嘘八百
「あー、あんた方がモール号の?」
「いかにもそれは私達でございますよ。この度は助けて頂きもうなんとお礼をしたものか…」
扉が開いた瞬間に表情を作り直し、用意していた台詞をすらすらと喋る。
奥からでてきた船長らしき男は一瞬引き攣った顔を隠し、俺の身なりをジロジロと眺めた。
「どうかしましたかな?もしや何か付いております?」
「いや、そうじゃねぇんだがよ……そんな上等な服持ってるような商人が、あんな小せぇボロ船に乗ってるのがいまいちピンと来なくてなぁ。」
「ああ、私の船ですか。乗って行きたいのは山々だったんですが、良くない風に当たってしまいましてね。準備が間に合わなかったんです。」
「そうか。まぁそんな事もあるわな。えっと…あんたらは――」
「ショウと言います。ショウ・ノーデンス。こちらは付き人のエルメと。」
面倒を避けるときに使ういつもの偽名を名乗る。
偽名ではあるが嘘ではない。ショウ・ノーデンスという名前は確かに存在している。ファスの街の書類の上にだけだが。
それに船のことも嘘ではない。この一件が起きる前に船を持っていなかったことも「準備が間に合わなかった」訳なのだから。ここまで一切嘘はついていないのだ。
「そうだったな。ショウさんにエルメさんよ。客室まで案内させよう。そいつについて行ってくれ。」
「分かりました。重ね重ね有難うございます。このご恩はいずれ必ずお返ししますよ。」
最後だけ盛大に嘘をつき、俺とエルメは案内されるままに狭い通路を抜けて客室へと向かった。
その間にやり取りを反芻したが、特に不自然な点は思い至らない。怪しまれる事は無かったと考えていいだろう。
今頃あの船長は胸をなでおろしているところだろう。騙しの技術に関しては右に出る者はいない商人を相手に、なんとかボロを出さずに済んだと思っているに違いない。
「ここだ。2人には少々手狭かもしれないが、我慢してくれると助かる。なにせこの船は戦闘艦だからな。人をもてなす設備は整っていないんだ。」
「いえいえ、助けて貰っておきながらそんな事まで我儘は言えませんや。有難うございます。ほら、行くよエルメ。」
「………………。」
軽く頭を下げ、客室へ入って扉を閉めた瞬間、大きな溜め息が聞こえた。
振り返れば、四つん這いに崩れ落ちたエルメが肩を震わせて笑いを堪えている。
「…なんだよ。何がおかしい?」
「いや…龍相手に散々暴言吐いてた君が商人みたいにしてるのが面白くて…ふふふっ……。」
「仕方ねぇだろうが!あいつらの化けの皮が剥がれないように、こっちもボロを出さないように必死だったんだぜ?それを面白いってどういう事だこの野郎!」
寝台に身を投げ出しながら苛立ちをぶつけてもエルメの笑いは止まらない。今からでも船から叩き落としてやろうか。
「あっははは!そういえば君は商売人なんだったね!でもそこまで色々演じられるっていうのは才能じゃないのかい?」
「こんなん訓練すりゃ誰にでも出来る。お前もやろうと思えばできるようになるぞ。」
そう言ってやると、エルメは急に黙り込んで難しい顔をしてみせた。だが全然似合っていない。蜥蜴の苦袋でも噛み破ったようだ。
「……むぅ。僕には無理みたいだ。どうにも顔がむず痒くなる。」
「そうだろうな。これが似合うのはあの船長みたいな厚顔無恥な連中くらいのもんだ。俺も含めてな。」
ぽつりとそう呟くと、微かな圧迫感が全身を襲った。どうやらようやく船が動き出したらしい。
完全に停止した状態から動き出したというのにここまで振動を無くせるとは中々の腕を持っている。
「……名前聞いておくか。覚えといて損は無さそうだ。」
「何?殺すの?」
「はぁ?!そんな物騒な真似しねぇよ。いい腕してるからいずれ引き抜いてやろうって事だ。」
「なんだ。殺そうとした仕返しに殺してやるとでも考えているのかと思ったよ。あいつら、本当に救援に来た訳じゃなさそうだったからね。」
虫も殺せないようなエルメですらも違和感に気付いていたらしい。
「お医者様のお手並み拝見だ。どこで気付いた?」
「あの人達、僕らの名前を知らなかったよね。面識が無いから顔を知らないのは当然だけど、名前も知らないのは助ける方としては致命的だ。」
「そこを見たか。まあ合格点だな。」
素っ気なく言ってはいるが、内心で少しエルメを見直していた。素人の身であの逡巡を見破るのは才能があるのかもしれない。そうでなければ医者として磨かれた観察眼だろうか。
「だがまだ足りねぇな。後二箇所は欲しいところだ。」
「君は僕に何を求めているんだい…。一介の医者でしかない僕にはこれが限界だよ。」
「まずは服だな。おいエルメ、俺が今着てるこの服を見てどう思う?」
「無視かな?まあ……いい服だよね。結構な値段がしそうだ。それが何かあるのかい?」
訝しげなエルメの言葉に溜息をついた。
確かにこの服はそこらの物よりは高い。だが、せいぜい少しお高い余所行き程度の服だ。
自前の船を持てるだけの財力を持ち合わせている人間はこの程度の服は着ない。
上下とも特注で最高級の素材を使うのが当然であり、商談における相手への礼儀だ。
「それが買えない程貧乏ってわけじゃねぇんだよ。最高級とはいかねぇがちゃんと上下揃えて持ってたんだぜ?。」
「持ってたって……今は無いってことかい?」
「ああ。一張羅だったんだがな……ゼドルに乗った時に全部燃えちまったんだよ。」
あの時は自分の命を守ることに必死ですっかり失念していたのだ。袖を通す度に念入りに手入れをしたおかげで、何年経ってもほつれ1つ無かった自慢の一張羅だった。
思い出すだけでも泣けてくる。
「それはご愁傷さまだけど……それがなんの関係があるんだい?」
「それを説明する前にだな…。船の所有権って誰にあるか知ってるか?」
「所有権?それは……船長じゃないのかい?」
きょとんと答えるエルメ。
商会の名義で造らせた場合は例外として船長と所有者が別だが、基本的にそれで正解ではある。
「まぁそうだ。だけどな、戦闘艦だけは扱いが別なんだよ。戦闘艦ってのは個人所有が認められていない唯一の船種なんだ。詳しい話は街の法に絡むから割愛するがな。」
「そうなのかい?なら……この船はあの人達の物じゃないって事?」
「まあそう話を急ぐなよ。個人所有が認められない戦闘艦だが、それなら戦闘艦の所有権ってのは誰にあるんだろうな?エルメ、分かるか?」
にやりと口の端に笑みを浮かべ、俺はエルメに問いを投げる。今の話の中で手掛かりは十分に与えた。難しい顔で考えてはいるが、すぐに答えを出してくるだろう。
「……街の法のせいで所有出来ないと……法を作るのは街だから……町長、かな?」
「惜しいが不正解だ。正解は街自体、もっと正確に言えば、その船が出来た街の行政機構だな。何故そんな法があるのかを考えれば分かったはずだぜ?」
「何故って…個人所有でそんなに街に不都合があるのかい?」
「そりゃそうだ。戦闘艦ってのは火砲やら装甲やらを大量にくっつけた質量の塊なんだぜ。それをもし頭の狂った奴らが街の中で暴れさせたらどうなる?」
「そんな人……いる?」
素朴な疑問を浮かべるエルメの純粋が俺は羨ましい。
法というのはそういう愚かなことをやる奴がいるから増えるのだ。戦闘艦を街の中に突っ込ませて町長の座を奪おうとした奴は確かに存在した。だからこの法がある。
男女がそういう行為に励む時に近くに伝声晶を置いてはならないという法も、やってしまった奴がいるから存在するのだ。
「エルメ……この世にはな、お前の想像もつかないような愚か者がいるんだぜ。」
「いきなり悟ったような目をしてどうしたんだいリトス……。」
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