ストリート・エルフを追え!

井之中 蛙

第1話 路地裏の花畑

路地裏に、花畑がある。

夏は蒸し暑く冬は寒い。そのくせ人通りだけは多くって。なのに人情はまるでない。

そういうありふれた都市の路地裏に、花畑がある。


その花畑に近づいて花を一本ずつ確認していく。様々な色の髪、目、肌。身なりも多種多様で、裸に近いような花もあれば、まるでお姫様のような身なりをした花もある。

ただそれらに共通することがあるとすれば、みな生気が無くどこか陰気なことだろう。この世の社会から外れ誰からも必要とされず、誰からも話しかけられることのないそれらが生気を帯びず陰気なのは当然のことなのかもしれないが、やはり花畑特有の近寄りがたい雰囲気は居心地が良いとは到底言えない。


「あのー、皆様本日はお日柄もよ・・・あはは」

それらに話しかけてみたが、予想した通り反応は最悪だ。お日柄もクソもあるかという目が、貧者特有の濁った目が私に集まった時のあまりの圧に耐え切れず、愛想笑いで流したものの、これは取材の許可など通りそうもないなと思った。


が、よくよく考えればそこらへんの道端の花を撮るのに誰の許可が要るのだろうか。それに話しかけることに誰の許可が要るのだろうか。それらの容姿が余りにも人間に似ているため混乱してしまったが、相手はたかが耳長なのである。それも路地裏で身を売り金を得つつ、数百年後の死を待つばかりの馬鹿々々しいストリート・エルフなのである。部長はストリート・エルフは女のような見た目だから、記者が女性の方がよいだろうなどととぼけたことを言うが、それらはそんな配慮も要らない物なのだ。


そう考えればそうだと自分に頷き、カメラバックからカメラを取り出す。今日はサッカーの試合があるからとスポーツデスクの連中にデジタルカメラを奪われてしまったので、仕方なく余っていたフィルムカメラに高感度フィルムを詰めたものだ。今の時代便利なものでオートモードを選択しておけばなんでもかんでもカメラが考えて露出決定してくれるからありがたい。オートフォーカスが壁に寄りかかって寝ている一本のエルフの顔を検知し照合する。私はファインダーを覗きピントを微調整してシャッターを切る。考えてみれば複雑な動作ではあるが、機械のおかげでペーペーの私でも二秒三秒で行えてしまう。


三十六枚撮りのフィルムを一本使い切る頃にはエルフどもの冷めた目に晒されることにも慣れ、これはいい写真が撮れたぞと浮き立つ気持ちを抑えながらフィルムを巻き戻す。甲高く鳴るモーター音に多くのエルフどもが無言の抗議とでもいうべきか、険しい目で私を見ているが、今の私にとってはその光景もフォトジェニックなものとしか思えない。最初こそエルフが人間に容姿が似ているからと挙動不審になってしまったが、私はすっかりこの状況に慣れた。この適用能力の高さが私の取り柄である。


三十六枚撮りを三本丸々使い切った。これだけあれば十枚ぐらいは紙面で使える程度の写真はあるだろう。数撃ちゃ当たるとはよく言ったものだ。カメラをカメラバックに収め、軽く辺りを見回し忘れ物が無いか確認してから花畑を後にする。


成果物を見たいとラボへ急ぐ私に、後ろに付きまとう足音を聞く能力はなかった。

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