化けの皮



「……ス!リトス!聞こえてるかい!」

「…っ…!エ…メ!」


 必死に叫ぶエルメの声に、俺は意識を取り戻した。

 相も変わらず殴られるような衝撃と痛みは続いているが、さっきよりは少し弱まったように感じる。


「エル…メ?俺、どれくらい意識を失ってた?」

「ほんの一瞬だよ。それより早く船から逃げた方がいい!僕でも分かる、なにかおかしなことが起きてる!」 


 それはそうだろう。これだけバチバチと音がして火花が飛び交っておいて何も問題無いなどと言えるのは真性の馬鹿だけだ。


「とにかく…この手をどうにか引き剥がさねぇと…。」


 力が入らないから普通に離すのは不可能だ。


「よ……っと!身体の柔らかさに感謝…だな。」


 両腕の間に膝を差し込み、全力で操縦桿を蹴りつける。

 1回、2回、3回目。名残を惜しむように手はするりと離れた。


「エルメ!今からそっちに向かう。何か異常あるか?」

「異常と言うならこの状況自体が異常だよリトス。龍ってこんな死に方するものなのかい?」


 操舵室の扉を蹴り開け、俺は周りを見渡した。

 柔らかい物を叩く様な音がそこかしこから響き、時折壁を光が走る。

 何かはさっぱり分からないが、俺の理解出来ない事が起こっているのはどうやら間違い無さそうだった。


「お前の言う普通の死に方ってのがどんなのを意味するのかは知らんが…取り敢えずそっちに合流する。」

「うん。気を付けて!」


 頼りないはずのエルメの言葉が今は心強い。

 ファスの街の港で乗り込んだ時とは逆に船の中を走り抜け、乗降口の前に立った。

 さっさと開けて外に出ようと取っ手を掴もうとしてはたと気付く。

  壁を舐めていた細い光が乗降口の取っ手にも瞬いていた。


「これ…操縦桿の時と同じ事になるか?」


 既に船体は崩壊一歩手前と言っていい程の異音を鳴らしている。ここでまた足止めされてしまえば船と最期を共にする羽目になってしまうだろう。

 そんなのは御免だ。死んでたまるか。


「どうする…直接触れなければ大丈夫か?」


 何か掌と取っ手の間に噛ませる物はないかと軽く辺りを探してみたが、自分の服以外は特に見当たらない。

 今着ている蜥蜴皮の上着などはどうだろう。その分厚く強靭な素材は相応に高級だが、背に腹は変えられないだろう。


「むぅ…龍1匹分の儲けで足りりゃ万々歳ってところだな。」


 名残惜しいが仕方無い。引き剥がす様に腕を抜いて取っ手に巻き付けた。


「目の前で音を立てて金が消えていく。なんと恐ろしい……。」

「リトス!早く出て来てくれ!これ以上待たされると僕がもたない!主に僕の心臓が!」

「分かった分かったもうすぐ出られるから!扉が固くて……な!」


 全力で扉を引き開け、船の外へと駆け出した。

 久方ぶりの地面の感触に浸る間もなくエルメに腕を引っ張られる。


「遅いよリトス!早く離れて!」

「お、おい!一息つく事くらい許せ!泣くぞ?」

「僕は全速でかっ飛んでる船から飛び降りたんだぞ?!それに比べれば君が喚くくらい何でもないさ!」


 エルメの剣幕と正論が迫る。怖い。

 それにしてもこいつがここまで焦る様な事とは一体何なんだ?

 どうでもいい事だったら頬の一発でも張り倒さなければ気が済まない。俺自身それだけの損害を被っているのだから罰は当たらないだろうと思っていた。


「……おおぅ…なんだこりゃ。」


 だから、それを目の当たりにした時にそんな間抜けな言葉しか出なかったのだろう。


 龍の命が尽きる時、その鱗は灰のような白に染まる。色の変化を確認して初めて解体が許されるのだ。


 だが俺の目の前に白い鱗など1つも無い。

 モール号の下敷きになった龍は真っ黒に焦げたようになり、火花を纏ってビクビクと痙攣していた。

 死ねば閉じられるはずの瞼も完全に開かれ、真円の瞳孔が観察出来る。


「なんだか…逆に可哀想になってくるよ。」


 よく見れば、火花の出処はその両翼だった。

 潰した龍の一対の羽根が船底に取り付けられたもう一対にぴったり張り付き、火花を散らしていたのだ。


「モール号の修理費を龍で埋めようと思っていたが…これじゃ解体も出来ねぇなぁ。」

「君がお金しか見てないのは分かったけど近づいちゃ駄目だからね!手当するの僕なんだから。」


 身を乗り出してよく見ようとした俺の手を引っ張るエルメ。よく分かっている。


「大丈夫だ。流石にそこまで馬鹿なことはしねえよ。しかしどうしたもんかな……。」

「これが収まるまで待つしかないよね…。持ってきた薬は全部駄目になりそうだ。」


 薬も大事だが今はそれ以上の問題がある。

 俺たちは今、自分がどの辺にいるのか掴めていない。

 つまりは遭難だ。


「……え?」

「助けが来なけりゃここで俺達野垂れ死ぬ。」


 大量の煙と火花を散らす船を前にしてエルメは今度こそ絶句した。


「おーい、エルメ?」

「…………」

「エルメ?衝撃で死んだか?」

「…………」


 俯いたまま固まるエルメ。そういえばこんな様な像を昔市場で見た事がある。

 特に貴重な素材を使っている訳でもない像だったがやけに高い値が付いていたはずだ。


「……リトス、もしかして僕達もうここで死ぬのかい?」


 あの時、よく分からない像を嬉々として買っていった謎の爺さんを思い出していると、エルメがか細い声で言った。


「なんだ、怖いのか?」

「怖いというか…まだやらなくちゃいけない事いっぱいあるんだよ!こんな所で死んでる場合じゃないんだ!」

「へぇ。そうなのか。」


 あえて素っ気なく返したのには理由がある。

 一つは、エルメの醜態を笑わないようにする為。

 そしてもう一つは。


「リトス?聞いてるのかい?どうにか出来ない――」

「エルメ、少し黙れ。音が聞こえなくなるだろうが!」


 半泣きで縋り着いてくるエルメを引き剥がし、耳を澄ます。

 俺の見込みが正しければ、環境音に混じってもうすぐ聞こえてくるはずなのだ。

 そして更に俺の予感が正しければ、それが聞こえて来たらさっさと離れておかないと酷い目に遭う。


「まだか……随分遅いな。どれ位の龍心炉を載せてるのかは分からんが、もう聞こえてきてもおかしくないんだが…。」

「一体何を待ってるんだいリトス!それがこの状況をどうにかしてくれるのかい?」

「変えてくれるのは間違い無いな。間違い無いんだが……。」


 全て話してしまったらエルメの取り乱し具合が今より悪化する事もまた間違い無いのだ。だからそこまで話すのは悪手だ。


「リトス……また何か隠してるね?」

「まあな。今話すべきじゃないってだけだ。すぐに分かる事だからな。」


 嘘は言っていない。全てを伝えていないだけだ。

 さて後でどうやって釈明したものかと思考をめぐらせている時だった。

 相変わらず火花を散らすモール号が立てる音に半ばかき消されてはいるが、あの音が聞こえてきた。


[…………キィィィィィィ!]


「ん?今何か……」

「来たか。エルメ、船から離れるぞ!」

「来た?何がだい?」


 どうやら気付かなかったらしいエルメの手を引っ張り、戦闘の時に散乱した岩陰に隠れる。

 船からも空からも見えない位置に身を潜め、これから起こる事を見届ける為に。


[ギィィィィィィィィィィィィ!!]


 甲高い耳障りな音と共に現れた2隻の船は、見ただけでも分かる堅固な装甲と獰猛な火砲を備えていた。戦闘艦だ。

 ジワの港からの通信で言われていた救援というのがこれだろう。


「もしかしてあれが救援?助かったのかい?」

「静かにしろエルメ。まだ見つからない方がいいんだからな。」


 エルメを静かにさせ、ただ待つ。

 モール号の上空で停止した2隻の船は、観察するようにそのまま周りをゆっくりと旋回し始めた。

 救援に来たはずなのに、落ちた船を見て人を降ろす事も無くただ観察するだけのようだ。


「……龍が死んでいるのか確認しているのかな?」

「今に分かる。もうすぐ――」


 言い終わる間も無く、船の火砲が動き出す。

 幾つもの砲塔がモール号をピタリと捉える。


「……え?」

「…………。」


 息を飲むエルメと予想が完全に当たった俺の目の前で、救いの手は俺達に牙を剥いた。

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