ラグランジュ・ブルース 6

 未だにバカスカとソナーを打ち続けている艦隊は、5キロほどの位置にあるためあっという間に到着した。


「チッ。ルールも守れねえのか」


 ザクロは規則に従って、敵艦隊に通信で名乗ろうとしたが、相手は一切そのような事をせずにいきなり対空砲火を始めた。


 それを右方向へターンして悠々と避けて距離を取ると、葉巻型駆逐級の艦の尻からそれぞれ1機ずつ戦闘機が出てきた。


「こちらソウルジャズ号艦載機フライフィッシュⅡ――名乗ったからもう良いよな? 正当防衛でいくぞ」


 艦隊の方を見ながらザクロは機体をその上空で旋回させつつ、その宣言に対する答えを返さずに、実に直線的な機動で迫ってくる艦載機と駆逐級に火線レーダーを向けた。


「そんな練度で良く向かってきやがるな……。おいヨル。――?」


 その一言は、人の命を左右する選択を迫るものだ、と察したヨルは、艦載機からの緩慢な銃撃をおちょくる様にロールや急旋回で避けながら訊くザクロに、


「――ッ。は、はい……ッ!」


 少しだけ悩んだヨルは、意を決した様にそうはっきりと答えた。


「あいよ。お許しが出たから容赦しねぇぞ。ベイルアウトの準備はいいか?」


 ヨルの決意のこもった答えを聞いて敵艦隊にそう言ったザクロは、操縦桿脇にポップアップしているモニターの楽曲リストから、遥か昔に祖国で生まれた曲を流した。


 それは、高らかな管楽器とドラムのイントロから始まる、小気味良いメロディのジャズだった。


 静かで低い弦楽器のソロパートが始まると、ザクロ機はにわかに大きな右旋回で加速を始め、尻に付いてきていた敵機を引き離した。


 ザクロ機は円を小さくしていき、男性の声の台詞と共に、敵機達が気が付く頃にはその後ろを取っていた。


 その台詞の終わりに3カウントが始まり、最後に「GO」が聞こえたタイミングで、殿の一機に機銃で銃撃する。

 ザクロ機の翼の根元についているそれにより、機体の酸素ボンベが火を噴き、船外服のパイロットが座席ごと射出され、救助者ビーコンが発信された。


 印象的なサックスによる主旋律と、それより高い音の金管楽器によるコンビネーションが繰り返される中、敵機は放射状に散開してドッグファイトに持ち込もうとするが、


「遅ぇ!」


 ザクロは反応が遅れた右方向の2機に食らいついて、2回繰り返される3連続の短いメロディに合わせる様にシザーズする相手についていき、立て続けに一機ずつ撃墜した。


 上下反転して、真下に来ていた駆逐級に、チャージしておいた機体前方に付いているビーム砲と対艦ミサイル1発を放った。


 その連撃にバイタルパートを貫かれ、駆逐級が一撃で轟沈ごうちんしたのを見るやいなや、正の位置に戻して上から回り込もうとする正面に行った機体に迫る。


 先程の2機同様、バレルロールするといった虚しい抵抗を無視して、リズミカルに2機落とし、敵軍は残り1個小隊の5機になった。


 とはいっても、小隊として統制が取れているわけではなく、各々がバラバラにブレイクダンスを踊る様な、音楽のキーが上がるほどに巧みになるザクロ機の空戦機動に翻弄される。


 もう1度先程の3連発メロディと共に、宙返りしたザクロ機に後ろへつかれた2機が、サクッと撃墜されて残りは3機。


 ヤケクソで突っ込んできた1機を左上方にかわしながら撃ち落とすと、サビに入りサックスソロが始まった。


「やっとミサイル使って来たな。緊急動員の練度か?」


 それと同時に、敵機2機が翼下の対空ミサイルを4発ずつ一気に放った。


「ひぃッ」

「大丈夫だ」


 特に焦る様子もなくエンジンを全開にして、躊躇ちゅうちょなくソウルジャズ号とは別の小惑星群に、後ろのヨルの悲鳴とシステムの警報音と共に突っ込んでいく。


 機体を高速で左右にひねって小惑星をスレスレで避け、一切減速せずに通過すると、ミサイルは先回りして付いてくる優等生かの様な2発以外は消えていた。


 ザクロ機が急上昇すると、その先にはミサイルを撃った2機がいて、ザクロ機はその間で急降下。

 メロディが切り替わる金管楽器の連続音と共に、2機は自分の撃ったミサイルに被弾して撃墜された。


 艦載機を全滅させて、後方で蚊帳の外に置かれていた駆逐級は3隻ずつ縦一列で並んで、対空砲と艦砲を乱射しながらバラバラに真っ直ぐザクロ機へ突っ込んでくる。


「おいおいおい、バカかあいつら……」


 無謀にもザクロ機を挟撃しようとして、うっかり味方の火線に入ったせいで、3隻が勝手にフレンドリーファイヤで轟沈した。


 残り6隻になった敵艦隊の片割れに、1番最後のメロディ3連発に乗せて、ビーム砲のチャージを3つに分けた砲撃と対艦ミサイル連撃を喰らわせ、残りは3隻。


 アウトロへ入る金管楽器ロングトーンと共に再チャージし、機体を捻りながら急降下して列の後ろに付ける。

 トランペットソロに合わせて放った、最大チャージのビーム弾で3隻をいっぺんに打ち抜いた。


 演奏された楽器全てが混じったアウトロと共に、ビーム砲の反動で反転して上向きに戻り、エンジン全開で離脱したザクロ機の背後で、唯一実砲弾を積んでいた最後方の旗艦がやたら派手な爆発を起こした。


 安全圏まで来て減速した所でちょうど、ザクロ機が終始圧倒した航空・対艦船戦闘も曲も終わりを迎えた。


「……」


 戦いで失われたであろう命を、ヨルは後部座席で指を組んで静かに悼む。


「……とびきりの良い子だよ。おめえさんは」


 右後ろにポップアップしているヨルの顔と映像を見て、ザクロはニヒルさのない優しい笑みを浮かべ、やかましく鳴り始めた次の曲を止めた。



『んな事してどうすんだよ』

『気分の問題よ。他の人間のせいで寝覚めが悪いのは嫌だもの』

『へっ。そういうことか』

『ええ、そういうことよ。あなたとよろしくやって、っていうのは大歓迎だけど』

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