第9話 病院で彼女設定で、結婚相手⁈

 少し郊外に隣接した、広大な敷地に東洸大学病院は建っている。

 少し、街からは離れているけれど、交通の便は良く、バス停も敷地内の大きなロータリーの前に停まるようになっている。緑をコンセプトにしているのか、常緑樹が多く、自然があり、心地いい。

 東洸大学病院は、とても大きな病院で、十三階建ての総合病院である。施設もさる事ながら、評判も良く、患者さんでいつも一杯だ。

 今日は休日なので、外来は無く、ロビーも静けさが漂っている。

 「妹さんは、六階に入院してるの?」

 「うん、佳奈って言ってね、兄としては可愛くて仕方ない。なのに、俺には生意気な口を聞くんだよね。」

 桃田君に似た顔の、小さな少女を想像して、少し笑ってしまった。

 「なら、桃田さんは先に佳奈ちゃんの所に行く?同じ階だから、私は、ママに来た報告に行くけど。」

 「分かった。後で、妹にも会ってやって。暇なんだよ。女子同士の方が、話が合ったりするだろ。」

 「それは自信がないかも、女子に見られてるか、最近、疑問なんだ。私の家は、弟だし、でも、ちょっと会ってみたい。児童館で待ち合わせでいい?先に、本を見ておきたいの。」

 「分かった。お昼は一緒に食べよう。じゃあね。」

 そう言って、別れた。

 ナースステーションに向う途中で、ママにバッタリ会った。

 会うなり、

 「瞳子、あんたでかしたわ。あんなイケメン、どこで知り合ったのよ。パパには負けるけど、さすが我が子。イケメン好きは、私似ね。」

 あー、何か、物凄い勘違いをしてる。

 「ママ、違うから、たまたま一緒になっただけで、桃田君は、妹さんのお見舞いに来たの。ママも知ってるはずだよ。佳奈ちゃんって言うんだって。」

 「佳奈ちゃんのお兄ちゃんなの。桃田家は製造業の会社で、おじい様が社長でお父様が副社長をされているとってもお金持ちよ。瞳子、あんた、凄いじゃない。どうやって引っかけたのよ。」

 大興奮のママ。

 人の話、聞いてないよね。

 この冷やかな娘の目が、分からなのかしら。でも、こうなったママは止まらない。

 「瞳子、いつでもお家に連れてらっしゃい。ママが休みの時に、シフト分かってるでしょう。」

 ママの休みは、冷蔵庫に貼ってある。

 でも、残念。

 吹奏楽部の手伝いに行って、たまたま知り合っただけなの。この先は、無いと思うよ。

 「あー、もう、児童館に行くね。後、レストランでご飯、食べるから。」

 言うが早いか、早々と引き上げた。

 このままここにいたら、何を言われるか分からないもの。

 児童館は、病棟の非常階段の横にある。

 小ぢんまりとした日当たりの良い場所で、黄色と白の市松模様の敷物が、より明るさを保っている。

 本棚も緑、黄、赤と三種類のカラーボックスが置いてあり、後はクルクル回る単行本用の本棚が二つ、丸い机が一つと、組合せのきくイスが五個、小さな子が座るイスが、二脚置いてある。

 カラーボックスの本棚を見てみると、絵本の数が確かに減っていた。

 自分が寄贈した物も、無くなっているのがあった。あるのは、大きくて本棚からはみ出している物と、懐かしいなぁ、絵が多くて文字数が少ない物だ。

 単行本の方は、良くは分からないけど、だいたい本棚に収まっている。

 一通り、目を通してみたが、頻繁にここに来るわけでもないので、無くなっているのは分かるけど、どのくらいの数なのか、見ただけではよく分からない。

 絵本の中身も、別段変わったところはなく、子供達が塗り絵のように、クレヨンやカラーマジックで、所々落書きをしている。

 うーん、調べに来たのに、どこから手を付けたらいいのか分からない。

 自分の才能の無さに、ガッカリしていると、

 「やあ、また、会ったね。」

 私に言ったんだろうか、声のする方へ振り向くと、

 「あっ。」

 「憶えててくれた?」

 爽やかな笑顔が、とても眩しい。

 もう出会う事はないだろうと思っていたので、ビックリしてしまった。

 それにしても、この人も本当にイケメンだ。

 何なんだろう。最近、美男美女に会いすぎな気がする。

 「どうしたの?ああ、この前、寄贈した絵本、無くなってるよね。白石瞳子さん。」

 唐突な出会いにも驚いているのに、

 「何で、名前が分かるの?」

 本当にビックリして、声が裏返ってしまった。

 「なぜでしょう?」

 少し悪戯っぽく笑うその顔は、この前、出会った時よりも子供っぽく見えてしまう。

 多分、服装のせいもあるかもしれない。

 前回みたいに、パジャマでは無く、男の子らしい、細身のジーンズにナイキのシューズ、上は赤いTシャツに、黒のジャケットを羽織っていた。

 それも、ブランド物だ。

 中学高学年か高校生くらいなのだろうか。

 それ程、落ち着きがあり、品の良さが、体から滲み出ている。

 桃田君や倉崎君もイケメンだけど、この人は、また次元が違うかも。

 言葉に詰まって、黙っていると、

 「時間切れ、答えは簡単。友近さんから聞いた。君が児童館に本を寄贈したのは知っているから、どんな子が寄付したのか、聞いただけ。君のお母さんが勤務してるんだってね。この前は、自己紹介も出来ずに、逃げられたから、今日は、逃げられる前にしとくよ。」

 「僕は、黒崎真尋、東洸大学附属中学校の一年。君は、柑月女子中の子だろ。制服で分かるよ。」

 「同じ年なの!」

 驚いて、話の途中に割り込んでしまった。

 向こうも、少し眉根を上げて、目を見開く、

 「そんなに、老けてるかなぁ。」

 少し困ったように言う。

 私は両手を振って、

 「とっても落ち着いて見えるし、大人びて見えるから。私みたいに、ウロウロした感じ、ないでしょう。」

 「ウロウロって、トーコちゃんも見た目は落ち着いて見えるけど。まぁ、勢いよくぶつかってくる所は、お茶目なのかな。」

 「いいですよ。正直に、そこつ者だって言ってくれて。自分でも分かってます。」

 すこし剥れて言うと、笑いながら、

 「いやー、君は顔に、正直に出ちゃうんだよね。だから、この前も笑っちゃって。悪かった。でも、僕としては、そんなに感情豊かになれるのは羨ましいけどね。」

 そう言うと遠くを見るように、目を細め、自分を見て来る。

 そんな顔を見ると、何か重く、影を背負って生きているように見え、顔が自然と強張ってしまう。

 そんな私を見て、

 「ごめんごめん。そんな嫌な顔してたかな、気を付けるよ。それより、トーコちゃんは、本が無くなるのが気になって来たんでしょう。」

 頷くと、

 「ママから聞いて、さすがに気になって。全部じゃないけど、文字数の多いものと、大きさの手頃な本が無くなってる。誰かが持ち帰ったにしても、児童図書には、病院名とナンバーが付いてるはずだから、子供が持って帰っても、親には分かると思うんだ。どこに消えたんだろう。」

 「なぜ、子供が持って帰ったと思うの?」

 不思議な事を聞かれ、なぜって、

 「児童書は、子供向けの本だよ。特に絵本は、小さな子供以外には読まないでしょう。勿論、絶対とは言わないけど。」

 確かに、親もここに子供を迎えに来たりする。

 本の読み聞かせをしている大人の人もいる。でも、大人はお金を持ってるんだもの、書籍は買える。

 わざわざ盗らなくても、子供には新しい本を買ってあげたりできるじゃない。

 それを彼に言うと、

 「ふむ、本を読むためだけとは、限らないだろ。だけど、もうタイムリミットかな。用事があって、もう行かなきゃ。トーコちゃん、本当に気になるのなら、もっと他の子供の話を聞いてみてごらん。後、分かった事は、ここに入れて、時間がある時に見るからさ。」

 児童館に置いてあった、メモ用紙にさらさらと書くと、メールアドレスの紙を渡された。

 「ラインじゃなくて?」

 今は、皆、それでやりとりをしている。

 私は、交換する人がいないので、必要ないけど、アプリは入れてある。

 「うーん、あれは失礼になるかもしれないから。呼んだら、既読がつくからね。でもすぐに返事がかけるかどうか分からないんだ。それなら、メールの方が気にならない。では、健闘を祈る。」

 そう言うと、手を振り、児童館の横にある非常階段を降りて行く。

 悔しい事に、後ろ姿まで、カッコいい。

 少し燃えてきた。

 メールアドレスを貰って、何も分かりませんでした、そう送るのは嫌だ。とにかく、何かの手がかりくらいは、見つけたい。

 今度は、本棚に残っている児童図書を手にとり、丁寧にめくってみた。

 小学校高学年から、中学生くらいまでを対象とした本で、挿絵も所々で、字も多い。

 単行本よりは少し大きめなので、持つのに丁度いい感じで、読みやすい。

 「何だろう。」

 三冊目をめくっている時に、ふと疑問に思う。

 何だか、このページ、後がついているような。

 目を凝らして見ると、文字の横に薄っすら、線の跡がある。

 今度は、一文字一文字に気を付けて、よく見る。気を付けて見てみると、やはり、所々に文字の横に線の跡がある。ただ、消してあるので、筆圧の強い箇所が、光に当てると浮いて見えるのだ。

 何だろう。

 それも、ひらがなの箇所だけ、「な」とか「わ」とかの横に引いた後があり、漢字や、名詞、動詞に引いてあるわけではない。

 うーん、これ、撮っておこう。

 本を持って、丸い机に置き、リュックの中からペンケースを取出す。

 そして、シャーペンを出すと、線の引いてあった箇所をもう一度引き、それを携帯のカメラで撮ると、消しゴムで消して、元の状態に戻しておいた。

 そうすれば、家に帰って、考えられるもの。カメラで撮り終え、本棚に戻す時に、桃田君が来た。

 「遅くなって悪い。なかなか妹が離してくれなくって。」

 顔の前で、両手を合わせて、ごめんなさいのポーズをする。

 「いいよ。それより、後で妹さんに会わせてくれる?児童館の本とか読んだりしてたかなぁ。そんな元気、なかったかもしれないけど、取り敢えず、大丈夫そうなら、話を聞いてみたいんだ。」

 「いいよ、もう明日が退院だから。よく喋るし、元気だよ。ただ、何か変な事、言われても気にしないでよ。」

 「変な事?」

 「あー、まぁ、女子って気になるのかなぁ。とにかく、レストランに行こう。その後、妹の病室に案内するから。」

 「うん、ありがとう。」

 レストランは十一階にある。

 二人で、エレベーターに乗ると、一人、スーツを着た男性が乗っていた。

 桃田君が、十一階の押しボタンを押すと、十二階には既に、オレンジの光が灯っていた。

 この人は、個室病棟に行くのだな、ママが言ってたけど、個室病棟にもいろいろ値段の差があって、一万五千円から五万円くらいまであり、五万円の個室は、ホテルみたいに凄いんだから、とよく言っている。

 もちろん、そういう場所に入るのは、お金持ちと政治家の人達で、お金はいくらかかっても良いから、治して帰してほしい、そう言われたりするらしい。

 だから、とっても気を使うのよ、大変よね、他人事のように話していた。

 この人も高そうなスーツを着て、靴もピカピカだ。

 こういう人が、お見舞いに来るんだなぁ、と思いながらも、その割には、お見舞いの品を一つも持っていなく、鞄から少しはみ出ているのは、紙袋に入っている長方形のスケッチブックのような物だ。

 雑誌かも知れないけど、鞄のチャックが閉まらず、出た状態で入れてある。

 腕には宝石がキラキラと光っていて、ダイヤモンドかなぁ、キレイだけど、何だか、場違い。

 私があまりにその人を見ていた為なのか、桃田君がとうとう、

 「お前、何、食べたいんだよ。奢ってやる。」

 唐突に聞かれた内容に、むっとし、桃田君の方を見上げてしまう。

 「奢ってもらう理由が無いんだけど、それに、食べたいものを食べるから。」

 「彼女に奢るのに、理由なんて、無いだろ。いいから言ってみなよ。」

 そう言いながら、私に分かる程度に、手で自分の後ろを指す。

 私と桃田君は、扉を背に向かい合っている。そして、桃田君の後ろに、スーツを着た男性が、隅の方で、体ごともたれかかっていた。

 私の位置からは、よく見えるのだ。

 これなら相手に、不審がられずに観察できる。

 「だからって、あんまり高い物は無理だけど。」

 そう言いながら、クスリと笑い、ウインクされた。

 あーもう、本当の彼女なら、もうメロメロなんだろうなぁ。

 これって、何でも無い女子に、あの笑顔はダメだよ。

 落ちる。

 でも今は、彼の気遣いを無駄にしてはダメだ。

 「そうだなぁ、オムライスとかいいかなぁ。」

 言いながら、目線はしっかり、後ろのスーツの男性を見た。

 身長は、桃田君より少しだけ低め、細身で高そうな、スーツと靴を履いている。年齢は、多分、四十歳くらい。

 目鼻立ちは悪くなく、整髪料の臭いなのか、仄かに、柑橘系の臭いがする。腕には、直径が六~七ミリくらいのダイヤモンドが付いた、鎖型で金色のブレスレットをしていて、先程からキラキラと光に反射し、庶民の自分としては、嫌な気分だ。

 反対の腕には、これまた高そうな腕時計をしていて、たまにチラチラと時間を気にしている風をみせる。

 見た目だけなら、かっこよく、品がありそうで、お金持ちそうに見えるのだが。何か、自分の中で嫌な感情がその人を見て思ってしまう。

 その時、スーツの男性が、こちらを見て、ニコリと笑い、

 「仲のいい、カップルだね。ほのぼのしちゃったよ。」

 桃田君が、クルリとその男性に向き直り、

 「そうなんですよ。俺の方がメロメロで、可愛いいんですよね。今から、俺ら、レストランに行くんですけど、誰かのお見舞いですか?」

 桃田君が、世間話のように、スーツ男に聞く。

 「ああ、まぁ、そうだね。」

 「俺も妹のお見舞いで、来たんです。じゃぁ、そろそろ降りるんで、まだ当分先だけど、俺らが結婚する時は、そんなステキなダイヤをあげたいです。今は、彼女の誕生日に、お小遣いで買える程度のネックレスをあげたいと思ってるんですけど、値段のお手頃なのに、なっちゃうなぁ。」

 そう言いながら、私の方を、じっ、と見て来る。

 えっと、私、彼女設定で、そして結婚相手になってるの!

 お願い、それ以上、見ないで、本当に落ちる。

 「お手頃の値段の宝石か、僕はそういうお店をしててね。勿論、お小遣いで買える宝石もあるよ。時間があったら、お店においで。そうだ、名刺をあげておこう。僕は、宝石商をやっているんだ。このブレスレットは歩く宣伝みたいなものだから。君達が大人になって、ダイヤを買えるくらいになったら、僕の店で買っておくれ。」

 胸ポケットから、名刺を一枚取り出し、桃田君へと渡した。

 名刺には、ナカガワ宝石株式会社、代表取締役 中川哲夫、そして東京の住所が記載されていた。

 その瞬間、エレベーターの扉が開いたので、二人で降り、中川さんにお辞儀をすると、そのまま閉まるまで、二人でお見送りをした。

 扉が閉まった瞬間、二人で深く息を吐き、桃田君が私の肩を抱き寄せていた手を、そのまま頭に持っていき、ポンポンと軽く叩く。

 その行為をされて、改めて、とてつもなく、恥ずかしくなった。

 なにせ、カップルの振りをし、結婚指輪の話をし、肩を抱かれ、挙句に頭ポンポンなど、ありえない。

 心臓がもたない、他女子が怖い。

 だから、いきなりその腕から逃げてしまった。

 桃田君は、びっくり顔。

 「ごめんなさい。私があの人の事、気にしてたから、助けてくれたんだよね。本当にごめんね。彼女設定なんかさせて、もう大丈夫だから。ありがとう。」

 申し訳なさで、顔が青ざめてしまう。

 だって、こんなにカッコいいんだもの。彼女がいるかもしれないし、好きな人がいるかもしれないのに、私なんかがと思うと、いたたまれない。

 桃田君はと言うと、あ然とこちらを見ている。

 「えっと、例え、気になって見ていたとはいえ、さすがに彼女設定は、悪いでしょう。桃田君、モテそうだし、彼女とか、好きな人がいたら。」

 そこまで言うと、桃田君がいきなり右手を突出し、ストップのジェスチャーをした。

 そして、左手で口元を抑え、うーん、唸っている。

 なんだろう、変な事、言ったかな。

 もう一度、謝ろうとしたら、

 「それ以上はもういい、分かったから。俺に、彼女はいない、好きな人については、取り敢えず、ノーコメントで。まったく、どうしたらいいものか。」

 最後の辺は、何だかぶつぶつ言っているものだから、

 「えっと、レストラン行く?」

 いつまでも、エレベーターの前で、ウロウロしているわけにもいかないのでそう言うと、

 「そうしようか。」

 何だか、疲れた人みたいに、大きく息を吐出し、少し頭を振っている。

 男子って、本当、分からないわ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る