ジワの港街



「ゲイルス号!姿勢崩さず進路そのまま……よし止まれ!相変わらず完璧な停船だな!」

「固定手急げ!さっさと格納庫に入れねぇと後がつかえてんだよ!」

「ギャーギャー喚くんじゃねぇ!動線管理くらいまともに出来てから抜かせや阿呆!」


 ジワの港に寄港した。この喧騒も懐かしい。

 聞こえて来るのは船の出入り作業を行う職人達の叫び声。口の悪い彼等だが、怒っている訳ではない。あれが平常運転なのだ。


「エルメ、置き忘れた物とかねぇか?もう回収には来れねぇぞ?」

「忘れるも何も、何も持たずにここに来たんだから大丈夫だよ。」


 少し寂しそうにそう言うエルメを見ていて思い出した。

 俺は元々さしたる装備も持たずにここに来たが、エルメは薬品やら小道具やらを沢山持ってモール号に乗っていた。あの龍を殺すためにそれらは全て燃えてしまったのだ。

 いずれ余裕ができたらすべて買い直してやろうと決心し、自分の服装を確認して客室を出た。


「おう、ショウ様。お目覚めかい?」

「ええ。船員の方に見苦しい姿を晒してしまった様で…恥ずかしい限りですよ。」

「ははっ、まあその程度の事は気にしないでくだせぇ。そら、乗降口はこちらです。ご案内しましょう。」


 どうやらゲイルス号というらしいこの船、その船長はへらりと笑って先に立った。その笑みが軽く引き攣っているのも、俺は見ていた。これも全部エルメのせいだ。


「ありがとうございます、船長。ほらエルメ、行くぞ。今日中に役人の方にお会いしないといけないんだからね。」

「……はい。承知しております。」


 先程の笑顔はどこへやら、既に完璧な無表情を決め込んだエルメは平坦な声で答えを返す。全く変わり身の早い奴である。

 まあ、今の状況ではその方が助かるのだが。


「あぁショウ様、そこの3段目が軋むんで気を付けてくだせぇ。」

「分かりましたよ。ほら、エルメも気を付けなさい。」

「…………。」


 言われた通りに軋んだ段を慎重に踏みしめて降り立ったジワの港街は、大地の香りがした。

 もう何年も空の上にいたような心持ちだが、実際は大した時間飛んでいた訳でもない。

 それでもこの大地の香りは、懐かしさを伴って俺の胸に飛び込んで来たのだ。


「ふぅ……こうやって地面を踏みしめると、生きていると改めて実感出来ますねぇ。そうは思いませんか、船長さん?」

「そうだなぁ……。俺ぁ確かに飛ぶことが好きだが、やっぱり地面の安心感は違うぜ。」

「やはりそうでしょう。空の男とはいえ、産まれたのは地面の上ですからね。」


 苦笑して頭を掻き、俺はわざとらしく思い出した様に謝礼に関しての話をする。


「ああそうでした。ここまでのお礼ですが、どうしましょう?今は持ち合わせがないものでして……。」

「あー……大丈夫だ。港でゲイルス号の名前を出してくれればちゃんと届くからよ。」


 安易に名前を教えれば身分を辿られる恐れがある。彼もその程度の警戒心はあったらしい。

 正直なところ、船の名前は簡単に偽装が可能だ。事前の入港申請で嘘の名前を申告すればそのまま通ってしまう。

 ただ、その名前は出航時と同じにしておかねば遭難扱いになって捜索隊が出されるので、それだけ気を付けねばならないが。


「分かりました。それでは商会の人間にゲイルス号の船長宛と伝えておきましょう。この度は本当にありがとうございました。」

「あー……、まぁ気にすんな。こっちも仕事だ。」


 妙に歯切れの悪い答えを返した船長に背を向け、街の中心部へと向かう。

 ここ、ジワの港街は名前の通りかつてただの港だった。南端にあるバロールの地上街へ行く時の一時的な停泊場所であったのだ。

 泊まっている人間の腹を満たすために飯屋が立ち、その店を管理する為の施設が必要になり…と発展してきた街である為、中々にややこしい作りをしている。


「ねぇリトス、これからどこに向かうんだい?」

「まずは中央だな。役所はそこに集中してるから、そこでヤルザが頼んでいたらしい物を受け取る。」


 そこまでの道順を頭の中でなぞりながら、途中に商会の事務所があったことを思い出す。

 確か名前はキルウ・ボット商業連合だったか。大層な名前をしてはいるが、ホーラル商会に比べればまだまだだ。これからに期待といったところだろう。


「いや待て、先に商会に寄ろう。いくつか済ませたい用事があるんだ。」

「それはいいけど、ヤルザさんからの用事はいいのかい?急ぎなんだろう?」

「それはそうだけどな。色々移動するには先立つ物が要るだろ?具体的には金と金、後は金だよ。」


 何をするにも金は必要だ。宿に泊まるにも飯を食うにも金が要る。エルメは間違いなく持っていないだろうから、俺が商会で引き出さねばならないのだ。

 実は下履きの裏側に金翼貨を2枚こっそり縫い込んではいるが、それは緊急用だから使う訳にはいかない。


「まあ、銀翼貨3枚もあれば当面の生活は大丈夫だな。後はここに置かせてもらってたステル鉱の在庫を捌いて……他に何かやる事あったかな。」

「えっと……お金ならヤルザさんからこれ預かってたけど、使えるかい?いざとなったらリトスに渡しなさいって言われていたんだよ。」


 そう言ってエルメは懐を探る。

 少し驚いた。俺の都合で振り回したというのに、ヤルザがそこまでしてくれるとは正直思っていなかったからだ。


「何処にしまったか……あ、あった!」


 嬉しそうに取り出した手には小さな巾着が握られていた。

 「馬鹿」と書かれた紙が入っていても驚かないが、とりあえず受け取って中を覗く。


「…………嘘だろ?」

「ん?どうかしたかい?」


 中に入っていたのは白く輝く分厚い翼貨。間違い無く白金翼貨だ。

 健康な大人の男が1月働いて大体銀翼貨1枚だ。その銀翼貨が100枚で金翼貨1枚。白金翼貨はさらにその金翼貨が100枚分。

 大盤振る舞いもいいところである。逆にこれだけあって何をしろと言うのだ。

 

「あー……問題無い。それはそのまま持っておきな。商会はあっちだからはぐれるなよ。」

「分かったよ。これは使わないんだね?」

「使わないっつーかな……額面が大き過ぎる。下手に崩せば怪しまれるから、隠しておいた方が無難だ。」


 顔を青くして巾着をしまい込むのを確認し、街の中央へ歩を進める。

 しつこい押し売りを追い払い、終わらない人混みの中を押し進み、滅茶苦茶に入り組んだ街路を抜けて行く。

 街最大の広場に辿り着く頃には、エルメはすっかり目を回していた。


「リトス……今日のここは何か特別な日なのかい?こんなに人がいるなんて……。」

「仕事が終わった連中が家に帰る時間だからかもな。いつもの事だよ。祭りの日ともなるとこんなもんじゃないぜ?」

「そうなのか。ファスの街はこんなじゃなかったのにな…。」

「あそこは特別だよ。ヤルザの奴が色々調節してるらしいからな。」


 辺りを興味深そうに見ているエルメを引っ張って広場の反対側へ回る。

 ファスの街にあったホーラル商会とは違い、キルウ・ボット商業連合の建物はやたらと豪華だ。壁面の飾り彫りも窓枠の組み石も金をかけているのがひと目でわかる。

 だが、正直趣味は良くないと思うのはきっと俺だけなのだろう。


「エルメはどうする?商会の用事なんて見てても面白くないだろ。広場の中見て回るか?」

「いや、君に付き合うよ。なにせ僕はショウ・ノーデンスの付き人だからね。」

「またかよ……。まあいい。余計な事はしないだろうからな。さっさと済ますとしようか。」




 もしかして、付き人の演技が気に入ったのだろうか。

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