ラグランジュ・ブルース 3

「じゃあ、さっさとこんな煙くせえところからは帰んな。身体に毒だぜ」

「あ、はい……。……」

「なんだよ? マジでおっぱじめてぇのか?」


 いけねぇ口でもねぇが、と言ってすぐに、冗談だ、と言ってザクロはまた一吸いして吸気口に吐く。


「? いやあの、便利が悪いにしても誰も居ないなあ、と……」


 ヨルは全く何を言われたか分からないままだったが、とりあえずそう言って話を進めた。


 道中、彼女が見かけた喫煙所は基本的に満員だったが、ここはザクロしかおらず、灰皿にも使った痕跡がほぼ無い。


「そりゃまあ、ほぼ全員がアレに因縁があるからな。進んで見に来るヤツはいねぇ」


 ザクロは吐き捨てる様にそう言いつつ、右側の窓の外に浮かんでいる、半分だけに見える青い星を親指で差した。


 基本的にスペースコロニーは、月と地球のラグランジュ点に浮かんでいて、特に戦闘艦型は隕石迎撃の仕事があるが、必要が生じるサイズはほとんど飛来することはない。


 そのため、コロニー運営者は専らスペースデブリの回収、あるいは間貸ししている『ロウニン』達の船の係留代を受け取ることで収入を得ている。


「……。その、ごめんなさい……」

「なんでヨルが謝んだよ。アレとオレたちがこうなったのは、過去の栄光っていうキノコに頭のてっぺんまで食われた老木ろうぼく共のせいだろ」

「でも、その……」

「あー、地球の住民か? 安心しろ。このそらに連帯責任なんつう、ゴミみてぇなもんは存在しねぇ。クソの起こしたこたぁ、クソがだけがわりぃんだよ……」


 ぎゅっと下唇を噛んで少し呼吸が乱れているヨルに、ザクロはかなりぶっきらぼうだが優しくそう言い、また煙を天井に向かって吐いた。


「ザクロさんは――」

「クローでいい」

「あ、はい……。クローさんは、どうしてここに、いつも? お嫌いなんですよね、地球……」


 訊いて良いのか迷っている様子で、ヨルはやや上目使いを向けて訊ねた。


「……相棒が好きだったんだよ。宝石みてぇで綺麗きれいだ、っつてな」


 それだけだよ、と言ってヨルから顔を逸らし、ザクロは人間の都合など我関せず、といった様子で暗い空に浮かぶ半分だけ青い球を眺めつつ、煙草を灰皿に潰した。


 ジャケットの内ポケットに入った箱を取りだし、ザクロが新しい物に火を付けたところで入室ブザーが鳴った。


「さてはバンジか? あいつも暇だな……」


 少し呆れた様子でそうつぶやいた彼女は、陽気に迎え入れてやろうと苦笑いで振りかった。


「……。やれやれ、警備部はなにやってんだ」

「――ッ」

「お、嬢ちゃんのお客だな。穏やかじゃなさそうだが、ヤンチャでもやらかしたのか?」

「すい、ません……」

「良いって事よ。誰でもやらかすときはやらかすからな」


 しかし、開いた扉の向こうにいたのは、砂漠の民染みた格好の変人女芸術家ではなく、黒い船外服にヘルメット姿の男達だった。


「へいへいへい。テメェら、ここが『ロウニン』の巣だって分かって忍び込んでんのか?」


 ポケットに手を突っ込んでいるザクロは、ゾロゾロと入ってこようとする男達に、くわえ煙草で怠そうな猫背で歩み寄っていく。


 ノーガードでゆらゆらとやって来る彼女に、男達は少したじろいで半歩ほど下がった。


 ザクロは背丈が高く体格も良い方ではあるが、近くに来ると少し見上げる格好になる。


「名乗らねえってこたぁ鎮圧してもいいよな? そういうルールだぜ?」


 まあ嘘だけどな、と彼女は言って、目にも留まらぬ速さで背中に仕込んでいる警棒を逆手で抜き、一番前にいた男を横薙よこなぎにぶん殴って一撃でノックアウトした。


 他の5人程は、得物の棒形スタンガンを取りだそうとするも、くるりと回して順手に持ち替えたザクロは、闖入ちんにゅう者を流れる様に打ち倒していき、喫煙ルームから出ることなく全員をのした。


「はー、もったいねえ。せっかくの高級品だってのに……」


 その十数秒間にくゆらせただけの分を嘆きながら、ムスッとした顔の彼女は元の位置に戻って喫煙を再開する。


「……」


 その場で動けなくなっていたヨルは、ヘルメットを粉砕されて気絶する男達を呆然と眺めていた。


「お、やっぱり全員ぶちのめしてるな?」

「おせぇんだよジャック! てめェ仕事しろコノヤロウ!」

「いいじゃねえか。どうせ金一封貰えるんだしよ」

「そういう問題じゃねぇよ」


 すると、警備兵の白い制服を着たヒゲ面の男がひょっこり顔を出した。その脳天気なジャックと呼んだニヤケ顔に、ザクロは詰め寄ってすさまじい剣幕けんまくでキレた。


 彼の部下達が、またやってるよ、とばかりに2人の方を見ずに、侵入者を結束バンドで拘束していく。


「どうせ煙草が無駄になったとかそういうのだろ? いい加減安物ライク品にしたらどうだ」

「ふざけんな。あんなもん吸った気にならねぇよ」

「そりゃ失礼」


 わざわざ吸気口まで行って煙を吐いてきたザクロは、憮然ぶぜんとした表情でくわえ煙草しながら、ジャックから非常に細かく調書を取られた。


「じゃあ、次は……、ってあれ?」


 ザクロの分が終わり、次はヨルの調書をとジャックが振り返ったが、彼女の姿は忽然こつぜんと消えていた。


「おい。誰かここにいた女の子知らないか?」

「あー。ゴンドラ乗り場行きたいって言われたので、私が案内しました」

「おいおい、良いのか?」

「クローので十分だろ。というか、登録者以外からは面倒だから勘弁してくれ」

「それが本音だろ。全く……。……」

「気になるなら探してくればいいだろ。もう今日はクローに用事はねえぞ」


 ジャックの仕事不熱心さにため息を吐いたザクロだが、ソワソワとしていた彼女を見てジャックが背中を押した。


「テメエは他の事で気を利かせる努力をしろ」


 その気遣いに軽く毒を吐いたザクロは、まだ半分残っている煙草を潰して喫煙室を出た。

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