この厄介もんを今度こそ処分してくれ」


 ミヤコのハッキングにより攻撃が止んでも、誰もおっかなびっくり近寄らない、機体の右後方の『神の種子』を見やったザクロは、通信でミヤコにそう依頼した。


「ああ。太陽にでも捨てればいいかな?」

「頼む」

「了解だ」


 彼女は2つ返事で答えると、また凄まじい速度でキーボードを打鍵し、とんだ人騒がせのステーションを内惑星方面へ向かう月宙域ゲートを自動操縦で潜らせた。


 フライフィッシュⅡがソウルジャズ号に格納され、ザクロがロザリアを連れて艦橋に戻った所で水星宙域ゲートから現われ、そのまま全速前進で巨大な火の玉へ消えた。


 それをミヤコがクラッキングした水星観測所のカメラで見届けた所で、ロザリアを2階層リビングへバンジに監視係を兼ねて連れて行かせた。


「さて、けえるぞ」

「はい……」

「ああ……」


 仕事を終えてぐったりしているミヤコと、色々な心労で同じ様になっているヨルへ、ザクロはそう告げて『NP-47』への帰路についた。



                    *



 ザクロの判断で、ロザリアは『連邦国』でも『連合国』でもない、第3勢力のコロニー連合会の管理局に引き渡され、数ヶ月後に刑期130年の実刑判決が出て刑務所コロニー『アルカトラズ2』に収監された。


「よう、久しぶりじゃねぇの?」


 そのアクリル板で仕切られた面会室には、オレンジ色の囚人服のロザリアといつもの格好をしたザクロの姿があった。


「……なにか?」

「いやな? お前のご主人様の家が売りに出てたからよ、お前の懸賞金で買って残ってたデータやらなんやらあさってたらこんなもんが出てきてな」


 ザクロがロザリアの後ろにいる女性刑務官に目線を送ると、彼女はすかさず検閲済みの便箋に書かれた手紙をロザリアへ渡す。


「お嬢様が、私に……?」

「おう。お前の部屋にある郵便受けにほこり被って残ってたぞ」

「そう、ですか……」

「見てなかったのかよ?」

「ええ、まあ。もうそれどころではありませんでしたから……」

「そうか。先に読んじまって悪いんだが、どうもシャルロットさん、お前には長生きして欲しいみたいだぜ?」


 その手紙の文面は、急いでいたのかやや走り書きの様な文字で書かれていた。


「――私の親愛なるメイド・ロザリアへ。あなたは今、とても悔しくて悲しいかも知れないけれど、私の仇を討つために自暴自棄になり復讐に走ってはいけません。


 あなたが仇を討ちたいと思うのならば、正しい方向で討つために、手紙に同封したチケットの行き先に、その力になって下さる方が待っているので頼ると良いでしょう。


 そして、例え私の身体が消えてもあなたの心で生きています。あなたが生きているということは、私も生きているのと同じなのです。


 どうか、あなたの人生が最後は穏やかで幸せなものになります、よう、に……」


 最後は声があふれ出す涙で、途切れ途切れになりながらも読み終えたロザリアは、


「――私は……、とんだ……」


 愛する主人が残した物に気が付かなかった自分の愚かさを痛感し、頭を抱えて慟哭どうこくする。


「……」


 そんな彼女へ、ザクロは何か言葉をかけようとしたものの何も出ては来ず、ただ静かに面会室を後にする事しか出来なかった。

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