逆襲のエルメ



「……って事で、戦闘艦は絶対に個人で持てない。だから船長も正確に言えば船長じゃないんだよ。」

「そうか。言ってみれば街そのものが船長なんだね。」


 風に吹かれて微かに揺れる船の中で、寝台に寝転がったまま俺は講義を続けていた。

 普通ならしっかり授業料を取る所だが、この部屋に落ち着くまでのエルメの機転に免じて許してやる事にする。


「そうとも言える。だから戦闘艦の船員は立場の区分を明確にする為に、「船長代理」って呼称を徹底するんだよ。」

「それは……なんだか宙ぶらりんだね。面倒臭そうだ。」

「新人の船員を鍛える時なんか面白いぞ。うっかり船長って呼ぶとな、船中から怒号が飛ぶんだよ。「船長代理」だ!つってな。」

「それは面白いな……その光景見てみたいよ。」


 今は関係無いので言わなかったが、実は更に例外が存在する。

 俺は以前乗っていたゼドルがそうだ。あれは戦闘艦でありながらゼドル船長と呼ばれていた。

 それは完全な新型が開発され、試験飛行を行う時に特有のものだ。

 戦闘艦としての性能が充分に担保出来ているか確認出来るまで、船の種別を保留にして船長になる人間に所有権を完全に譲渡する。

 万が一試験飛行に失敗し、船が落ちても責任は船長1人に被せられ、書類上は街に落ち度が存在しない事になるというカラクリだ。

 全く胸糞の悪い制度ではあるが仕方ない。面子を保つ為にはそうするしかないこともある。


「それで戦闘艦の船長代理に選ばれる為の条件なんだがな……。」

「待ってくれないかリトス。船の法整備について解説してくれるのは嬉しいんだけど…それとあいつらが偽物であることになんの関係があるんだい?」

「まあまあ、ここからが本題なんだよ。戦闘艦の船長代理ってのは、所有権を持つ街が指名する訳だが……その条件はなんだと思う?」


 ここに奴らが偽物だと俺が断定した理由が全て詰まっている。

 確かにこの船の操舵手は良い腕をしているが、それだけではいけないのだ。


「船長代理に選ばれるなんて……そんなの操縦が上手ければ良いんじゃないのかい?」

「そりゃ最低限だ。操縦以外にも船全体の管理、火砲の操作、他の諸々船の操作全部を完璧にこなせなきゃ戦闘艦の船長代理には選ばれねぇんだよ。」

「なんだよそれ……そんなこと出来る人、いるのかい?」

「結構いるぜ?俺が乗ってたゼドルの船長なんか特にそうだな。乗客皆を逃がす為に新型船を1人で操ってな、龍の群れ相手に大立ち回りをやってのけた。」


 船の各部管理をひとつの操舵室に集約しているゼドルは、確かに1人で操縦するのも不可能ではない。しかし、船体を囲む様に襲い来る龍達からあれだけの時間を稼ぎきるのは人間離れした能力が必要になる。

 勝手の効かない新型船でそこまでやってのけたゼドル船長はそれほど有能であったのだ。


「と、そこまでの能力を身に付ける頃には当然かなりの時間と経験を積むようになる。」

「そうだね。一朝一夕で出来ることじゃないのは僕でも分かる。」

「すると、それに見合った地位が勝手に着いてくるようになるんだよ。船を操って生き残るだけの技量と強運、そして船員をまとめあげるだけの度量も備えてるってな。街やら商会の方から所属の勧誘がかかる。」

「へぇ……つまりあの人はそんな戦闘艦の船長代理の筈なのに、君の服が安物だと気付けなかったんだよね。」

「その通り。」


 安物という言い方に少し語弊はあるが、確かにその通りだ。

 戦闘艦に限らず船長という職は生半可な注意力では勤まらない。人によっては老獪な商人に負けず劣らずの観察眼と洞察力を持つものがいる。


「それがあいつを疑う理由その2ってわけよ。この服な、よく見れば縫製は雑だし留め具も安物なんだ。」

「それは僕が見ても分からないけど……確か僕らを案内した人もあの人の事を船長って呼んでたよね。それも変だ。」


 エルメの勘が段々と冴えてきたようだ。どうせ付き合いは長くなるのなら、このまま鍛えていくのも悪くないだろう。

 ヤルザが俺にこいつを任せたのも、おそらくそれが目的なのだろうから。


「正解。ちなみに余り間違え過ぎると船首から吊るされる事もあるらしいぞ。」

「ほーう……。しかしリトス、君商人なのによくそんな事まで知ってるね。」

「……まあな。昔縁があったってだけだよ。もう休め。ジワの港までまだかかる。」


 一方的に言い、寝台に寝転がる。喋り過ぎた。

 エルメが興味を持って聞いてくるのが嬉しかったのかもしれない。

 あの時の知識も技術も、本当は使いたくなどないのに。


「…ん?何か音がしなかったかい?」

「……そうか?俺は何も――」


 空耳だと無視して寝ようとした時だった。

 客室の扉が音を立てて開き、見知らぬ男がひょっこりと顔を出した。

 そういえばこの客室に鍵は付いていなかったが、それ以前の問題だ。主の許可も無く扉を開けるなど教育が行き届いていないにも程がある。


「あっと……ショウ、さんにエルメさんよ。ちょっといいですかい?」

「んん…なんだお前?部屋の主の了解も得ずに……」


 いかにも今起こされましたという雰囲気を保ちつつ、流石に説教くらいはしてやろうと口を開いた。


「…仮にも私は客という立場だぞ?その居室に入るのに了解も得ないとはどういう――」

「申し訳ありません。ショウ様は寝起きゆえ、大変機嫌が悪いのです。何かご用であればこのエルメが承りますので、少し声を小さくしていただけませんか?」


 俺の説教が完遂されることは無かった。

 その言葉を遮り、エルメが急に喋りだしたのだ。無表情を保ちながら少し丸まり気味だった背筋を真っ直ぐ伸ばし、礼儀正しく話す様子は大商人の付き人としても十分に通用する貫禄である。


「おっと、すまねぇな。あー……もう少しでジワの港に着くぜってだけだからよ。邪魔して悪かったな。」

「いえ、親切に有難うございます。ショウ様にもお伝えしておきますね。」


 文句の付けようが無い程完璧なお辞儀まで披露して男を返したエルメは、扉を閉めた瞬間に俺の方を振り向き、にやりと笑って見せた。


「君だけに楽しい思いはさせないよ?リトス。」

「……はっ!誰の機嫌が悪いって?言ってくれるじゃないか付き人のエルメ君よぉ?」


 どうやら、モール号での色々をかなり根に持っていたらしい。普通そうに振舞っていても、仕返しの機会を虎視眈々と窺っていたのか。

 いつでもにこにこ笑っている無害な商人を演じるのがこれで難しくなった。彼はきっとこの件を船長に報告するだろうし、そうなれば俺への心象に疑いが混ざる事になる。

 疑いの念があるか無いかで、人を見る目は大きく変わってしまうのだ。


「もっと立ち回りに気を使わねぇといけねぇな……全く、俺になんの恨みがあるんだ?」

「数えるだけで1日が終わるけどどうする?」


 その減らない口にため息をついたその時、船中に耳障りな警報が鳴り響いた。

 びくりと体を震わせ、うって変わって不安そうになるエルメに笑って教えてやる。


「今のは接近警報だよ。港の入り口に近づくと鳴るようになっててな、街ごとに微妙に違うんだ。」

「そ…そうなんだね。また何か危険が近づいたのかと思ったよ。」

「無理も無いさ。最初は誰でも驚くからな。」

「はぁ…せっかくかっこよくキメたのに台無しだよ。」


 肩を落としたエルメを尻目に寝台から起き上がり、身だしなみを整える。


 港に着いたらまずはヤルザの言っていた物を受け取りに行こう。そうしたら腹ごしらえを済ませ、バロールの地上街に渡る船の便を調達する。


「……確か港の近くに中々美味い飯屋があったな。まだ残ってるといいんだが。」

「…なんでも知ってるんだね、君……。」

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