ラグランジュ・ブルース 7

                    *



 戦闘後、ザクロの友軍達が指名手配の3人を捕らえた、という報告があり、続いてデューイからのねぎらいの言葉が届けられた。


 ソウルジャズ号付近に戻ってくると格納庫のシャッターが開き、その中から船の格納用ガイドワイヤーを引くビットが出てきて、ザクロは機体をそれに対して後ろ向きにした。


「あの船のマーク、どういう意味があるんですか?」


 ワイヤーがザクロ機にかけられたタイミングで、ヨルが船体後部の垂直尾翼に描かれた、かなり長い髪を一つ縛りにした女性が空を見上げるペイントを見て訊く。


「アレはな、前の相棒が描いたオレの絵をシルエットにしてんだ」

「なるほど……。あ、髪の毛、結構長かったんですね」

「アイツがその方が格好いいって言うからな。まあ、アイツがいなくなってから、面倒でちょっと切っちまったが」


 とても懐かしそうに苦笑するザクロの目は、表情とは裏腹に、悲しげな様子で遠くを見る様なものになっていた。


「すいません……。なんか、嫌な事を思い出させてしまった様で……」

「気にすんな。オレが背負うべき罪だからな。むしろ思い出させてくれた方が良い」

「罪……?」

「何か、は帰りの暇つぶしに道々聴かせてやんよ」


 面白くもねぇ小話だがな、と言ったザクロは、戦闘機が格納されて与圧された事をブザーと表示で確認すると、戦闘機のエンジンを切って風防を開けた。


 ソウルジャズ号の艦橋に戻った2人は、空気浄化システムの静かで低い駆動音の響く中、機体はコロニーへ向けて何も無い空間を自動航行していた


「アイツが病弱なのに気が付かずにな、太陽系の果てから果てまで無理して連れ回したんだよ。で、悪化して死なせた」


 ただそれだけの話さ、とただそれだけ言ったザクロは、押さえ込んだように表情を歪めていた。


「なんでだろうな……。四六時中一緒だったんだが」


 アイツも嫌な顔1つしなかったし……、と、手を頭の後ろで組みながら、ザクロはゆったりと背もたれに身体を預ける。


 天井のモニターには、低地が水で満たされた火星が遠く映っていた。


「アイツの受け売りだが、まあ、終わっちまったもんを嘆いても仕方ねぇ、よな」


 ヨルが何と言ったらいいか、とかなり迷って口を開け閉めしている様子を見て、ザクロは少し声を張りながらオーディオのスイッチを入れた。


 チューニングが火星から周辺空域に放送されるラジオになっていて、流行にかなり疎いザクロでも知っている、火星発のギガヒット恋愛ドラマの主題歌が流れる。


 アダルトなシーンが見られる深夜帯放送のため、そのセクシーなアルトサックスが特徴の『ジュピター・ジャズ』は、そういう事に誘うため曲として認知されている。


「……一応言っとくが、そんなつもりはねぇぞ。流石に未成年に手ぇ出すのはな」

「ええっと……? あっ、一応今年で21ですから安心してください?」

「ああ、すまん。分からねぇならいい」

「あと、その、私、健康と身体の丈夫さには自信がありまして……」

「んだよ? オレに付いてくる気か?」

「ああああ、いやそのっ! 別に元相棒さんの事をおとしめようという意図はなくてですねっ」

「分かってら。お前さんがそんな性悪じゃねぇのはよ」


 怪訝そうにザクロが眉を寄せたため、ヨルは冷や汗だくだくで弁解を始め、その生真面目さにザクロは表情を崩した。


「オレなんかと居たら苦労すっぞ? やめときな」

「お煙草のことなら頑張りますからっ」

「オイオイオイオイやめろやめろっ。こんなもん吸うもんじゃねえぞ」


 ヨルが決意の表情でヘルメットを脱ごうとしたので、ザクロは慌てて上から抑えつけて止めさせた。


「お前さんの行動力の高さには驚かされるぜ……」

「どうすればおそばに置いて貰えますかっ! 私、お掃除とか諸々もろもろは得意なんです!」

「……傍に置くとかやめろ。古くせぇのはきれぇなんだ」


 そう言われて、古くさい……、とつぶやく様に繰り返して、ションボリした顔をしたが、


「――あっ、分かりました! 勝手にすれば良いんですねっ!」


 その事に思い至ったヨルは、カッと目を見開いて、輝く様なそれをザクロへ見せた。


「お、おう。その通りだけどよ、思い切りが良すぎんだろ……」


 いきなりの凄まじい方向転換に、ザクロはまん丸な目をして煙草をくゆらせていた。


「ありがとうございますっ。じゃ、早速お掃除始めますねっ!」


 立ち上がってそう言いながら腰を曲げると、ヨルは心底嬉しそうに笑い、シャカシャカと居住スペースの方へ下りていった。


「うわぁ!」


 ――そして早速、梯子の最後の一段で足を滑らせて尻餅をついた。


「気ぃつけろよー。大丈夫でえじよぶか?」

「あっはい! 大丈夫です!」


 ドテッ、という音に心配して覗きに行くと、ヨルは気恥ずかしそうに笑っていた。


 掃除道具適当に使ってくれよ、と告げたザクロは、ハッチを閉めずに艦橋の空気清浄システムをフルパワーにした。


 再び操縦席に戻ったザクロは、ドサッと座って深く息を吐き隣の席を横目で見る。


 ラジオは音楽リクエスト番組だったため、現状を予言していたかの様、と話題になった、古典的SFアニメ作品のエンディングテーマになっていた。


わりぃなレイ。これに乗せるのはお前だけ、って約束破っちまって」


 在りし日の楽しげに微笑む彼女の姿を感じる様に、ザクロは親しげな苦笑を浮かべてそう独りごちた。


 ややもの悲しい、憂いの響きを帯びたサックスが主旋律を奏でるイントロが終わり、パワフルでハスキーな女性のボーカルが入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る