第2話 憂鬱の中の幸福を求める旅

路地裏を後にした私は急ぎ本社近くのラボへ立ち寄った。

受付の女性にフィルム三本を渡し、カラーの三十六枚撮りを通常現像と早口で伝えると、受付嬢はデジタルスキャンはどうなさいますか?と私に聞いてくれた。二ヵ月前に、部長からこれから扱う写真はすべてデータ化すると言われたことを危うく思い出し、デジタルスキャンを補正なしCD焼きでと頼み「大垣新聞社」名義で領収書を書いてもらった。


フィルムの処理が終わるまで二時間程度掛かるというので、フィルムの不便さを嘆きつつ近場のカフェに行くことにした。本当なら本社に戻り原稿を書くべきだが、不真面目記者筆頭である私にそのような模範的行動は不可能である。フィルムが上がったら連絡してほしいと携帯電話の番号を伝えてからラボを後にする。外はどんよりとした曇り空で、こういう日はカフェの暖色系の電灯に照らされたモカが映えるだろうと、心躍らせつつ道を急いだ。


感度が百だとしたら、五百分の一でFは四といったところ。決して明るくない街中を、ルンルンとモカを楽しみにしながら進んでゆく。

しかしカフェまであと五百メートルといったところで、自らに怪しい影が付いている事に気が付いた。黒いパーカーを着た黒髪で長髪の女が十歩ほどの間を保ってついてきているような気がする。これは何が起きてもおかしくないと急ぎ近くで開いていた小さな書店に駆け込んだ。店員のいらっしゃいませ~という気の抜けた声が幾分か緊張をほぐす。


記者という仕事をしている以上、誰に付けられてもおかしくはないと心構えはしていた。しかしいざ実際に付けられてみると鼓動は早まり冷や汗が首筋を流れる。あの女は誰なのだろうか。先週の風俗街の闇特集に不満を持った人だろうか。それともカフェイン中毒者を非難した今月の始めの記事に憤りを感じた人だろうか。女が付いてくる理由などどうでもよいのに、勝手に頭は回転し続ける。気づけば決してスマートな考えなど浮かぶはずもない、脳内空回りしっぱなしの緊張状態に陥ってしまう。


周囲を確認しようとして周りを見た瞬間、私は驚きのあまり腰を抜かし倒れるかと思った。あの黒髪長髪の女が書店に入ってきたのだ。危うく高く積まれた本に寄りかかりつつ態勢を整える。あの女はゆっくり、だが確実にこちらに向かってきていた。異様な程の静寂。

私はその静寂の瞬間、あるひらめきを得た。それはあの女に店員は何の反応も返さない点から着想を得た。つまりはあの女は私以外には見えていないのではという仮説だ

。古いエルフにはそのような幻術を使う奴が居ると聞いたことがある。仮にあの女がエルフだとすれば、原因はおそらく今日の取材だろうと予想がつく。なぜ私が幻術を使っているはずのエルフが見えるのかはわからないが、とにかく今回はその仮説を信じて行動するしかない。


身辺で一番攻撃力の高そうな本を手探りで探す。六法全書が一番攻撃力が高そうだが、生憎私には持てそうにもない。私が持てる中で一番攻撃力が高そうなもの。ああこれだと本棚からポケット六法を取り出すと、私はそれをまるでフリスビーを投げるような恰好で構えた。

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