第4話 素敵な先輩とお似合い?
否応なく、朝が来て、学校に行かないといけない。今までは、それでも制服を着るだけでウキウキした。
友達はいないけど、だからと言って無視されるわけではない。なぜか余り近寄って来ないのだ。なのに、近づいて来た人が高等部の先輩で、個性的な人が多い集団で、目立つのが嫌いなのに、目立ってる中にいる。
ああいう人種は、遠目で見るだけでいいのに、心の中で思っていても口には出せない。
何せ勝手に話が進み、勝手に古典研究部に入らされ(確かに、入部届は出したけど、断れる雰囲気では無かった)、文化祭にする劇に出ろなど、余りにも理不尽だ。
今日こそ、嫌だと言ってやる。
朝はそう思うのだが、お昼になると迎えが来て、高等部にある古典研究部の部室に連れて行かれるのだ。
一緒にお弁当を食べながら、切々と古典研究部の活動内容と、劇の詳細を聞かせられる。
嬉しがるのはクラスの人達で、古典研究部は有名らしく、高等部で、カリスマ的な人達が入っているらしい。
それが一週間続いた。
もうそうなると、クラス中が、今か今かと昼休みを待ち望み、他のクラスまで覗きに来る始末。
最悪だったのは、如月先輩が来た時で、もう周りが緊張で固まっているのが見て取れ、それなのに悪ノリして、「このお菓子おいしそうだね」、って言うものだから、みんなが自分の持っていたおやつを差し出したのだ。
それで、嬉しそうにまたニッコリするものだから、教室を出た後の後ろから聞こえる悲鳴ときたら、もう、奇声に近かい。
彼女達の気持ちは、分からないでもない。「柑月のモナ・リザ」と呼ばれている如月先輩は、背は一七〇センチと高く、体つきもしなやかでスタイルがいい。顔は彫が深く、小顔でとっても美しいなのだ。
そりゃ、こんな状況でなければ、私も皆みたいに騒いでいたい。けれど、この方、意外にイタズラ好きで、絡みづらい。
だから、諦めたのだ。
もう迎えに来られなくても自分で行きますと、逃げたりしません、辞めたいとも取り敢えず言いません。
それなのに、如月先輩ときたら、お菓子がもらえなくなるとか、私がおどおどしてるのが面白いのに、とか、退屈しのぎにちょうどいいとか、ぶつぶつ言っている。
今回、如月先輩も陽子先輩に押し切られて、劇に出る羽目になり、自分も面白くないのだ。
だからと言って、中学生に絡まないでほしい。
「トーコは、友達出来たの?」
来なくて良いなんて言ったものだから、一番痛いところを付いてくる。
「出来ません。先輩みたいに来るだけで目立つ人がいると、余計に寄って来ないんです。質問はたくさん来ますけど。」
「どんな。」
「如月先輩の好きな物とか、趣味、特技。どんな映画が好きなのかとか、休みの日は何をしてるのかなど、いろいろです。」
「ふーん、で、何て答えてるの?」
「先輩とそんなに親しくないので分かりませんって言うんですけど、じっと見て来て、羨ましいわ、とか、いいわね、って言われたりして・・・。」
「して・・・、の続きは。」
「よく分からない事も言われたというか、お似合いねって。」
言った途端、如月先輩が吹出した。
そのまま、肩を揺らしながら笑い続け、なかなか収まらない。
なんなんだろう。
「冴、何よ?笑い過ぎでしょう。」
陽子先輩が、たしなめるように言うと、
「あー、ごめん、ちょっと面白かったから。それで、トーコちゃん、その後、どうなったの?」
「それが、クラスを仕切っている人がいて、その人達が質問をして来た子達を追い払ったんです。せっかく友達になれるチャンスだったのに、なんで、どうして?私、そんなに嫌われてるんでしょうか?」
「切実だね。いいじゃん、私達が友達みたいなものじゃない。」
長塚先輩が、何でもないように気軽に言う。
長塚花梨先輩は高等部の一年生で、次期この部の部長候補。しっかりしてるし、人懐っこく、愛嬌があって可愛い。
「長塚先輩達は、あくまでも先輩です。もっと、気軽な友達と言いますか、悩みを相談したり、一緒に買い物行ったり、映画も行きたいし、いろいろです。」
言いながら、だんだん凹んでくる。
私って、何が悪いんだろう。
「何、何だか暗いわよ。この子、自分の事が分かってないわよね。何で人がよって来ないのか、冴、言わなかったの?」
「だって、面白いから。」
しれっと、何だか酷い事を言われた気がする。
「何か理由があるんですか?」
陽子先輩が仕方なく、
「なぜ、君はここを受けたんだね。」
なんだか、弁護士のような口調で聞いてくる。
「それは、制服が可愛いですし、家からも通えるし、女子が多いと友達も出来るかと。」
「小学生の時に、君には友達がいたのかね。」
「いえ、低学年の時には、少ないけどいました。でも、塾に行ったり、ピアノを習ったりしてたら、皆と遊べなくなったし、両親が共働きで家の手伝いもしていましたから、弟はまだ小さかったですし。」
「ふむ、要するに親しい友人はいないと言う事だな。それで君は、本当にそれで友達が出来ないと思ってるのかね。女子中に来たのも、本当に制服だけの理由かね。」
矢継ぎ早に言われ、本当に被告人みたいだなって思ってしまう。
それで、何だか、過去の事を思い出し、思わず額に皺が寄った。それを見逃さない東御弁護士は、
「何かトラウマでもあるんじゃないのかね。言ってみたまえ。」
それで渋々、口にする。
「小学生の時に、男子の同級生に、お前、親父だなって言われて、多分、その当時の私は男子より大きくて、顔も父親似で男子的だから、まぁ、それは今もかもしれませんけど。クラスの人気者だった彼に言われたのは、余りにショックで、帰って泣きました。」
苦々しい記憶を露呈しなければならなくなり、思いだしたくもない記憶が鮮明に蘇る。
また、ショックで泣きそうになる。
それ程、彼に言われたのは堪えたのだ。
「なる程、それで君は女子校に逃げ込んできたんだな。」
「はい、多分。」
ここまで来ると言われるがままに返事をしてしまう。
何だか、自分もそうなのだと思い込んでしまうのだ。
「正直に言おう、ここにいる部員は、だいたい似たり寄ったりの事情で、ここに逃げ込んできている。桜子は、家が老舗の呉服屋で小さい頃から習い事が多く、お嬢様として育てられてきた。それでこの容姿だ、幼稚園、小学校と有名な付属に通っていたらしいが、女子の友達は出来なかった。当たり前だ、男子がこの子をほっとくと思うか、よって柑月行きだ。男子がいなければ、女子の友達が出来ると思ったんだなぁ。後、可憐もそうだな。イギリス人とのハーフだが、小学生男子が、この目に見つめられて言う事を聞かない奴がいるか?いないね、よって保護者からも、あの色気のある女子はどうしたものかと物議され、柑月行きだ。花梨など、余りの可愛さに、小学校の時の担任にイタズラされそうになったんだぞ。事無きを得たものの柑月行きだ。ここには、男性の教員はいないからな。冴は、この通り目立ち過ぎなんだ。もう近づきたいを通りこして、見ておきたいになるらしい。近寄ってこないから、丁度いいらしいけど。そう言ったわけで、他の部員にも諸事情があり、ここに来た者もいる。君が言ったように、制服が可愛いからという理由もある。」
休憩なのか、間なのか、ウンウンと一人で頷きながら、勝手に納得されている東御弁護士は、次にハタと自分に向きなおり、両手を私の肩に置いて、
「白石君、君はその男子に言われた事が悔しいんだね。分かるよ、いたいけな乙女に対して、親父など。でもきっと君は、その子以上にカッコ良かったのではないのかね?男前だったのではないのかね?彼の方が、君をみて、屈辱的だったのではないのかね?それ程、その子にとって、君は脅威だったのだよ。」
一呼吸置くと、更に畳み掛けるように、今度は拳を握りしめ、
「白石君、君のその悔しさを劇にぶつけようじゃないか。更に完璧な男子となり、その上背と、小顔で切れ長の目を武器に、女どもに男以上の色気のある男で、メロメロにしようではないか。大丈夫、君なら出来る、私達がついている。」
話がよく分からなくなっているが、とにかく私には先輩達が付いている、それが何だか心に心地よく響いてしまい、
「分かりました先輩、ついていきます。」
言った瞬間、陽子先輩はガッポーズをし、周りに居た人達は大きく溜息をついた。
「トーコちゃん、生徒会長にやられたね。」
「この話術があったから、生徒会長になったようなもので、中一に使うかね。」
「私達の事まで引用して使うのは、どうかと思います。」
「結局、友達が出来ない云々は無視したろ。」
「君達、煩いのだよ。トーコが自らやると宣言したんだ。喜びたまえ。」
そこで、自分もはたと気づく。
もしかして、はめられたんだろうか?だいたい私、男性役やるの?ウソでしょう。
「陽子先輩、私、男役なんですか?どっちかと言うと可愛らしい女子の方が、もしくは余り目立たない、木の役でも。」
「ばかもーん、もう配役は決定済みなのだ。後は本人が了承してくれればいいだけで、トーコ、君は今、私についてくると言ったでしょう。それは、私の意見に従うと言う事だ。女性にしか醸し出せない、女子漫画に出てくるような、キレイでカッコイイ男性を演じてもらう。今年は、女子の視線を全部集めるからね。気合い入れていくわよ!」
拳を握りしめ、猛々しく言い放つ彼女を止めるすべはなく、茫然と見ているしかなかった。
けれど、私、演劇なんてやった事ないんですけど。
「あー、トーコ、諦めな。ああなった陽子を止められる人間なんていないから。私も巻込まれた口だ、せいぜい怒られないように、じっと文化祭が終わるのを待つだけだ。」
諦め顔で言う如月先輩は、深く深く溜息をつき、私の頭をポンッと軽く叩く。
でもでも、劇で、カッコイイ男子役って、二人しか出てこなかった気がするんだけんど、
「あの、男子役って。」
「栗栖都符(クリストフ)だけど。」
あっさり言ってのける如月先輩に、私は多分、凄い顔をしてしまったと思う。
後で、般若みたいだったって言ってたから。
「なんで私なんです?せめて如月先輩でしょう。」
余りの驚きに、生きも絶え絶えで言うと、
「だって、陽子に、どっちやりたいって言われたから、範栖(ハンス)の方がいいって、こんな劇でいい奴なんかやれるものか、せいぜい、悪役やって先にやられて、退場する方がいいからって。」
「トーコ、大丈夫、君ならきっとやれる。古典になかなか興味を持たない連中に分かりやすく見せる為に、今回はアナと雪の女王のキャストで、古典風にアレンジ劇にするんだ。阿那姫(アナ)を守る役として、ばっちりかっこよくするからね。それに、桜子の家は呉服屋だ、着物も借りられるから、光源氏風に仕上げてあげるわよ。考えただけでもワクワクが止まらないわ。」
言いながら、陽子先輩は後ろを振り向き、黒板に書き出す。
「脚本は文芸部部長も兼ねている、高等部二年、葛城海荷が担当する。阿那(アナ)は、高等部一年、長塚花梨、恵琉紗(エルサ)は、高等部一年、ハーフの梅園可憐。高等部二年、如月冴が範栖(ハンス)で、御羅符(オラフ)は、高等部一年、神崎桜子。アナ雪では、エルサが魔法で創った雪だるまだが、今回は、雪の精として、もっと人間的で美しい者として登場する。日本風、雪女ね。後は、役をいろいろ分担しないといけないから、じっくり決める。以上、主な出番はもう決めてあるから。後は、台本が出来上がるだけだが、トーコが新しく入った分、些少訂正が入る。水無月とはタイプが違うからな、だが、女子の視線は全部もらう。演劇部にも申し訳ないが勝たせてもらう。後は、文化祭まで練習してもらうわよ。あー、燃えるわ。」
一人熱く語る陽子先輩を尻目に、周りは少し引き気味である。
葛城先輩は、文芸部部長なのに、無理やり古典研究部に入れられたんだけど、とぶつぶつ言っているし、神崎先輩は、着物は貸しますけど汚さないようにして下さい、横で訴えている。
多分聞いてらっしゃらないと思うけど。
長塚先輩と梅園先輩など、私達、アナとエルサをするって言ったかしら、なんて言っている。如月先輩は、すでに諦めているのか、遠くを見つめていた。
私はと言うと、唖然、茫然、でも喉から声が出てこない。
嫌ですと言いたいけれど、とても今、陽子先輩に言える状況ではない。
何だか折角、一生懸命勉強して入った、柑月女子中だけど、あー、頭が痛い。
だいたい、私が人前で演技するなんて、出来るのだろうか?
不安だぁー。
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