吹っ切れた策
「……どうする?リトス。」
「どうするも何も……」
操縦桿を握ったまま項垂れる俺の座る椅子の背もたれに体を預け、同じく項垂れるエルメ。
ジワからの救援を頼りにここまで飛んできたというのに、たった今その望みが絶たれたのだ。項垂れもする。
龍に追われながらの強行突破も無理筋だろう。
伝声晶の通信可能距離はその大きさに比例する。船に標準搭載されている物はそこまで大きくはない。
それでさっきようやく通じたということは、ここからジワまでまだかなりの距離があると思った方がいい。武装も無いボロ船でこれ以上行くにはあまりにも無理がある。
「こうなりゃ体当たりでもなんでもやってやるか……」
「至近距離から岩の塊ぶつけるのはダメなのかい?」
「だから!あれをもう1回起こせる保証なんてどこにもねぇだろうが!」
確かにあれをもう一度意図的に起こせれば今度こそ無力化は可能だろう。
だがそれは意図的に起こせればの話だ。あの状況を再現したとて本当にもう一度起こってくれるだろうか?
そもそも、あれは何が原因で起こったんだ?
「待てよ……あの時の状況…エルメ、この船底に何か変な物でも積んだか?」
「積み込んだの僕じゃないから分からないけど…行ってみた限り特に何も無かったよ?」
という事は、船の中の何かが原因では無い。
ならば別の要因があるということになるが…それはなんだろう?
この船にある、通常の物理現象を足蹴にし得る何か…………
―――「…龍の羽根は、触れた物に地上から遠ざかっていく性質を与える。」―――
「……ルメール?」
「ん?どうかしたかい?」
「この船、羽根は船底に固定されていたよな…地面に擦るとしたらまず当たるのは羽の部分になる……か?」
初めて会った時、ルメールが言った言葉。
龍の羽根に触れたものは地上から遠ざかる。
あの時俺は、その意味を「触れた物体が浮かぶ」くらいにしか考えていなかった。
「もしかしたら…違うのかもしれない。」
「触れた物」がもし大地の様に大きな物だったら?
ずっと疑問に思っていたのだ。
港で船が飛び立つ前、どれだけ船が大きくても天井近くまで吊り上げてから炉を起動する。なぜそんな手間をかける?
吊ろうが吊るまいが炉を起動すれば浮かんでしまうのにとずっと思っていた。
「……エルメ、やれるぞ。」
「ん?本当に体当たりやる気なの?」
「上手いこといけばただ体当たりするより打撃を与えられるかもしれねぇ。まあ下手すりゃ死ぬかもだがな。」
「それ軽く言うことじゃないよね?!」
ギリギリまで引き付けて岩塊を叩き込む。
動けなくなったところを船底で潰す。
簡単な事だ。言うだけなら。
[gyaaaaaaaaaa!!!]
「で、あれにギリギリまで近づけと。突進は避けても掴まれたら終わりだぜ?」
「君なら出来るでしょ?」
「なんだその根拠の無い信頼はぁ!」
まるで疑いもしない目で俺を見るエルメ。
普段の俺だったら良いカモだとほくそ笑んでいたところだ。
だが今は不本意ながらも一心同体の身。
「大体の事は俺がやる。だが一つだけエルメ、お前にやって欲しい事がある。」
「なんだい?」
「いざ岩塊を激突させて奴を地面に叩き落とせたとする。そうすると俺からはどこに落ちたか見えなくなるんだ。」
「あー!確かにそうだね。僕にそれを誘導して欲しいってことだね?」
「そういう事だ。操舵室出た所に風受け服とここに繋がる伝声晶がしまってあるから着けとけよ。」
「え?なんで?」
「は?」
理解していなかったらしいエルメに1から作戦を説明する事にした。
まずは、俺が船の速度を限界まで落とし、龍を引きつける。
充分に引き付けたら気流制御系を停止させる。
本来は船体の保護と速度の補助の機能を持つ気流制御系だが、これは船の周りの風の流れを変えてしまう。そうなると後で面倒な事が起こる可能性があるのだ。
そしてエルメはこの時、龍に対して船が目隠しになるような角度で地面に降りてもらう。
そして次、誘いにかかって龍が近付いてきたところで船底を岩肌に接触させ、岩塊を打ち上げる。
ここで失敗した場合、反転して龍と位置を入れ替えもう一度挑戦する。
最後、打ち上がった岩塊が龍に激突して動けなくなったところでエルメの誘導のもと、船体をもって龍を押し潰す。
「僕地面に降りるのか…狙いが僕に移るってことは無いの?」
「そこは俺の腕の見せ所だな。完璧に隠してやるから安心しろ。」
「さっき俺の腕信用するなって言わなかったっけ?」
「計画の段階で実力を過信するのは馬鹿のやることだがな、実行に移した時点で自分の能力を信じられなかったらドツボに嵌るぞ。覚えときな。」
「むぅ…煙に巻かれた気がする。」
「いいから準備してこい。すぐ始めるぞ。」
首を捻りながらてこてこと走って行くエルメ。
煙に巻いたのは事実だ。俺に自身など無い。
今まではなんとか龍を手玉に取れていたがこれからはどうか分からない。
もし俺の計画が読まれていたら?
もし次の瞬間、炉が停止したら?
もし龍の注意を逸らすことが出来なかったら?
そういう小さな心配を見落としたものから死んでいくのだとかつて親父は言った。
非の打ち所が無い指揮でもってあっという間に5匹の龍を屠ってなお眉ひとつ動かさず、俺に計器の見方を教え続けた俺の親父。
「…超えなくちゃいけねぇんだよ。俺にだって出来るって、証明しないといけねぇんだ。」
気流制御系の数値は許容範囲内。
グゼル式23型龍心炉の温度も問題無い。
羽根の揚力にもガタツキは無い。
操縦桿の動きにもしこりは無い。
だがこれでいいのか?これで足りているのか?
なにか見落としていないか?
忘れているものは本当に無いのか?
あれも――これも―――
「リトスー!これでいいかい?」
「……あ?」
思考を寸断する声。振り向くとエルメがいた。
着慣れていないのが丸分かりの風受け服は紐のかけ方が逆だし、伝声晶の眼鏡に至っては上下逆だ。なぜそれで大丈夫だと思ったんだ?
だが、なにか落ち着いた気がする。こいつがこの調子なら俺がしっかりしないと共倒れだ。
そう思うと不思議と思考が鮮明になった。
「エルメ。」
「なんだい?」
「まるで駄目だ。その紐はまず肩から回してくるんだよ。それで左右逆だ。」
「えっ?でも説明書には――」
「巻末に訂正があったはずだぜ。見なかったのか?それにその眼鏡は上下ひっくり返せ。」
あまりにもたどたどしく直そうとするその手つきを訂正しながら考える。
心配事は色々あるが、俺がどうにかすればいい事だ。今までもずっとそうだった。
今回もどうにかなるだろう。
「……よし!リトス、今度こそ大丈夫だろ?」
「まぁ、辛うじて合格点ってとこだな。問題は無いだろ。」
火砲も無ければ熟練の乗組員も居ない。
無い無い尽くしで龍殺し。
「上等だやってやらぁ!」
「おー!」
いい返事だ。
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