来ない救援


 [gvaaaaaa!!!]


「っだらぁ!馬鹿の一つ覚えみてぇに突進するしか能がねぇのかこいつは!」


 手前に引き付けていた操縦桿を前に叩き込み、同時に出力を最大に戻す。

 灰色の空から一転、目が痛くなるような緑色の森が視界を埋め尽くす。


「所詮は飛んで火を吐くだけの蜥蜴だな。能無し具合じゃ誰にも負けねえってか!」


 わずかに稼いだ速度を活用した回避行動に追い付けず、突進してきた龍は狙いを外して明後日の方向に飛んで行った。


「こちらファス所属山岳作業艇モール号!緊急事態第1種に遭遇中!至急応援求む!」

「エルメ!反応はまだ来てないか?」

「まだなにも!段々声枯れてきたよ全く…」


 高くそびえる山脈を眼前に収めて飛び続けるモール号は段々と限界に近づいていた。

 旋回する度にミシミシと軋み、操縦桿の効きも少しずつ悪くなっている。飛び立った時と同じように操れているのは、俺が昔に培った技術がまだ少しは手に残っているおかげだ。


「あんな奴らに今更救われるとは全く忌々しいが…そうも言ってられねぇな。」


 後ろの方をちらりと見やると、丁度振り返った龍がこちらに向けて大きく口を開けるところだった。

 炎を吐いてくる。そう読んで敢えて船体を安定させる。


「全く合わせやすくて助かるぜ。お前の動き読むより帳簿読む方が大変だ。」


 この龍は搦手を使わない。いや、使えない。そこまでの知能が無い。

 これまでの攻防で俺はそう理解していた。まず間違いは無いだろう。


[voaaaaaa!!]


「ほら来た。人間の子供だってお前ほど読みやすくはねぇよ!」


 案の定、馬鹿正直な軌道を描いて進路上に吐いてきた炎を旋回して回避する。

 苛立ちを孕んだ咆哮も既に聞き飽きた。


「エルメ!まだか?もう少しのはずだぞ!」

「まだ返って来ないよ!君の勘違いじゃないのかい?」

「それはねぇよ!もう通じてもおかしくないはずなんだがなぁ…」


 目の前に連なる灰色の岩の壁を見ながら考える。

 ジワの港に限らず、ほとんどの街はこの岩の中をくり抜いて作られている。

 ここに沿っていけば間違い無く辿り着くはずだ。これまでの道のりにかかった時間からして通り過ぎたなんてことは有り得ない。


「もう少し…あと少しのはずだ。港と通信が通じさえすれば……」


 これ以上直進したら山に激突する位に近づき、即座に操縦桿を操って岩壁と平行に進路を取ったその時だった。


バキンッ!

[キィィィィィィガキガギッキィィィィィ!]


「っっ!なんだ?」


 先の突進で傷ついても安定していたはずの羽根がおかしな音を立てた。

 しかし船体に揺れは無い。羽根の異常は揺れに直結するのにそれが無い。

 ならばと思って龍心炉の出力を確認しても異常は無い。


「なんだ……?何が起きた?」


 振り返っても特に何も変な障害物は無い。船底が山の岩肌に擦ったのだろうか?


「変な予感がするな。無理な挙動はできるだけ控えた方がいいか。」

「今まで無理してなかったなんて言わせないよリトス…」

「あえて反論はしないが返答は返って来たのか?」

「あえて言わせてもらえば君からのものしか返って来ていないよ。」


 顔を見合わせてニヤリと笑う。エルメも段々この極限状態に染まってきたらしい。

 船はいつ落ちてもおかしくはない。頼みの綱は音沙汰が無い上に強大な敵は今もなおこっちを睨みつけている。

 それでも笑えさえすれば余裕が生まれる。

 揺り椅子に座って酒を飲んでいようが笑えていなければ余裕は無いし、殺されかけていても笑えていれば余裕なのだ。


「最っ高に余裕たっぷりだなぁ!このままいくらでも飛んでいられそうだ!」

「付き合う方はたまったものじゃないけどね。リトス上だ!」

「わーってるよ!」


[gyaooaaaaaa!!]


 逆光を背負って迫り来る巨体を、炉の出力を絞って右に舵を切る事でやり過ごす。

 船体を元に戻して振り向くと、森に頭から突っ込んだ間抜けな龍の姿が見えた。


「あれを像にしたら好事家に高く売れそうだな。全部終わったらヤルザに言ってみるか。」

「全部終わったらか。そういえば君は何のためにこんな事してるんだい?」

「あれ、話してなかったか?」

「ヤルザさんが言うから着いてきたけど、君の目的は聞いていなかったと思ってね。何か買い付けにでも行くのかい?」


 計器に目を走らせながら、俺はどこまで話すべきか悩んだ。

 あまり話し過ぎるとこいつまで信奉者達から狙われる事になりかねない。

 それにヤルザを疑う訳ではないが、エルメ自身が信奉者の手先でない保証も無いのだ。下手に喋ったら後ろからざっくり刺されるなんて事も有り得る。


「あー…………どう言ったもんか。うーん……」

「まぁ、話したくないなら話さなくても構わないよ。無理やり聞き出そうなんて思っちゃいないからね。僕の患者にもよくそういう人はいたからさ。」


 何事も無かったように伝声晶に呼びかけ続けるエルメを見ていると、隠している自分に罪悪感を抱く俺に気づいた。

 考えてみれば、何も事情を言わずに死地に付き合わせるのは相当な無作法だ。商人に限らず、人を相手にする時において、客への無作法はあってはならない。あえてそうするべき人間以外に対しては礼を尽くすべきだ。


「……人を追ってるんだ。ルメールっていう女の子なんだが。」

「へぇ、嫁かなにかかい?」

「そんなんじゃねえよ。俺の野望の協力者だ。俺の失策で信奉者達に攫われちまってな。それを取り戻しに行く。」

「信奉者に攫われるなんて……その子実は龍だったりしたんじゃない?」

「はっ!縁起でもねぇ。俺よりも頭が切れる奴だから間違い無く人間だよ。」


 一心不乱に地面に設計図を描いていたルメールの姿を思い出す。

 確かに人間離れした思考をしてはいるが、あいつは紛れもなく人間だ。


「信奉者は人を集めてなにか実験でもやろうとしてたんだろうな。あいつがまたそれに巻き込まれる前に取り戻さないといけないんだ。」

「格好いいじゃないか。僕にも1枚噛ませてくれよ。」

「構わねぇよ。当面のお前の役目はジワの港と通信を繋ぐ事――」


[veaaaaaa!!!!]


「おっと。ここ狙ってきたか。」


 操舵室を狙って放たれた炎を高度を下げて回避しようとした。



ガガガガガガガガガッッ!!


「っっがぁぁぁ!!」

「うわぁぁぁぁ!」


 エルメと下らないやり取りをしたせいで気が抜けていたのだろう。高度計を見落としていたことに俺は気付かなかった。

 高度計が既にほとんど0を指していたことに気付けなかったのだ。


[ギギギィィッギガギギィィィ!!!]


 旋回した時とは比にならない位に軋む船体は口を開けば舌を噛み切ってしまいそうな程に揺れる。

 操縦桿を手前に引き付けることすら出来ない。


「っ…岩肌に船底が激突したのか!」


 今更確認した高度計が示す0の文字からそう予測し、即座に思考を切り替える。

 起こったことは仕方が無い。必要なのはここからどうするかだ。


「龍は……敵は今どこに居る?後ろ…上か?」


 揺れから来る気持ち悪さに耐えながら、龍が今いるであろう後ろを振り向いた。

 視界に敵を捉えさえすれば対策を練ることが出来る。


「……あ?」


 風防越しの視界を埋め尽くす無数の岩の塊に一瞬思考が停止した。


 

 その一つ一つが、龍を覆い隠すほど大きく、船をぶつけたから出来たと言うにはあまりにも無理がある岩塊が、硬質水晶で出来た風防のすぐ外を飛び交っている。


 すぐ隣の山脈を構成する岩肌と同じ色なのは、その山肌が砕けて飛び散っているということか。


[gyaaaaaa!!]


 今の悲鳴、龍に岩塊が激突したのだろうか。

 何が起きているかは分かる。だが、どうして起きているかがまるで理解できない。

  龍の攻撃ではない。こんなやり口は聞いたことも無い。


「なんだ…これ……?」

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