異変
「あ、あ、エルメー?聞こえてるかー?」
「キッ聞こえてる……けどぉ…」
操縦桿を握りながら聞くと、はっきり分かるほど震えているエルメの答えが返ってきた。
度重なる龍の攻撃にも怖気づかなくなっていた彼がなぜこんなに怯えているのか。
答えは簡単だ。彼は今この船の甲板にしがみついている状態なのだから。
硬質水晶の風防に守られたこの空間ではエルメの感じている風を同じように感じる事は出来ないが、相当な恐怖なのは伺い知れる。
「もう少しで予定速度に達する。飛び降りる時は可能な限り船から離れつつも同じ針路を取るようにしろよ。」
「えぇ…まだこんなに速いんだよ?これでもう少しなのかい?」
「計器にそうあるんだから間違い無いんだよ。ごちゃごちゃ言うな。やるって決めたのはお前だろ?」
「こんなことやるなんて聞いてないよぉ!」
叫ぶエルメを無視して速度の調節に全精力を傾ける。
速すぎてもエルメが耐えられないし遅すぎても龍に追いつかれる。
ギリギリの所を攻めなければならない。
[guooooooo!!]
「もう少し…もう少しだ…。あと少し引き付けられれば…」
「リトスー!まだかい!」
「まだだ!あと少し…いつでも行けるようにしとけよ!」
「もう手がかじかんできたんだよ!」
「死にたくなきゃ黙ってろ!」
[gyaaaooooo!!]
後ろを振り向く。憎々しげにこっちを睨んでいるのが分かる。
せいぜいそれで頭いっぱいにしておけと笑ってやる。
すぐにその中身引きずり出して有効に使ってやるさ。
「リートースー!」
「あー!もう少し耐えろ!」
[vooooooo!!]
速度、よし。
[voaaaaaaa!!!]
「今だエルメ!飛べ!」
「ああもうどうとでもなれぇぇ!!」
飛び降りるエルメが風防の端から僅かに見えた。
それが龍から死角になっていることを確認し、気流制御系の機能を停止させる。
船体が纏う風が岩塊の軌道に悪影響を与えないとも限らない上に、エルメが飛び降りる時に明後日の方向に飛ばされかねないからだ。
[gaaaaaaa!!!!]
途端に重くなる操縦桿を渾身の力で前に押し込む。少しでも早くと足まで使って蹴り込んだお陰か、船の高度は急激に下がっていく。
「いやぁぁぁぁ!速い寒い高い怖いぃぃぃ!」
「耐えろ!お前がしくじったら俺まで危ないんだからな!」
「わわわ分かってるよ!おおお降りたら待機、だよね!」
「おう!龍が動けなくなったのを確認してからがお前の仕事だ、それまでちゃんと生きてろよ!」
「どっ…努力する!」
断言しないあたり、ヤルザから教育されている様だ。素晴らしい。
[gyaaaaaaa!!!]
「あまり速すぎてもエルメを追い抜いちまう。炉の出力で調整しねぇと…。」
龍心炉から羽根に繋がるエネルギーの流路を少しずつ開いていく。これで少しは緩和できるはずだ。
全神経を集中させて計器を睨みつけ、操縦桿を握っている自分を自覚すると、不思議と周りの様子がよく分かるようになってきた。
見えていないはずなのに、エルメが今船体の真下少し後ろ気味にいるのが分かる。
見えていないはずなのに龍がどれくらい離れて追ってきているのかが分かる。
自分の体でもないはずなのに、このグゼル式23型龍心炉が力強く鼓動し、熱を持っているのが分かる。
「うわぁぁ!近いちか…っぶべぁっ!」
「今地面に降りたな?すぐに俺と龍が正しく見える位置まで移動しろ。」
「分かってる!鼻擦りむいちゃったよ…後で消毒しないと。」
「速くしろ。思ってたより船がもたないかもしれねぇ。」
船の骨とも言える、1番硬い柱が歪んでしまっている。多分、最初に炎をまともに食らった時だ。
「…リトス!いつでもいけるよ!」
エルメの力強くも少し震えた声が聞こえた。多分寒いからだろう。
「おう。高度計………0。その面、叩き落としてやる。」
ガガガガガガガガガガガカッッ!!!
[ギャギギギィィィィィ!!!]
前に体感したものとは比べ物にならないほどの強さの揺れが襲って来た。
「っづぅ…この揺れ…やっぱりキツイ…けど!」
だが操縦桿を引くわけにはいかない。
ここで耐えれば耐えるほど、岩塊の弾丸は数を増して龍に襲いかかる。羽根が限界を迎えるまで耐えろ。
[gyaguaaaaa!!]
「まだ…まだだぁ!船1隻犠牲にする分の利益にはなってもらわにゃならんからなぁ!」
ギャギャギャギャギィィィィ!!
[gyaaaga――]
突然、咆哮が途切れた。一瞬の奇妙な静寂の後、伝声晶からエルメの嬉しそうな叫び声が届く。
「当たったよリトス!丁度真後ろ、頭から落ちて行ってる!」
「っしゃぁ!でかしたぞエルメ!」
振り向くと、落ちて行く龍の尾の先端が丁度風防の端から見切れていくところだった。
気流制御系を再始動させ、軽くなった操縦桿を引き起こす。
「今から船体を少しずつ後退させる。ちょうどいいところで合図してくれ。」
「分かったよ。しかし本当に成功するなんて思わなかったな…。」
「まだ終わってねぇ。気ぃ抜くな。」
頭に岩が当たった程度で龍は死なない。
だがエルメ曰く、龍は地面に落ちてからピクリとも動かないらしい。
なら、今は気絶もしくはそれに準ずる意識不明の状態といったところだろう。
つまり、些細な刺激ですぐに起き上がってくるという事だ。
まだまだ気は抜けない。
「エルメー?この辺か?」
「まだまだ、あとその船1隻分くらいはあるよ。」
「了解。まだ…このくらいでいいよな?」
「んー…それくらい!」
今、丁度龍の真上に達した様だ。
後は鱗まみれの巨体をステル鋼で覆われた巨体で押し潰すだけの簡単な仕事。
「エルメ、奴の鱗の色が変わったら教えてくれ。それで死んだかどうか確認できる。」
「鱗の色、ね。了解。」
「おう。」
モール号の損傷、余計にかかった時間、そして俺とエルメの摩耗した神経の分。
「ざっと白金翼貨20万枚って所だが…ガキの龍に払える金額じゃあねぇよなぁ?」
ならば身体全てを切り刻んだ上でその命まで使って支払ってもらわねばなるまい。
「気流制御系停止、龍心炉出力全開、さぁ…一時の眠りを永遠にして差し上げようか!」
「…君、案外詩人なんだね。」
意外そうに言ったエルメの声を無視し、感慨を込めて操縦桿を勝利へと叩き込む。
「おぉらぁぁ!!」
[gyaaaaaaaaaa!!!]
ぐちゃりという音が操縦桿まで伝わった気がした。
一瞬の後、耳をつんざく龍の悲鳴が響き渡る。
じたばたと足掻くその動きが船体に伝わり、椅子から転げ落ちそうになった。
「ったく…どうせ死ぬんだから今更暴れんじゃねぇ!」
「リトス、船体にかなり傷が付いてるように見えるけど大丈夫?」
「分からん…が、壊れる前に殺す!」
どうせ揺れるならと立ち上がり、全体重をかけて操縦桿を押さえ付けた。
折れようが知ったことか。これ以上どこが壊れようが誤差だ。
[gyaoooooo!!]
「ああもう!いい加減…死ねぇぇぇぇ!」
声も枯れよとばかりに叫び、操縦桿を押さえつけた時にそれは起きた。
「……あれ?何だ?」
「あ?どうしたエルメ?」
「いや…龍の羽根から何か…火花、か?」
「火花だあ?なんでそんな……」
バチバチチチチバチッバキィィィィ!!
「っ!うがぁぁぁぁぁぁっ!!」
「リトス?!リトスどうしたんだい!」
「操舵しっ……操縦桿から…手が…」
痛い。
身体全体が絶えず殴られ続けているようだ。
舌が回らない。
思考がまとまらない。
何が起きている?
「リトス!リトス!返事をしてくれ!どうなってる!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます