第14話 友達が2人に
児童館に行くと、読み聞かせの時間が終わっていて、何人かの子供達が机の上で塗り絵をしたり、本を読んだりしていた。
その中に、今日ロビーで、出会った女の子がいた。
男の子、さとる君と呼んでいた子はいないみたい。
「やあ、優奈ちゃん。今日は、気分良さそうだね。」
「まひろ兄ちゃん、久し振り。」
お日様が当たったみたいに、顔が、パッと輝く。
可愛いなあ。
「読み聞かせは、楽しかったかい?」
「うん、とっても。新しく本も入ったみたいで、面白かったよ。」
「そう、智は、いないの?」
黒崎君が聞くと、少し不貞腐れたみたいに、
「忙しいんだって。せっかく、まひろ兄ちゃんが来てくれたのにね。今日は、まだお話出来るの?まひろ兄ちゃんと遊びたい。」
「ごめんね、今日は用事があって、ここに来たんだ。終わったら帰らないと。また、ゆっくり遊ぼうね。」
私の方に顔を向け、どの本?そう目で問いかける。
確か、児童図書で、高学年が読むような本。
私が本棚の前で、探していると、あった、これだ。
表紙はカラフルで、冒険ものらしく、剣を持った少年がかっこよく描いてあった。
あの時も思ったんだ。今度、図書館にあったら借りてみようって、だって、推理小説や冒険ものって、ワクワクするもの。
手に取って、黒崎君に渡そうとすると、さっきの女の子が、じっと私の方を見ている。
何だろう?
「これだよ、他にもあるか、探してみよう。」
本を渡すと、黒崎君は立ったまま、ページをゆっくりとめくりながら考えている。
よし、他も見てみるか。
そう思って、別の書籍に手を伸ばそうとしたら、がしっ、小さな手に捕まれた。
「お姉ちゃん、まひろ兄ちゃんの何?」
優奈ちゃんが真剣な眼差しで、自分を見てくる。
えっと、黒崎君は私にとって、何だろう。
偶然出会ったわけで、知り合いにしては、アドレス知ってるし、友達にするのは、何だか、おこがましい気がする。
うむむ。
考えこんでいる私を見て、優奈ちゃんの目が、うるうるしてきた。
ごめんなさい、私って、何?
「もしかして、かのじょ・・?」
小さく掠れた声が聞こえた。
その言葉が、耳に届き、脳で理解する事、数秒。
瞬時に、優奈ちゃんの肩を、がしっと掴み、
「それだけは違う。それは無い。だって、レベルが違うし、住んでる世界が違う気がする。友達って言っていいのかさえ、おこがましくて言えないのに。」
全否定を体と言葉でしたものだから、優奈ちゃんの方がびっくりしてしまい、口をパクパクしている。
「友達だよ。僕を何だと思ってるんだか、トーコちゃんと同じ、中学一年生の未熟者だよ。」
呆れた声が、上から降ってきた。
私達の遣り取りを聞いていたのか、本を口元にあて、半眼で私達を交互に見ている。
だって、仕方ないじゃない、そんな呆れ顔でさえ、様になってるんだもの。
優奈ちゃんも我に返り、
「お姉ちゃんとは、いい友達になれそうだよ。」
愛らしい笑顔を私に向け、黒崎君には、とびっきりの笑顔を見せる。
子供でも、恋する目って、同じなのね。
「トーコちゃん、手、動かす。」
先程より、幾分、優しさが混じった声音で、前より少し、親しくなれた感じ。それと、躊躇なく、友達だと言ってくれた事が素直に嬉しい。
中学生活、友達と呼べる人が、小学生含め、二人出来た。
嬉しい。
「お姉ちゃん、手、動いてないよ。」
そうだった。
浸っている場合じゃなかった。
一冊ずつ、めくっては元に戻し、出来る限り、ページ全部を見れるように、目を皿のようにして本を見ているのだが、他はどういうわけか、同じような線や○の付いたものは見つからなかった。
「ないみたいだね。」
今度は、絵本の方を見てみようと、手を伸ばすと、優奈ちゃんが、
「はい。」
一冊の絵本を渡してくれた。
「ありがとう。」
優奈ちゃんが渡してくれた絵本は、水彩画で描かれた優しい色使いの本で、そこには動物が上へと重なるように、音楽を奏でているイラストが描かれていた。
これは、私も知っている、「ブレーメンの音楽隊」だ。
中身をパラパラとめくっていくと、自分が小さい時に読んだ記憶が呼び戻され、なんだか懐かしい。
「私、この絵本、好きだよ。四匹の動物、ロバと犬、猫に鶏さんが、飼い主さんに役に立たなくなったからって、殺されそうになるところを、逃げだして、音楽隊になろうとしたんだよね。でも、ブレーメンに辿りつくまえに、森の中に強盗の住家があって、脅かして強盗が逃げるんだ。お腹が空いていた、四匹はお腹いっぱい食べて、そこに住むことにしたの。私もね、体がいうこと利かない時があって、辛いな、苦しいなって思う事があるの。でも、さとるはね、お歌うたってくれたり、本読んでくれたりするんだ。優しいんだよ。ここは、病院だけど、あったかいの。お母さんもお父さんも病院の先生も看護師さんも、この絵本みたいに、家族じゃないけど、みんなでいるのは優しいんだ。」
「そっか、今度、さとる君にも会わせてね。」
優奈ちゃんの顔がパッと輝く。
「いいよ、さとるは私の自慢の友達だから。でも、お姉ちゃん、好きにならないでね。」
はいはい、大丈夫。
許容範囲外だし、子供にもモテないし。
絵本を棚に戻すと、他の絵本も見てみる。
どれも、子供がイタズラしたのか、書き込みや、イラストが、絵本の空いているスペースに描いてあった。
それらしい、チェックや線、○の囲みなどはない。
全部チェックし終わると、ふと、黄色い本棚の横にかかっている、冊子が目に留まった。
手作り感満載のその冊子は、両親と子供の絵が描いてあったり、七夕で書く短冊のように、願い事が書かれていたり、看護師さんやお医者さんの似顔絵が描いてあったりと、多分、ここに入院していた子達が、描いたものをスタッフの誰かが冊子にして、本棚のフックに吊るし、見てもらうようにしているのだ。
中には実名で、「品川先生、大好き、治してくれてありがとう ささきちか」そう書いてある。
品川先生、嬉しかっただろうな。
子供達は素直だ。
優奈ちゃんもそうだけど、好きなもの、嫌いなものの区別を、子供ながらに明確に持っている。
これが中学生になると、嫌いだからやらないとか、好きだから、好きと言える事が減って、周りの目と空気を読まなければいけなくなる。
毎日、なんとか日々やり過ごさなければならない。
優奈ちゃんとは、三つしか違わないけど、小学生と中学生の間には、とっても深い溝があるの。
パラパラとめくっていくと、最後のページに、
11:21 31:21
ボールペンで記載してあるその数字は、時間かな?
でも、そこだけ書き直したみたいに、紙がよれて、フニャっとしている。
「黒崎君、これは何か関係ある?」
黒崎君は一瞥すると、考えに没頭したいのか、ピクリとも動かない。
石像みたいなその姿は、凛々しく、気高く見える。
でも、見惚れている程、時間があるわけではない。
「優奈ちゃん、この冊子はずっとここにあるの?」
優奈ちゃんは、私が持っている冊子を見ると、
「うん、そうだよ、ここで描いたり、お部屋で描いたものを集めて、みんなが見れるようにしてるの。たまに、増えてるよ。」
「この前、来た時は、無かった気がするけど。」
「じゃあ、整理してたんだよ。新しく入れ替えたり、亡くなった子とかは、お母さんやお父さんに返したりもするらしいんだ。中には、友達の為に、そのまま置いておいたりもするみたいだけど。ほら、見て。」
そう言うと、拙い字で書かれたページを出し、私に見せる。
「この子は、夏休みの間に死んじゃった。心臓が悪かったみたい。こうちゃんはね、さとると仲良かったんだよ。いつもゲームを一緒にしてた。こうちゃんが死んだ後、さとる、少しおかしくなっちゃって、凄く何かに怒ってた。だから、私もさとるに付いてないと心配なの。だって、男の子って、危なっかしいんだもの。」
お茶目に言っている内容が、ディープに感じる。
この子達は、病気の子に接する機会もあるし、自分達もそうなのだから、亡くなる事に対して、自然と受け止めているのだろうか?
それとも、死に対して、麻痺しているのか、子供なのに、目の前の優奈ちゃんが、達観した人生を歩んでいる事に、驚きと尊敬を感じてしまった。
こうちゃんが書いたページには、「ぼくは、大きくなったら、結婚して好きな人を守りたい。さとるとはずっと友達だ。 矢野 洸一」。
きっと、好きな子がいたんだろうな。
ついつい、思いをはせてしまう。
はぁ、何だかとっても切ない。
「トーコちゃん、悪いけど、ここで解散してもいいかな。ちょっと、調べたい事が出来た。」
先程から、考え事をしていた黒崎君が復活し、良い知恵を授けくれると思いきや、真剣な眼差しでこちらを見てくる。
本当は、もっと聞きたい事がたくさんあるけど、
「いいよ。でも、手伝うって言った。お願いだから、私にも調べる事があれば言ってほしい。でないと、変なメールいっぱい送るから。」
これくらいしか、返せない自分も悲しいけど、でも、これでも精一杯の反撃なのだ。
怒った顔で言ったのに、反対に笑っている。
「笑うの禁止。」
余計、ツボにはまるのか、掌で口元をおさえている。
けど、顔が赤くなってますけど。
「それって、別に構わないよ。変なメールなら気晴らしになるから面白いし。たまに、送っておいてよ。そうだね、但し、危ない事はしないで。後は、事務室に行って、蔵書の確認をしてほしい。誰が寄贈したのか、どの本が無くなっているのか、紛失騒ぎがおこる一月前くらいからでいいから。」
それから、少し腕組みをして、
「もう一つ、貸出も調べてくれる?ナースステーションにあるから、見れば分かると思う。気になる点があったら、メールして。」
優奈ちゃんの頭をポンポンすると、「じゃぁね。」そう言って、児童館で別れた。
本当は何を調べたいのか、聞きたいけど、聞いてもはぐらかされそう。
今回の真相が分かったら、絶対教えてもらうんだから。
そう決意すると、手っ取り早く、ナースステーションに行く事にした。
ママの頼まれごともあるし、先に貸出ノートを見せてもらおう。
ナースステーションに行くと、ちょうど友近さんがいた。
「友近さん、すいません。母はおりますか?」
声を掛けると、何か雑仕事で机に座っていた友近さんが顔上げ、私の姿を確認すると、ツカツカと歩み寄ってきた。
なんだろう、顔が怖いんですけど。
窓口に来た友近さんはいきなり、
「瞳子ちゃん、児童書が無くなってる事、調べてるんだって。」
いつもは笑顔で挨拶してくれるのに、
「そういうのは、こちらに任せてもらえない。あんまり部外者がウロウロするのも良くないの。子供達はそういう事に敏感だし、興味を持ちやすいから。ここにいる子達は、病気で入院してるのよ。瞳子ちゃんみたいに、元気な子が出入りすると、嫌な子は嫌でしょう。」
「はい。」
そう返事をするしかない。
会話さえ、出来そうにないだもの。
「なら、もういってくれる?」
そう言われ、にべも無く追い出されしまった。
「えっと、母は。」
「点滴を替えに行ったから、その辺にいるわ。」
「はい。」
もう、涙が出てきそうだ。
ママじゃないけど、私、何かしたのかな。
放心状態のまま、自分でも気づかないうちに、さっきまでいた、児童館に立っていた。
ああ、つい先程まで、黒崎君や優奈ちゃんと楽しくお話してたのに、へこむ。
ママやパパに注意されたり、叱られたりするのは、愛情があっての事だ。怒られても、反省はするけど、こんな風に体全部が脱力したような、空虚感と失望感はない。
大人に正論で怒られるのはいい。
怒られて当然の事もあるから。
でも、今のは、病気の子を例えにして、さも、私が悪い事をしていると思われるのは、どうしようもなく、心の中が罪悪感と情けなさでいっぱいになる。
確かに、私がウロウロして、嫌な子もいるかもしれない。でも、それなら私の意見も聞いてほしい。
だって、児童館は、その病気の子供達にとっては、憩の場になれる癒しの空間でもあるわけだから。
勿論、ただの自己満足って言われればそうかもしれない。でも、黒崎君や私だって何とかしたいと思うから、頑張ってるのに、邪魔なのかなぁ。
考えれば考える程、心も体も重くなってくる。
「瞳子、何してるの?」
児童館の前で、ボーと立っていた私に、ママが声をかけてきた。
「何、あんた、具合でも悪いの?それなら、頼んでた荷物を持ってすぐに帰りなさい。それとも、ここの救急で見てもらう?」
「大丈夫、ママ。児童館の貸出記録を見せてほしかったの。」
そう言うと、
「ちょっと待ってなさい。」
ママが児童館まで、貸出記録が記入してあるノートを持って来てくれた。
「ママいいの?さっき、友近さんにあんまりここに来ないように言われて、本が無くなった事も調べないように言われたんだけど。」
「あら、いいわよ。さっさと見ちゃいなさい。見たら、友ちゃん以外のナースに返したらいいわよ。本当、最近どうしたのかしらね。」
「ママも何か言われたの。」
「ああ、少しね。ただ、ママあんまり気にしないし、ごちゃごちゃ言われても忘れちゃうのよね。他のナースにはそんな事ないのに。変な人よね。」
ママって、強心臓。
私だったら、もう、その日一日中考えちゃうかも。
きっと、おばあちゃんに似たんだろうな。
母方のおばあちゃんは、ママ以上に豪快でアクティブな人。
だから、おばあちゃん家に行って、お話し聞くのって好きなんだ。
行った旅行先の話が、また面白くって、いつも何かしらのアクシデントが起こるのに、おばあちゃんは楽しそうに、それを乗り越えて行く冒険活劇のようなお話をしてくれるのだ。
まるで、本に出てくるヒーローのみたい。
インドに行った時なんか、沐浴していた人が溺れているのかと思い、助けようとしたら、サドゥーの人が変わった沐浴をしていただけで、自分の方が溺れかけたらしい。
サドゥーとは、インドのヒンズー教の修行者の事で、顔に模様を施したり、枯葉色の衣服を着て(裸の人もいるらしいけど)、髪も髭も剃らず、苦行にいそしんでいる人達の事だ。
おばあちゃん曰く、修行僧だって聞いていたから、自分に厳しくて大変な苦労をしているのかと思っていたけど、意外にフランクな人で、チャイを一緒に飲んだり、あっちこっちを案内してくれたりしたそうだ。
それで、少し仲良くなってきた時に、現地で通訳してくれていたガイドの女性が行方不明になり、その仲良くなったサドゥーの人と、その仲間達と一緒に、彼女を見つけ、連れ去った悪い人達を警察に引き渡したというのだ。
痴情のもつれで、彼女は監禁されていたみたいなの。
その助けるまでのおばあちゃんとサドゥーとの活躍は、聞いているだけで、ワクワクしてとっても楽しい。
自分もいつか、おばあちゃんみたいに、仲間と面白い冒険が出来たらなぁ、聞いているといつも思うのだ。
「なに、この子、ぼーっとして大丈夫なの。とにかく、早くしなさいよ。」
「分かった、すぐ見て返すから。持って帰る物も用意しておいてよ。」
「そうだった。五階のリハビリテーションのロッカー室、分かるでしょう。その中に置いてあるから、ほら、鍵。昨日、瞳子に鍵を渡して置いたら、そのまま持って帰れると思ってたんだった。忘れてたわ。」
目の前で、豪快に笑っている母を見て、あー、私もこんな性格だったら、ウジウジと悩んだりしないのに、そう思ってしまう。
「じゃあね、瞳子。気を付けて帰るのよ。」
そう言い残すと仕事に戻って行った。
ママの倫理観はともかく、貸出ノートを見れるのはありがたい。
小さな椅子に座ると、ページをめくってみた。
えっと、本が無くなる一月前くらいから。
七月のページから見てみると、つたない字で記入された文字は、切なくて、懐かしい。
自分にも、こんな頃があったなぁ。
大きく書かれた字は男の子かな、小さくまとまった字は、女の子?
その中に、先程聞いた、やのこういち君の貸出記録がある。
<いのちのバトン>
絆シリーズだ。
私も読んだな。
九十七歳のお医者さんが子供達にいのちって何?心臓?いのちって、どう使うの?
いわさきちひろさんの水彩画が、キレイで少し悲しくて、表紙から見入っちゃったのを憶えている。
これが、七月七日。
七夕の日か。
その後も、同じ本を、彼は立て続けに借りている。
よっぽど気に行ったのかな?
貸出日数は明確には決まってないのだが、だいたい、一週間から十日くらいまでとなっている。
彼は、七月七日、七月二十五日、八月二十日、この日に、返却した本をまた借りている。
あとは、さとる君や優奈ちゃんも、借りてはいるけど、二冊や三冊くらいを、たまに借りている程度だ。
他の子も、別に変だと思う感じはしない。
こういち君みたいに、同じ本を連続で借りているような子は、いないみたい。
優奈ちゃんが、こうちゃんは夏休みに亡くなったと言っていた。多分、八月の二十日以降だったんだろうな。
それ以降の彼の貸出記録はない。
携帯でこういち君の貸出記録をカメラで撮った。
そのまま、ナースステーションに行き、窓口近くにいたナースに貸出ノートを返却すると、もう一度、児童館に戻った。
じっくり本棚を見てみたけど、やっぱり、<いのちのバトン>の絵本は無い。
こういち君は、返却してないってことだよね。
返却すると、ノートの端に返却の印が押される。
でも、最後に借りた、八月二十日の列には、返却の印が押してなかった。
その本をどうしたのか、本人に確認するすべがない。
本当、消えた本も、こういち君が借りた本も、どこにあるんだろう。
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