第2話 出会いは突然

 二学期が始まり、クラスの皆はウキウキモード。

 夏休みが終わって、休みの間に旅行に行ったり、友達と遊んだり、そんな話題で賑わっている。

 だから担任の先生からのキツイお叱りをクラス全員がもらって時は、私は全然騒いでもないのに、何だか面白くない。

 それよりも怒られたのに、皆の顔がワクワクしてるのが羨ましくて仕方ない。

 私はと言うと、母方のおばあちゃん家に行った(隣町だけど)くらいで、後は塾や弟と買い物に行ったりしただけ。

 初めての女子中学校生活の夏休みだったのになぁ。

 今日は、ママに頼まれて病院に行かなきゃいけない。

 学校から一旦帰宅すると、荷物を持って出かけた。

 私のママは総合病院の看護師で、パパは消防士をしている。ママも美人だけど、パパは本当にカッコいい。

 特に消防士の制服を着ている時なんか、自分のパパなのに見惚れてしまう。だから、パパとママが大恋愛したのは、とっても分かるの。

 今でもとっても仲良し。

 そして、私には、弟が一人いる。

 ママ似の七歳下の弟、透哉。

 まだ六歳なのに女子からモテモテ。今から先が思いやられるよ。

 私はと言うと、パパ似。

 嬉しいんだけど、女子的顔ではないのがいけないのかも。

 目が切れ長で顔の輪郭もシャープ。背も百六十六センチあって、女子では高い方。髪もショートなので、ママからは宝塚の男役になれるわよ、って言われている。

 私はそんなものより、もっと華奢で小さめで、女の子らしい女子になりたかったんだ。

 なぜって、大きいし、少し威圧的な面持ちだから、友達が出来ないのではと最近気付いてしまったから。

 男子は特に、自分より大きな人って嫌でしょう。

 あー、もっとコロコロした可愛い女子に生まれたかった。

 その時、ドンッ、衝撃がきた。

 紙袋に入っていた本が床に散乱し、自分はと言うと、情けない事に尻もちをついてしまった。

 最初、何が起こったのか分からず、とにかく散乱した本を手に取り、集める作業をしていると、目の前に可愛らしい絵柄の入った児童書の本が差しだされている。

 直感的に、多分この人とぶつかったんだ、そう思いながら、おずおずと本を受け取り相手の顔も見ずに、

 「ありがとうございます。ごめんなさい。」

 頭を下げ、一気に喋った。

 が、返事がない。

 もしかして物凄く怒っているのかも、恐る恐る顔を上げると、笑いを噛み殺しているパジャマ姿の男子がいた。

 そして、私の顔を見るや余計に笑いを堪えている。

 何だか、だんだん腹がたってきた。

 「あのー。」

 まだ笑っている。

 「あのー、もういいですか?」

 男の子がやっと笑うのをやめると、今度はこっちをじっと見てきた。

 でも、目がまだ笑っている。

 「何がそんなに可笑しいんですか?」

 少し棘がある言い方をすると、男の子はやっと、

 「いやぁ、あんまり豪快にぶつかったあげく、見事にすっころんだからどんな子だろうと思ったら、散乱したのは絵本ばかり、どれだけメルヘンな子なのかと・・。」

 最後まで言わなかったのは、多分私の顔がだんだん剥れてきたため。

 それで、また吹き出して笑っている。

 どれだけ失礼なのよ。

 「ぶつかった事は謝ります。前方不注意でごめんなさい。後、この児童書は私のではなく、弟がいらなくなった分を持ってきたの。ここの病院の児童館に寄付するためにね。じゃあ、さようなら。」

 私の顔は、酷い事になっていたと思う。

 なにせ、男子にここまで笑われたのは初めてだ。ちょっと、イケメンだからって許さないんだから。

 そのままぷいっと横を向くと、酷い顔のままだが、その場から立ち去ろうとした。

 なのに、なかなか進まない。

 どうやら、片腕が彼の手に捕まっている。

 「なんなんですか?」

 彼は深く深呼吸をし、笑いをなんとか落ち着かせると、

 「あー、取り敢えず、俺も謝らせて。俺も前方不注意だったから。後、そんなに怒るとは思わなくて、ごめん。」

 ここでやっと彼の顔をまじまじと見た。

 薄い茶色の柔らかそうな髪に、目鼻立ちの整った顔。日に当たらないせいか、色白で細身。なんといっても、青と白のストライプのパジャマを着ているだけなのに、品がある。

 そして、自分より背が若干高く、男子なのにとてもキレイなのである。

 普通の女子よりキレイな男子って、いるんだ。

 ちょっとした衝撃にとまどっていると、相手が距離を詰めてきて、どうしたの?覗きこんできた。

 それにもまた、ビックリして後ずさってしまい、

 「じゃあ、お互いに悪かったと言う事で。私、急ぐので失礼します。」

 そう言い残すと、脱兎の如くその場から立ち去ってしまった。

 失礼極まりないのは分かっているが、空気が薄い。

 なにせ学校は女子中だし、小学生の時の男子なんて、異性とも思っていなかった。

 自分の憧れはパパであり、あれ以上のカッコイイ男の人を見た事がない。

 印象悪かっただろうなぁ、今頃、後悔の念が沸き起こる。

 クラスの女子なんて、あの手のイケメン男子がいたら、キャーキャー言っていたと思う。

 自分は見た目だけならしっかりしているように見えるらしく、勝気そうにも見えるのだが、意外に落ち込みやすく、反省してしまうこの性格が疎ましい。

 とにかく、もう会うことはない。考えないようにしよう。そう切り替えると、母親のいる病棟に向う。

 児童館の場所は、自分も母親の都合で、何度か小さい頃に来た事があるので分かっている。

 取り敢えず勝手に持って行くのは気が引けるので、ひとこと言っておこう、そう思い、六階のナース室へと向かった。

 思えば、さっきぶつかった場所は、五階の踊場。何の病棟だったかな、そう思った直後に頭を振る、考えないんだった。

 ナース室を覗くと、母親の同僚である友近さんが自分を見つけてくれた。

 「あら、瞳子ちゃん、中学生になったんだ。その制服、柑月中のよね。可愛いじゃない、良く似合ってる。あそこ、女子の憧れだもんね。」

 そう言ってポンッ、肩を叩いてくれた後、ママを呼びに行ってくれた。

 そうなの、柑月中の制服はグレー系のセーラー服でワンピース。リボンが紺色でとっても可愛くて清楚な感じ。スカート丈も他の学校より少し長めなんだけど、それがまた品があって楚々としている。

 初めて袖を通した時は、神様に祈ってしまった。

 どうか、この制服に見劣りしないで、そこそこでいいから似合いますようにって。

 だから初めて他の人から似合っていると聞くと、とっても嬉しい。

 ちなみに、寒い時期の制服は、紺色が主体で、白色のリボンにグレー系のポンチョ風のフード付きのコートを着る。これがまた、可愛くて制服萌えしてしまう。

 実際、制服でこの学校を選んだ人だっているらしい。

 「あら、この子、気持ち悪いわね。なにニヤニヤしてるの?」

 辛辣な言葉で我にかえった。

 いつの間にか、ママが目の前で不審そうにこちらを見ている。だけど、子供に気持ち悪いはないでしょう。

 少し不貞腐れながら、

 「別に、それより本、持ってきたよ。」

 そう言うと紙袋を開いて見せた。

 さっき散乱したせいで、少し雑には入っているが、キレイな分を持ってきたつもりだ。

 「ありがとね。じゃあ、あんたついでに、事務所の方へ行って、この本、登録してきてくれない?一応、寄付って形にして、本の管理をするらしいの。でも、本当可笑しな話よね。結構な児童書があったはずなのに、絵本の棚だけ、一冊も無くなってるなんて。皆で読んでたからキレイなわけでもないし、あんなの持って帰っても仕方ないのにね。」

 私も軽く頷きながら、本当に不思議な話だと思う。

 児童館には、小さい子から中学生くらいまでの本が置いてある。

 私は入院患者では無かったけど、たまにママの都合で連れて来られ、児童館で他の子達と遊んだり、本を読んだりしていたのでどんな本が置かれていたかだいたい分かるつもりだ。

 皆が使う物だから、もうボロボロなのもあったし、何か零したのか汚れている本もあった。

 持ち帰ったとしても、本には病院名とナンバーが記載されているので、例え子供が間違って持っていたとしても、親が気づかない事はないと思う。

 勿論、絵本ばかりでは無く、中学生くらいが読める児童書もあるのだけど、絵本だけが無くなっているらしい。

 「じゃあ、瞳子、宜しくね。事務所の場所、分かるでしょう?」

 「うん。」

 返事を返すと同時に、ママは踵を返して、

 「帰って、洗濯物、取り込んでおいてよ。」

 余計な一言を言って、仕事に戻って行った。

 私の両親は共働きの為、どうしても私にも家事の負担がかかる。私立に行かしてもらっているし、塾にも通わしてもらっている為、仕方がないとは思うけど、女子中学生としては、庶民的な事は人に見せたくはないし、言いたくない。

 まぁ、言う友達もいないんだけど。

 自分で自分にガッカリしながら、事務所に向った。

 事務所は二階にあり、児童館はママのいる棟、小児科のある六階にある。また、階段を降りて二階に向うのは面倒だが、自分は階段を使う方が好きなのだ。

 人とあまり出合わないし、その間、考え事も出来る。だから、先程のように、ぶつかるまで分からなかったのは不本意ながら、自分の方が悪いのである。

 だって、病気の人はあまり、階段使わないでしょう。

 勝手な想いこみだが、勿論、病気によりけりで入院患者とて使う人は使う。

 今度はあまり、自分の考え事にのめり込まないように、少し注意しながら階段を降りて行く。

 五階の踊場に差し掛かった時、ふと、視線を病棟の方へ向けた。

 五階は、リハビリ室と隔離病棟になっていた。

 拙い知識を振り絞り、隔離病棟って、感染した人が入るイメージがあるけど、漠然とした知識しか無く、でも、あの人、ウロウロしていたから、リハビリの方なのかなぁ。

 少し立ち止まりながら、先程の失礼な態度が頭の中にあり、ごめんなさい、心の中で謝ると階段を降りて行った。

 その時は、自分の中で、もうその人と会う事はなく、通りすがりの通り過ぎた出来事だと思っていた。

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