望めぬ救援



「っっ!リトス!この揺れ一体なんなんだい!」


 伝声晶の柱にしがみつくエルメの叫び声で我に返った。

 まとまらない思考を脇に置き、計器と操縦桿に集中する。

 気流制御系を船体保護に専念させ、操縦桿を引いて速度を上げる。

 普通なら完全に狙い撃ちされる挙動だが、岩塊が目隠しになって龍からは視線が通っていないのが救いだ。

 すぐに接地面は離れ、船体の揺れはようやく収まった。


「あの龍も暫くは追って来られないだろうから…一息つけるか。エルメ、もう大丈夫だぞ。」

「…………」

「おーい、エルメ?」


 さっきまで騒いでいたはずなのに返答が無い。

 頭でも打ったかと振り返ると、エルメは柱の下で目を閉じてうずくまっていた。


「エルメ?どうした?」

「……ぐっ…おえぇぇぇっ……」


 揺れに耐えられなかったらしい。実を言うと俺ももう少しで吐きそうだった。

 耐え切れたのはこれも昔の鍛錬のお陰だ。

 龍の群れの中を突破する様な状況で吐いている暇など無いという名目で、1日ひたすらぐるぐる回された事を思い出す。


「……悪い。これは俺の失態だ。高度計を見落とした上に周りの地形を完璧に把握できてなかった。すまん。」

「うぐ……構わないよ。後ろに水積んでたよね?ちょっと取ってくる。」

「おう。こっちは任せとけ。もう今みたいな失敗はしねえよ。」


 よろよろと消えて行くエルメを目の端で見送り、先程放棄した思考を再開した。



「……あの現象は何が原因で起きた?」


 相当な速度で突っ込んだとはいえ、このモール号の重量がぶつかった程度で山肌が砕けて飛び散るなど有り得ない。

 あの龍の攻撃という線も無しだ。

 大地をめくれ上がらせる様な力を龍が持っているのなら、山の中で引きこもっているだけの俺達などとうの昔に絶滅している。


「何だ……何を見落としてる?」


 偶然の自然現象?そんなことは無いだろう。考えるだけ無駄だ。

 何か他の要因があるはずだ。通常の物理法則では説明のつかない何か……


「リトス!いいこと思いついたんだけど!もしかしたらあの龍倒せるかもしれない!」

「……はぁ?」


 律儀に俺の分まで水を抱えてエルメが操舵室に駆け込んできた。何を言っているんだこいつは。

 あっけに取られる俺を気にもせず、エルメは自分の策を話し始めた。


「まずはあの龍をギリギリまで引き付けるだろ?」

「…おう。」

「で、あの岩の塊をもう1回飛ばすんだよ。」

「…それで?」

「上手いこと頭に激突させれば龍だって倒せるんじゃないか?」

「お前は救いようの無い愚か者なのか?」

「何でだよ!いい案じゃないのかい?」


 情けない顔をするエルメを冷ややかに見つめる。

 ヤルザが推した医者だ、もしかしたら俺でも思いつかなかった素晴らしい策を思い付いたのかもしれないと考えた俺が馬鹿だった。


「まず1つ、あの岩塊が飛び散る現象をもう一度起こせる保証はどこにもない。」

「むぅ……」

「そしてもう1つ、例えたあの龍が成長しきってない子供だとしても岩を頭にぶつけた程度じゃ死なない。」

「え?龍だって生き物だろ?自分より大きな岩に頭ぶつければ流石に死ぬんじゃない?」

「龍の頑丈さは半端じゃないんだよ。この程度で倒せるなら苦労は無ぇ。」

「そうか……。なら押し潰すのはどうだい?倒せなくても動けなくするくらいなら――」

「吹っ飛んだ岩の塊を丁度よく龍の上に落とせってか?指で弾いた翼貨を2枚に増やすより難しい芸当だぜ?」


 反論すればするほど小さくなっていくエルメを見ていると昔の俺を思い出す。

 口ばかり達者で実力の伴わなかった俺をあの女はいつも丁寧に論破してきた。

 今の俺があるのは間違い無くあいつのお陰だ。そういう人間を人生の内で持てたのは幸せな事なんだろう。


「あの言動は絶対に参考にはしないがな。」

「ん?何の事だい?」

「こっちの話だ、気にすんな。しかし押し潰す事自体は悪くない案だな。全速で突っ込めばあるいは……」


 龍の身体はほとんど全ての攻撃を通さない。それは彼らの全身を覆う鱗が原因だ。

 その硬さはあらゆる刃物を通さず、その強靭さはあらゆる衝撃に耐える。

 だから人間は火砲を発明したのだ。

 物理攻撃はまるで通じない龍の鱗を、その上から龍の炎で焼き払う為に。


「にしてもどうするかな。下手に近づいても返り討ちだし…」


――キキッ―リィ―――ン


「あれ?この音…」

「ん?なにか聞こえたか?」


――――ザザッ――――


「……かっ!モー…号聞こえ…か?こちらジ…管制担当だ!」

「「!!」」


 弾かれた様にエルメと顔を見合わせる。

 まだ状態が悪くて聞こえづらいが、今のは間違いなくジワの港からの通信だ。

 ようやく届いたのだ。


「こちらファス所属モール号!現在山肌に沿ってそちらに向かっているが龍に追われてる!火砲による援護を頼む!」

「……ファス所属ということは北側からの進入で間違いないな?」

「そうだ!もういつ落ちてもおかしくないくらいボロボロなんだよ!出来る限り早く頼むぜ!」


 街に配備されている大型火砲の援護さえあればあの程度の龍など粉微塵だ。

 これで安心出来ると思っていた俺は、次の瞬間耳を疑った。


「…………すまない。援護は不可能だ。船を捨てても自力で切り抜けて欲しい。」

「……何だと?」

「重ねて言う。援護は出来ない。すまない。」


 真っ先に考えたのは、ジワの港すらも信奉者達の手に落ちた可能性だった。

 既に俺がルメールを取り戻しにファスの街を出発したと奴らに悟られており、ジワの港に入れない様にしているのかと思ったのだ。


 だがそれは無い。このモール号は記録上、俺は乗っていないことになっているからだ。

 今、ジワの港の人間はヤルザの手配した操舵手とこのエルメ2人がモール号に乗っていると思っているはず。俺とは無関係だから入れない理由にはならない。


「おい管制。なぜ援護が出来ない?お前らまさか…」

「何を疑っているかは知らない。だが先のゼドル墜落の報を受けて今、ジワの港に配備されている火砲は全て再点検の為に取り外されているんだ。」

「新型火砲が欠陥品だったっていうあれだろ。まさかそんな与太話信じてんのか?」


 せせら笑った俺だったが、通信の相手の声は硬かった。


「与太話じゃない、事実だ。配備されている30門の内6門は射撃が出来なかったし、2門に至っては撃った瞬間砲身が爆発を起こした。本来は交換する時、15門ずつ変えるんだが今回はまとめて全部外したんだ。」

「嘘だろ……じゃあ俺らにどうしろってんだよ!こちとら火砲も積んでねぇボロ船だぞ!」

「こちらとしてもどうにかして生き延びろとしか言えない。どうにも出来ないんだから。」


 まさか本当に体当たりでもかませと言うのだろうか。

 冗談にもならない。わざわざ大口開けている龍の懐に飛び込めと?そんな事をするのは阿呆だけだ。


「どうにも出来ないって…じゃあ1隻でいいから戦闘艦を寄越してくれ。まだこいつは子供だから1隻でも火砲があれば十分倒せる。」


 そう言うと、通信の向こうの男は黙り込んだ。

 どうやら席を離れたらしいが、こうしている内にも龍は俺たちを追ってきている。


[gooogaaaaaaaa!!!]


「はぁ…まだ地面を踏むには遠そうだな。」

「そうだね……温かい食事が恋しいよ。」


 2人して溜息をついた。後ろから飛んでくる炎の回避行動にもう驚きもしないあたり、エルメの順応は中々に早い方だ。

 もっと小さい時から鍛えていれば良い船乗りになっただろう。


「あーあー、モール号聞こえてるか?」

「聞こえてるよ。色良い返事を期待してるぜ?」

「旧型だが2隻、戦闘艦を送れる事になったぞ。しかし先に君たちを見つけなくてはならないから時間がかかる。その間はなんとか乗り切ってくれ。」




「……おい。お前、名前は?」

「ん?僕の事か?僕の名はスロークだ。」

「そうかスロークか。おいスローク、聞こえるか?」

「ん?なんだ?」



「ジワに着いたら殴りに行くから準備しておけ。」


 この無茶振りクソ野郎が。

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