変わり身
「リトス……あれって!」
「黙って姿勢を低くしろ。人の体じゃ余波でも軽く死ぬぞ。」
頭を抱えて岩の裏に隠れる俺達の上を破壊の暴風が吹き荒れる。
既にモール号は原型を留めているかも怪しいというのに、上空の船は火砲を撃ち続けていた。
ゆっくりと旋回を続けながら執拗に破壊を止めないその様子は、さながら幼児のような無邪気な狂気を感じさせる。
「ここまでしておいて救援とは笑えない冗談だな。まあ、笑えなくするためにここまでしてるんだろうが…。」
「…本当に僕らを殺す気って事かい?」
「これを見てそれ以外の答えが浮かぶ奴がいたら、そいつは正真正銘の愚か者だよ。」
いっそ愚か者であれたら楽なんだがな、と自嘲気味に笑って視線を船に戻す。
そのまま眺めている間も船は砲撃を続けていたが、俺たちが下敷きにした龍の首がすっかりボロボロになったらところで漸く動きを止めた。
この世界で龍に恨みを持たない人間などまずいないが、ここまでする奴は中々いない。
「あ、リトス。誰か降りて来るみたいだよ!どうする?」
「どうせ死体でも確認するんだろ。取り敢えずは様子見だな。」
俺達が影で見ている中、動きを止めた船はゆっくりと高度を下げていく。
派手な音を立てて甲板から落ちてきたのは金属製の梯子だろうか。縄梯子でも十分目的は果たせるというのに随分と金をかけている。
これで奴らが街から送られた救援ではないという確信がいっそう強まった。
街所属の船にあんな贅沢な装備は無い。そんな所な金をかける必要も無ければ意味も無いからだ。
「……偽装が全くお粗末なんだよな。」
「君のそれも思い過ごしだといいんだけどね…あ!誰か降りてくるよ!」
地面に梯子が突き立ったのを確認したのか、黒い外套を纏った男が降りてきた。
ここからでは遠すぎて顔を窺い知ることは出来ないが、焼け焦げたモール号をジロジロ眺めている仕草にはそこらの小物とは違う圧力がある。恐らく船長、それでなくとも人を束ねる立場にある人間だろう。
「さて…と。なぁエルメ、俺の格好おかしくないか?」
「え?……特に変な所は無い…と思うけど。それがどうしたんだい?」
「どうって、みすぼらしいナリだったら舐められるだろ。あいつらにさ。」
蜥蜴革の上着は燃えてしまったが、下に着ていた服もそこそこ良い物ではある。慌てて逃げる時にこれしか着ていなかったと言えば十分だろう。
「あいつらってまさか……冗談だろうリトス?僕らを殺そうとしていたんじゃないのかい?」
「だからと言ってここにいても結局死ぬだけだろ。それなら少しでも可能性のある方に賭けるさ。商売人の口八丁、まあ見てな。」
咳払いをして息と喉を整える。船の中の人間にも届く大声を出し続けなければならないから準備は入念に。
対面した瞬間に殺されるなんてことは無い。はずだ。恐らく。
懸念を押し殺して俺は岩の影からゆっくりと踏み出した。
「いやはや見事な腕でしたなぁ!この私、影から見ていて感激の極みでありましたよ!」
「……あぁ?誰だお前、なんでこんな所にいる?」
「いえいえ、あたしゃただの商人ですよ。落っこちたモール号に乗ってたんですがね、こりゃあなんとも良い所で助けが来たものと嬉しくなって飛び出してきた次第です。」
一息にそこまで言いきり、目の前の人物をじっと見つめる。
男だろうか、女だろうか。目元まで外套で隠したその姿から性別は判断出来ないが、どうも骨格を見る限り女の様だ。多分、隠したい事情があるのだろう。
「この船に?いや……どういう事だ……?」
「ええ、本当に助かりましたよ!一刻も早くジワまで行かねばならなかった所なんですがね。この通り足が無くなってしまいまして。よろしければ乗せていってくれませんか?相応のお礼は致しますから。」
まくし立てる俺をじろじろと眺める女。言っている事が本当なのか計ろうとしている。
まぁ、無駄な事だ。
人は嘘をつくとどうしても仕草に表れる。薬でも使っていない限りそれを隠すのは不可能だ。そして俺達のような人間はその兆候を読み取り、交渉を有利に進める。
つまり、対策も心得ているのだ。
今、俺は一切嘘をついていない。ただ、全てを口にしていないだけだ。ばらしても問題が無い事実だけをあたかもそれが全てである様に喋る。常套手段だ。
「まぁ……良いだろう。ジワの港からの救援は私達のことだ。生き残ったのはお前だけか?」
「いえ、もう1人付き添いがいるのですよ。他の人間は……」
あからさまに顔を曇らせ、下を向いてみせる。
恐らく相手から見て俺は今、口数の多い無害な商人にしか見えていないはずだ。そうなるように誘導したのだから。
「ああ……すまない。酷な事を聞いてしまったな。」
「いえ、構いませんよ。仕方が無い事もあります。おーい!出ておいで!この方達がジワまで乗せていってくれるそうだよ!」
一瞬見せた辛そうな表情を隠し、俺はエルメを呼んだ。
岩陰から出てきたエルメは何も喋らず、俯いている。特に指示した訳でもないのにそうしてくれた機転はありがたい。
「それではこちらへ。乗り方は分かるか?」
「勿論。伊達に商売はやってませんからね。ほらお前もおいで。私のやり方をなぞれば良い。」
「…………。」
外套の女に続き、梯子に足をかけてしっかりと握る。
見様見真似でエルメも掴まると、梯子はギシリと軋んで引き上げられていった。
「……ほう!年季が入っている割には甲板の手入れが行き届いている。あなた方の船長は余程綺麗好きのようだ。」
「それは面と向かって言うといい。入口はこちらだ。」
俺の言葉に女は特に反応も示さず、事務的に返してきた。
促されるままに船内への入口をくぐりながら、気付かれない様に素早く周りに視線を走らせる。
これは商売人としての習性だ。船に使われている素材や手入れの行き届き具合で、船の持ち主の懐具合が大体分かってしまう。
「……ふむ、中々のものですね。妥協の嫌いな方とみえる。」
ステル鉱が剥き出しの壁はしっかりと磨かれており、錆ひとつ見当たらない。戦闘艦にしては綺麗過ぎだ。
この端々に滲み出るお粗末さは果たして意図的なものなのだろうかと考えていると、やけに豪華な扉の前で足が止まった。
「ここだ。話を付けるから少し待っていろ。」
「構いませんよ。助けて頂いただけで感謝の極みです。」
そう言って女は扉の向こうに消えた。
途端に聞こえてくるため息に振り返ると、軽く慄いたような目付きでエルメが俺を見ている。
「…なんだよ。どうかしたのか?」
「……君、役者になった方がいいんじゃない?怖いくらいだったよ。」
「ははっ、これくらい出来ねぇと商売の世界じゃ生き残れねぇよ。」
「この船旅で少しでも君を理解できたと思った僕が愚かだった……。」
「甘い甘い。この程度じゃまるで足りねぇよ。」
笑いながら言った所で、先程女が消えた扉が見た目の割に軽い音を立てて開いた。
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