ラグランジュ・ブルース 4

 『南』区画から移動したザクロは、バスケットやサッカー他、各種コートと運動場がある『東』区画、

シアターや図書館等の文化施設がある『西』区画、オフィスや歓楽街となっている『中央』区画を回った。

 その他、船内の各所に12カ所あるカフェテリアも回ったが、ヨルの姿や目撃情報すら得られなかった。


「邪魔するぜクレーのばっちゃん」


 足で探して見付からないなら、ということで、ザクロは通称・官庁街の『北』区画にある出入船管理局にやって来て、そこの最上階にある局長室へと顔を出した。


「クローがここに来るたぁ珍しいじゃないか。あの子を連れてきたぶりだね?」

「んなこたぁどうでもいい。人捜しをしてる」

「仕事?」

「迷子捜しは専門外だ」

「暇つぶしね。――あ、こいつぁどうも。お、本物かい」


 そこにはイサミ・クレ、という顔なじみの恰幅かっぷくの良い中年女性がいて、ザクロは彼女にスキットルに入ったウィスキーを掴ませてから、今日の出入船記録を訊ねた。


「ヨル・クサカベって子を探してるんだろ? ついさっき、E桟橋ゲートで出船届けが受理されてるね」

「Eってこた『西』区画か。ありがとよ」

「良いって事よ。――ヨルって子、そんなに気に入ったかい?」

「知らねぇ」


 自分でも何が何だか、といった様子でクレーへ答えて、ポケットに手を入れながらゆらゆらと管理局を出たザクロは、


「ええい、世話の焼ける……」


 そこから手を出し、駆け足気味にE桟橋のある『西』区画第6層へと向かった。


「あ、その子なら多分E-4桟橋かな? 4と5以外は全部点検中だし」

「あんがとよマーリン。ほい、約束のロング」

「センキュー」


 マーリン、と呼んだ若い男の出入船管理官に煙草の新品を1箱渡すと、ゲートを通行して桟橋へと出る。


 桟橋はコロニーの最外殻内部の与圧された無重力空間に突き出した、地球で言うところの港湾設備の名前通り機能をするものだ。


 通路は重力発生装置が下に付いた太い1本の通路から、左右に2本ずつ枝分かれする細い通路が3セットあり、外から順に数字が振られていた。


 船体左右に同じ設備があり、『西』区画側は個人・小型船用、『東』区画側は超大型船用となっている。

 その下部にはそれぞれ、船の正規軍と『ロウニン』の機体専用のエリアがある。


 持ち手が上に突きだした浮遊ボードに乗り、ザクロは先端の1つ手前の右にある、E-4桟橋へと到着した。


「おっ、いたいた」


 その1番奥にヨルと、先程の船外服男達と似た風体の男達が彼女の周りにいた。


「――」


 俯いたままで佇んでいたヨルは、ザクロのちゃらんぽらんな声を聞いて顔を上げた。


「へいへい。嬢ちゃんどこ行くんだ? そんな物騒なオジサン達と」


 ツカツカと寄ってきたザクロに、男達は隠す気も無く殺気を浴びせかける。


「だ、大丈夫です……。この人達は、私の関係者なので……」

「おう、そうかい?」


 ザクロは知らないフリをして、バイザーがやや薄めのスモークのヘルメット男達を見回し、本当か? と言いたげな様子で首を傾げた。


「はい、そうです……。ご迷惑をおかけしました……」


 そう言って頭を下げたヨルだが、明らかに家出で連れ戻される顔とは言えない、怯えきっている事を隠す強ばった顔をしていた。


 ちらっとザクロの目を見てから、ヨルは小型宇宙船とドッキングしている扉をくぐって船に乗り込んだ。


 男達も全員乗り込んで隔壁扉が閉まってから、


「嫌なんじゃねぇかよ……!」


 ザクロは苦そうな顔で後頭部をかいてきびすを返すと、自分の船が止めてある『西』区画第7層の格納庫へ急いだ。





「来ると思ってたよ」

「んだよ? なんか分かったのかデューイ艦長」


 すると、格納庫の一番先頭に移動している、ソウルジャズ号の前にデューイが立っていて、たくましい腕に寄らず軽い調子で手を上げた。


「そうだよ。これ見てご覧」


 どうやって調べた、という事は訊かずに、デューイが投影したホログラムモニターをザクロは一緒に覗き込んだ。


「なるほど、合点がいった。ヒュウガ電力重工の元社長令嬢か」


 ヨル・クサカベ――実際はヨル・ヒュウガのプロフィールを見て、ザクロは表情を少し引きつらせて険しくする。


「ちなみにこれは物のついでで、こっちが本題なんだ」


 表示する物を変えると、3枚の『連合国』仕様の手配書になり、ヨルの父親である社長のシンザブロウ・ヒュウガ、祖父で会長のタロウ・ヒュウガ、叔父で常務取締役のヒロトシ・ヒュウガの画像が表示されていた。


「例え9割ピンハネされても、船体の痛んでる箇所の修理費には足りるよ」


 これでもか、という程の値段が提示されていて、テロ組織の首謀者クラスの相場よりもはるかに高額だった。


「彼女が何者でも、やることは変わらないんだろう?」

「……まあな。あの子は、関係ねぇ」


 ザクロは、ぎりり、と歯がみをしたが、自分に言い聞かせるようにそう言い、ソウルジャズ号に乗り込んだ。


『じゃ、張り切ってやっちゃってくれ。件の船は今カタパルトエリアで止めてるから、クローは後を追ってくれ』


 前方の上部に平たく盛り上がっている操縦室にザクロが乗り込むと、船体左の誘導員の後ろにいるデューイから通信が入り、


「了解」


 ザクロは短くそう答え、シャッターが開ききると同時に船を港湾区画へと出した。





 ソウルジャズ号が管制官のガイドでカタパルトエリアに到着し、とっくに宇宙へ出て待ち構えている一方、


「ケッ、オンボロコロニーめ……」

「だから来たくないんだよ。早く廃船になっちまえば良いのにな」


 ヨルが乗っている小型輸送船に偽装されたそれは、トラブルの確認、という名目で長いこと待たされていた。


 船体後部にあるカタパルトエリアは、巨大なエアロックになっていて、一度真空にしてから外部への隔壁を開けるため、古いコロニーは密閉不良を恐れて時間がかかる。


 しかし、大事な交易設備と防衛設備につき、デューイが予算をかなりかけている事もあって、『NP-47』は新造コロニーに匹敵する性能を維持していた。


 操縦席でヘルメット男がぼやいたところで、ちょうど安全確認が終わった事を告げる青信号が点灯し、直後に減圧を知らせる赤いランプがブザーと共に点滅した。


 偽装船は周りのトラック型輸送船20隻と共に、30分遅れでやっと火星方面へと出発した。


 その後ろを、


「さーて、菌床共はどこに隠れていやがるのやら」


 個人輸送船・オオツキソウ号、という嘘の識別信号を発信するソウルジャズ号がこっそりと追跡する。


 他の『ロウニン』達とも協力して数時間尾行すると、ヨルを乗せた船は小惑星群の中を通り、小惑星を改造した小型コロニーにたどり着いた。

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